上に立つべき者
「そんなこと俺たちに話していいのかよ」
「信頼を得るためには本音を言うべきだと、私は考えているんだ」
ヨハネスと呼ばれた男とユウジは、淡々と会話を続けた。月明かりの下、二人の声が静かに響き合い、周囲の喧騒が遠く感じられた。
「それじゃ、アンタのその不満とやらを聞かせてくれよ」
「そうだな。まず、アルカナガーデンのダメなところは、僕のような無能でも高い地位につけることだ」
ヨハネスの言葉に、皆が再び疑問符を浮かべた。そしてユウジが質問を投げかける。夜風が彼の髪を軽く揺らし、鋭い目つきがヨハネスに向けられた。
「それはアンタにとって良いことじゃないのかよ?」
「良くないね。世の中は常に強い者が上に立つべきだよ」
「ヨハネス様は上に立てる器だと、私は思います」
ヨハネスの言葉に続けて、ゴスロリ少女が擁護するように言った。ヨハネスは少し笑うと、彼女の紹介を始めた。その笑顔には、どこか自嘲が混じっているようだった。
「はは、彼女の名前はエルゼ・ゴース。彼女の異能と格闘術、強かっただろ?」
「あ? まあ、それなりにはな」
「そんな彼女はずっと奴隷として働かされていたんだ」
「……」
「彼女のような才能ある者が、無能が作ったルールに縛られて力を発揮できないなんて、もったいないだろ? 私はそれがおかしいと思った。だからこうしてるのさ」
「なんで俺たちに話を持ちかけた?」
「有能なコネはいくらあってもいい。それに、君たちには早く勢力を取り戻してほしいからね」
とりあえず悪意は感じなかったユウジは、ヒノとアイリスに「ちょっとこい」とジェスチャーで呼びかけた。三人は少し離れた場所で顔を寄せ、月光が彼らの輪を照らした。
「なぁ、どう思う?」
「話だけでも聞いてみればいいんじゃねえの」
「私もそう思うよ」
「そうか」
ユウジは短い会議を終えると、ヨハネスに向き直った。その背中に、決意のようなものが漂っていた。
「話だけは聞いてやる!」
「理解してくれて助かるよ。まあ、話と言っても、まだ依頼を出せるレベルじゃないんだがね」
ヨハネスはまだ調査中だが、いずれヒノたちに依頼するつもりらしい。彼の声には、どこか遠くを見据えるような響きがあった。
「君たちは不老不死って知ってるかい?」
「歳を取らず、体も朽ちない奴でしょ。童話に出てくるようなやつ」
ヨハネスの質問に、ライゼが答えた。彼女の声には、少し懐かしさが混じっていた。
「その通り。そして、ここからかなり離れた山奥で、不老不死の獣人が研究されてるらしいんだ」
「まだ不確定なのか?」
「ああ。だからこれから私たちが調査に行って、確証を得たら君たちに頼むことになるかな」
「その依頼での俺たちのメリットと、アンタのメリットは?」
「君たちのメリットは多額の金と遺物、もしかしたら不老不死が仲間になるかもしれない。私たちのメリットは、不老不死の研究資料の入手かな」
「仲間に?」
「どうやら互いに合意した研究じゃないらしいからね」
ヒノがヨハネスに確認を取ると、満足したように下がった。彼の表情には、ほのかな納得が浮かんでいた。
「ん〜、でもアルカナガーデンの奴を本当に信用していいのかしらぁ……」
「私だってこんな話を持ちかけてることがバレたら、首が飛んでしまうよ」
「でも、さっきはいきなり斬りかかってきたしね」
リースが顔をしかめながら言うと、ヨハネスはエルゼにその場で謝罪するよう促した。彼女の眉がわずかに動いた。
「先程は……大変……申し訳ありませんでした」
「「「(めっちゃめんどくさそう)」」」
謝罪を聞いた全員が心の中でそう思った。エルゼの声には、明らかな不本意さが滲んでいた。
「彼女にもこう言ってるんだ。許してほしい」
ヨハネスがそう頼んでいると、あることに気づいた。エルゼの顔が赤くなっている。月光の下、その頬の紅潮がはっきりと見えた。
「なっ!? 誰だ! エルゼにお酒を飲ませたのは!?」
「あ〜、ごめんなさい〜。私、飲ませちゃった」
ベーアが笑いながら申し訳なさそうにヨハネスに謝った。彼女の手には、空になった木の杯が握られていた。
「ヨハネス様、用事は終わりましたよね。もう帰りましょう。私、眠たいんです」
「あっ! ちょっと引っ張らないでくれ!」
