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新たな家族

 アンナは玄関でアイリスを出迎えた。アイリスの手には、紙袋から覗くクリームパンが握られている。


「もう体は本当に大丈夫なんですか、アイリス?」


「うん。はい、これ。」


「これは?」


「クリームパン。」


「わぁ、ありがとうございます!」


 アンナは笑顔でそれを受け取ると、アイリスを家の中に招き入れた。


 二人は部屋に戻り、椅子に腰を下ろしてクリームパンを頬張りながら話し始めた。窓の外では、風に揺れる木々が静かにざわめいている。


「そういえば、アンナ達の戦いのことなんだけど……みんなそこそこの怪我だったけど、シロガネだけ大怪我してたよね。何があったの?」


「私達と死操体の戦いが順調に進んでたんですが……」


 死操体は主が近くにいなければほぼ自動で動くため、動きが単調になりがちで、それが弱点だった。シロガネはそれを瞬時に見抜き、ユウジに囮役を頼んで隙を作り、そこを叩く戦法を取っていた。


「でも、死操体じゃない男が現れたんです。」


「生きてる人間?」


「はい。それを確認した瞬間、シロガネは即座にその男を突き飛ばして、単独で処理しようとしたんです。」


 シロガネは死操体の処理の邪魔になることを避けるため、新たな敵を浮遊盾の全力磁力反発で吹き飛ばし、一対一の状況に持ち込んだのだ。


「凄いですよね。」


「?」


「シロガネって、状況を一瞬で判断して迷わず決断してたんです。」


「あの二人には私達にはないものがあるよね。」


「子供の頃から戦闘訓練してるって言ってたよね。」


「あの動きは訓練だけじゃできないと思うよ。」


「どんなことをしてきたのか、気になりませんか?」


「……気になるよ。でも一緒にいて、ヒノに悪意があるとも感じないからさ。そのうち聞ければいいかなって。」


「私はどうしても気になってしまいます。」


「信用してないんだ。」


「なっ!? 違いますよ! シロガネのことはもう全部信頼してますから!」


「……」


「何ですか、その目は。」


「別に。それより、明日着ていく服決めないと。」


 二人は明日の祝いの場で着る服を選び始めた。話題が切り替わり、部屋には穏やかな空気が戻る。


 その頃、シロガネとヒノもまた別の場所で、あの戦闘について会話を交わしていた。


「もう治ったのか?」


「ちょっとは心配しろよなぁ。病室で一人って寂しすぎて死ぬところだったぞ。」


「何回も見舞いに行くのはめんどい。」


「はぁ、アンナだけだよ、頻繁に来てくれたのは。」


「世話焼きだな。」


「お前と違って単純にいい子なんだよ。」


 ふざけ合いながら笑い声を響かせる二人だったが、急にヒノの口調が真剣なものに変わった。


「お前も頑張るのはいいけど、少し気張りすぎじゃないか?」


「……俺はアンナ達より殺し合いの経験が圧倒的に多い。だからこれが一番。そうだろ?」


「……まぁな。」


「それに俺たちにはもう輝きはないから、アイツらにはなるべく失ってほしくない。」


 話の途中で、玄関から誰かが入ってくる足音が聞こえた。二人はその音だけで誰か分かるほど慣れていた。


「おじさん帰ってきたな。」


「みたいだな。」


 扉が開いた瞬間、シロガネが「おかえり」と言おうとしたが、ラルナーとその横に立つ見知らぬ人物を見て言葉を飲み込んだ。


「よ、よう。ただいま。」


「?」


「?」


 ラルナーは頬に冷や汗を浮かべながらそう言うと、隣にはローブを纏った少女らしき人物が立っていた。


「おじさん、誰それ?」


「こいつはミレーネ。そのー、今日からここで働いてもらうことになった。」


 シロガネの質問に、ラルナーは少し慌てた様子で答えた。


「もしかして依頼先で拾ってきた?」


「あぁ、まぁそんな感じだ。」


 ヒノの推理は的中し、ラルナーは自分の顔に手を当てて情けなさそうに振る舞った。


「仕事って何させるつもり?」


「それは家事全般だな。お前らもこれから忙しくなるだろ。そうだ、聞いたぞ! お前らがあのハンスを倒したって!」


「情報早いな。」


 ヒノの質問に答えていると、ラルナーは話題をすり替えた。


「見た感じ、体は大丈夫そうだな……。とりあえず、よくやったな、お前ら。」


 素直に褒められ、シロガネとヒノは小さく笑みを浮かべた。


「ところで、その子はどういう経緯でここにきたの?」


「それはな……」


 ラルナーの説明によると、ミレーネは遺物の発掘という違法労働に駆り出されていたらしい。その労働を強いた者を潰す際に、彼女に懐かれてしまったのだという。


「もう親もいないらしいし、仕方なくって奴だ。」


「奴隷か……」


「どこにでもいるもんだな。わざわざそんなことする奴。」


 説明を聞き終えた二人が感想を漏らす中、ミレーネが小さな声で口を開いた。


「あの! ミレーネです! 頑張ります! よろしくお願いします!」


「俺はヒノ・キョウヤ。よろしく。」


「俺はシロガネ・ヤマト! よろしくな!」


 深々と頭を下げるミレーネに、二人は気さくに自己紹介を返した。そして、シロガネが勢いよく提案する。


「よし! じゃあまずは初仕事だ。この食器を一緒に洗って片付けてくれ。」


「あっ、はい! 任せてください!」


 ミレーネはテーブルに置かれた皿を持って、流し台へと向かった。


 そして、彼女は嬉しそうにシロガネと一緒に皿を洗い始めた。泡が弾ける音が部屋に響く。


「おっ! いい洗いっぷりだな。」


「そ、そうですか?」


「あぁ、洗い上手の俺が言うから間違いない。」


 すぐに打ち解ける二人を、ヒノは少し離れた場所から眺めながらラルナーに尋ねた。


「おじさん、あいつの服買ってないの?」


「あぁ、もうこんな時間だから店が開いてなくてな。明日になったら適当に調達するさ。」


 ミレーネのボロ布ローブを見ると、さすがにこれで外を歩くのは厳しいと感じた。


「あっ、私なら全然平気です!」


「いや、見てるこっちが気になる。」


「そうですか……」


「別に責めてないぞ。」


 少ししょんぼりするミレーネに、ヒノは慌ててフォローを入れた。


 そんなやり取りを経て、各々が風呂で汗を流し、寝る時間になった。ミレーネはヒノ達の部屋で寝ることになり、簡易ベッドが用意された。


「そいや、なんでずっとフード被ってるんだ?」


「え、えっと、これは事情が……」


「室内くらい脱いだ方がいい。それに顔の傷なんて気にする奴いねぇよ。」


「あっ。」


 ヒノが流れるようにフードを摘んで脱がせると、ピコピコと動く獣耳が現れた。


「は?」


「え?」


「あ。」


 ミレーネは慌てて耳を隠しながらうずくまった。


「獣人?」


 一旦落ち着いた後、ミレーネの話を聞くと、彼女はずっと獣人であることを隠してきたらしい。


「いや、よく隠し通せたな。」


「耳ならやろうと思えば髪の毛で隠せますし、尻尾も上手く隠してました。」


「おじさんも知らないで連れてきてるよな、多分。」


「はい……」


「ちょっと聞いてもいい?」


「は、はい! 何でしょうか、シロガネ様!」


「いやぁ、様はつけなくていいよ。」


「そうですか? では、シロガネさん!」


 シロガネはミレーネの生い立ちを聞こうと切り出した。


 ミレーネは故郷を襲われ、獣人として奴隷商人に捕まった過去を持つ。その後、自力で逃げ出したものの、生活費を稼ぐために仕事に就いた先で不当な重労働を強いられていた。


 少しでも手が止まれば怒鳴られ、貧しい食事は当たり前、報酬も見合わない額だった。おまけに逃走対策も徹底されており、逃げようとすれば殺されるのは確実で、実際に他の者がそうなったのを彼女は目の当たりにしていた。


 そんな時、ラルナーがその全てを壊してくれた。恩返しをしたいという思いから、彼女は彼についてきたのだという。


「お前、相当大変な目にあったんだな。」


「……いえ、殺されなかっただけ運がよかったです。」


「……人間不信になったりしないのか?」


「え?」


 ヒノの質問に、ミレーネは少し考え込んだ。


「そんな目にあったからか分かりませんが、なんとなく悪い人っていうのは感じるようになったと言いますか……」


「……」


「ラルナーさんもお二人も、悪い人特有の気配? 感じられないんです。」


「感じるか……獣人特有の鋭さってやつなのか?」


「どうでしょう……ははっ。」


 少し曇ってきた雰囲気を和らげようと、シロガネが明るく割り込んだ。


「まぁでも、キョウヤは分からないけど、俺は100%いい人だから安心してくれ!」


「こういう奴が一番信じたらダメな奴な。」


「な!? 俺はいい人だぞ!」


「自分で言うなよ、アホ。」


 二人の掛け合いを見て、ミレーネは安心した表情を浮かべた。


「そういえば、ベッド二つなんだが。」


「確かに。」


「私、床で大丈夫です! 慣れてますから!」


 ヒノ、シロガネ、ミレーネの順で言葉が飛び交う。


「いや、俺が床で寝るよ。慣れてるし。」


「そんなのダメですよ。」


「早く決めろよ、お前ら。」


 シロガネとミレーネの譲り合いは止まらず、ヒノだけが無関心に眺めていた。結局、二人は一緒に寝ることになった。


「じゃあ、灯り消すぞ。」


「ういー。」


「はいー。」


 ヒノが炎の吸収石に触れて灯りを消す。


「それにしても、ミレーネの耳すごいな。ほんと獣みたい。」


「珍しいですか?」


「俺、初めて見たよ。ちょっと触っていい?」


「は、はい。どうぞ。」


「おおー、すげぇ。」


「ぅー。」


 消灯したのに騒がしい二人に、ヒノが一言。


「おい、寝ろ。」


 三人は何事もなく眠りについた。


 深夜、ミレーネは寝ぼけたままトイレに立ち、ベッドに戻ろうとした。だが、シロガネのベッドではなく、ヒノのベッドに間違えて入り込んでしまう。


「……」


 しがみつかれて目を覚ましたヒノは、目を細めてどうするか考えた。移動させようとしたその瞬間。


「ごめんなさい……ごめん……なさい……」


 ミレーネが苦悩の表情を浮かべ、何かに謝るような寝言をつぶやき始め、ヒノの服をぎゅっと掴んだ。


「……」


 結局、ヒノはそのまま眠りに戻った。


 翌朝、目を覚ましたミレーネは自分の状況に気付き、真っ赤になって飛び起きた。ヒノはすでに起きていて、冷静に朝食の準備を進めていた。


「お、おはようございます……!」


「ん。おはよう。」


「昨夜は、その……すみませんでした!」


「気にしてない。ヤマトがまだ寝てるから起こしてこい。」


「あ、はい!」


 ミレーネは慌ててシロガネの元へ向かい、彼を揺り起こした。シロガネは眠そうに目をこすりながら起き上がる。


「おはよう、ミレーネ。よく寝れたか?」


「はい、おかげさまで……!」


「よかったな。じゃあ、朝飯食おうぜ。」


 三人は食卓を囲み、穏やかな朝を迎えた。ミレーネにとって、新しい居場所での一日がこうして始まったのだ。

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