嵐のよう去っていったアルカナガーデンの二人を、皆で見送った。酔いが覚めてきたクラスメンバーたちは、片付けを始め、帰りの準備に取りかかった。夜風が冷たく、騒ぎの余韻を静かに冷ましていった。
「今、何時くらいだ?」
「騒ぎすぎてて、時間が経つの気にしてなかったな」
「そうだな」
「キョウヤも結構楽しんでただろ?」
「……ああ、そうだな」
ヒノはシロガネの質問に素直に答え、こんな気持ちになったのは何年ぶりかと内心で思った。夜空を見上げると、星が静かに瞬いていた。
「シロガネぇ〜、今日は楽しかったですねぇ〜」
「げっ」
「あぁ!! なんですか、その反応はぁ!」
酔ったアンナにまた絡まれるシロガネ。彼女の声が近づくたび、彼の肩が小さく跳ねた。
「そんなに私が嫌いなんですかぁ〜!?」
「いや、そんなわけないだろ?」
すると、アンナがシロガネの胸に顔を押し付けた。彼女の髪が彼の服に絡まり、酒の匂いが漂った。
「私、シロガネたちと出会えてほんとによかったです。今日もシロガネたちがいたから迎えられた今日です」
「アンナ……俺もみんなと会えてよかったよ」
「だから……うっ!?」
シロガネが感傷に浸ろうとした瞬間――
「おええええぇ」
「あああぁぁぁ」
シロガネの胸はアンナの嘔吐物で汚染された。彼女が食べた全てが、シロガネの胸に盛大にかけられた。生温かい感触と酸っぱい臭いが、彼を襲った。
シロガネはアンナを連れて、水で洗える場所へと急いだ。足音が地面に響き、仲間たちの笑い声が遠くに聞こえた。
「帰るか」
「そうだね」
冷たい目で二人を見ていたヒノとアイリスはそう呟くと、ユウジ、アンナ、シロガネを除くメンバーで帰り道を歩き始めた。夜の静けさが、彼らの足元を包んだ。
「いやぁ、あの二人、今思い出すと笑っちゃうわね」
「あの二人、仲良すぎでしょ」
帰り道で、ライゼとリースが二人を思い出しながらゲラゲラ笑っていた。彼女たちの笑い声が、暗い道に明るい響きを添えた。
「本当にすぐ仲良くなったよね、あの二人」
「シロガネは誰とでも仲良くできる才能あると思う……俺ともすぐ接してくれたからさ……」
次に、シュムとルートが二人について話し始めた。ルートの声には、どこか懐かしさが混じっていた。
「ヒノはシロガネとアンナを見てどう思う?」
「あ? 何が?」
マーシャルの質問に、ヒノはなんのことかと怪訝な反応を見せた。すると、アルマが空気を変える発言をした。
「それって、男と女の関係ってこと……?」
普段のアルマはこんなことを言わないが、酔った彼女は大胆にそう言った。アイリス以外の女子たちが「きゃー」と盛り上がる。夜道に、彼女たちの声が弾けた。
「あぁ、そういうことか? 俺には何もわかんねえよ」
「またまたぁ、興味ありませんみたいに気取っちゃってぇ」
「いや、興味もてねえんだよ」
「まさか……男好き!?」
「ちげぇよ」
リースのからかいにヒノが淡々と返すと、それを見た周りのメンバーが笑い始めた。笑い声が夜空に吸い込まれ、仲間たちの輪が温かくなった。
みんなは単純に、ヒノがクールなだけだと思っていた。彼の表情からは、何も読み取れなかった。
そんなやりとりをしながら歩いていると、帰る家を通り過ぎるごとに一人ずつ減っていった。足音が減り、静寂が少しずつ広がった。
最後はアイリスとヒノの二人で歩いていた。月が彼らの影を長く引き、道に淡い光を投げかけていた。
「キョウヤ」
「?」
アイリスが足を止めて、ヒノの後ろから声をかけた。彼女の声は、酔いのせいか少し柔らかかった。
「少しだけ話したいことがあるんだけど」
お互いに酔っているからか、ヒノも気軽に承諾した。彼の肩が小さく動き、振り返った。
「いいけど。どこかくつろげる場所は?」
「私についてきて。いいところあるよ」
アイリスの案内で、二人はホットガーデンの中心にある大樹ユグドラシルに少し登った、夜空が見える場所に移動した。枝の間から星が見え、風が葉をそっと揺らした。
「で、話って何だ?」
「キョウヤの過去とか、その……さっきのこととか」
アイリスの言葉に少し考えるヒノだが、別に話してもいいかと、自分のことを話し始めた。夜の静けさの中、彼の声が低く響き始めた。




