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歓迎会?


 なんやかんや男子生徒と仲を深めた後、ハインツのクラスメイト全員が対人訓練所へと集まっていた。

 学園の裏手にあるその施設は、石と鉄でできた無骨な造りで、周囲を高い壁が囲み、戦いの緊張感が漂っていた。

 観客席には木製のベンチが並び、微かな風が草の匂いを運んでくる。


 ヒノとハインツ以外は観戦席にいる。

 フィールドは広々とした土の地面で、過去の戦いの痕跡が残る荒々しい場所だった。


 フィールドの中心で、ハインツが声を出して開催の合図をした。

 その声が訓練所の壁に反響し、生徒達の視線を一気に集める。


「それではこれから歓迎会を始める!」


 このクラスの歓迎会は、ライゼに聞いた通り模擬戦闘だ。

 実戦派のガーデンらしい、異能の実力を試す儀式のようなものだった。


「ヒノと戦いたい奴は誰かいるか?」


「(蛮族なのか? こいつらは)」


 ヒノは戦闘フィールドの隅に立ちながら、頭の中で声を出した。

 周囲の空気が一瞬静まり、観客席からの視線が彼に突き刺さるのを感じた。


「……」スッ


 ロウ・アイリスは無言で手を挙げた後、観客席からジャンプしてフィールドに降り立つ。

 その動きは軽やかで、着地音が土に吸い込まれると同時に、冷気が彼女の周囲に微かに漂った。


 着地後、顔を上げ、ヒノを真っ直ぐ見つめる。

 ジト目で生気のないその瞳が、鋭く彼を捉えた。


「(怖ぇ顔。あの時の事、怒ってるのか?)」


 ぶつかった時のことをヒノは思い浮かべると同時に、「一番強い」という発言を思い出し、彼は自分の髪を触り、少し面倒くさそうな仕草をした。

 あの空き地での冷たい視線が、頭に焼き付いて離れない。


「少しは手加減してやれ」


「私は全力でやります。じゃないと強くなれない。私も……相手も」


「はぁ……(まぁ、ラルナーさんもかなり強いって言ってたしな。どんなものか見てみるか)」


 ハインツは深い溜息をついたが、止める様子はなかった。

 その表情には、新入生への心配と、ロウの頑なさへの諦めが混じっていた。


 **戦闘面の簡単な説明**

 ・異能で出す炎などの攻撃は、相手が意識がある場合、弱い出力ではあまりダメージは与えられない。

  これは本能的に相手の異能を無効にする何かを皮膚から発生させてる。

  その力は、ガーデンの住人特有の防御反応だった。

 ・異能無効は意識を失っている状態だと効果はなくなり、意識が薄れても効果は弱まる。

  疲労状態でも防御性能は変わる。

  訓練場の空気が、疲労と緊張で重くなる瞬間がよくあるらしい。

 ・身体が元からとても衝撃に強い。普通の拳銃で撃たれても痛い程度。

  この異常な耐久力が、模擬戦を安全にしている理由だった。

 ・異能で生成する装甲は質量を変えれる。帰れる速度や上限には個人差がある。

  装甲の重さや形が、戦い方の個性を際立たせていた。


「ルールは、相手が戦闘不能状態になる、または俺が勝負ありと判断したら終了だ。いいな?」


 ハインツの説明を、2人は流し聞きしながら互いに相手のことを考え始めていた。

 その声がフィールドに響き、観客席のざわめきが一瞬止まる。


「……(めんどい奴そうだなぁ、こいつ。だから他の奴らから距離取られてるんだろうし)」


「……(無防備すぎる)」


 ヒノとロウは互いに見つめあったまま無言だったが、内心では色々思っていた。

 ヒノの目はロウの冷たさを測り、ロウの目はヒノの隙を見逃さない。


「では、始め!」


 開始と同時に、ヒノは両手両腕から背中まで装甲を纏い、背中にバーニアをゆっくりと生成し始める。

 装甲が陽光を反射し、バーニアの微かな唸りが土を震わせた。


「(何でいきなり人間と戦わないといけないんだ。戦争してるわけでもないだろうに)」


 ヒノは絵空事を考えていると、突如感じた痛みで一気に現実に戻される。

 頭の中のぼんやりした思いが、鋭い衝撃で吹き飛んだ。


「ッ!? (なんだ!?)」


 完全に油断していたヒノの顎が、いつの間にか凍った地面から生えてきた四角形の氷で跳ね飛ばされた。

 冷気が一瞬にして顔を包み、顎に響く衝撃が脳を揺さぶった。


 そこから急いで本気モードになるヒノ。

 視線が目の前にいるロウに固定される。

 彼女の無表情な顔が、冷たくフィールドに映えた。


「遅い」


「(お前が早いんだよっ!)」


 速く重い掌底を胴体に受けるヒノは、蹌踉めく。

 ロウの手が空気を切り、異能の冷気がヒノの装甲を掠めた。


 そんな姿に驚くシロガネは、観客席にいた。

 木のベンチに座り、目を丸くしてフィールドを見つめる。


「模擬戦だよな?」


「アイリスっていつもあんな感じだからね」


 観客席から驚いているシロガネとは対比に、冷静に実況するライゼ。

 その声には、慣れと微かな呆れが混じっていた。


 ヒノは暫く上手く動かない体で立ち回るが、ロウ相手に長く持つわけでもなく。

 顎の痛みが頭を支配し、動きが鈍る。


「(初手の打ちどころが……悪……すぎるッ)」


「……」


 顎から伝わった衝撃で脳を強く揺らされ、上手く動けないヒノは、地面から次々と生える氷棘で徐々に動けないように拘束されていく。

 氷が装甲に絡みつき、冷気が関節を固める。


 ロウは氷で拘束作業をしながら、余裕そうにゆっくりと一歩ずつヒノへ歩いてゆく。

 最後には、氷で関節一つ動かせない状態にされた。

 彼女の足音が土を踏むたび、静かな圧迫感がヒノを包んだ。


「ちょっとは加減しろよな……」


「そんな考え方だから簡単に負ける……」


 言葉が終わると同時に、ロウの右拳によるボディブローがヒノの腹を抉る。

 同時に周りの氷が一斉に砕け散り、彼の纏っていた装甲も消滅する。

 拳の衝撃が腹に響き、氷の破片が地面に散らばった。


「かはっ!」


 肺の空気が無理やり外に出され、その場にヒノは倒れ込む。

 土の感触が背中に冷たく、息が詰まる痛みが全身を支配した。


 ゆるい模擬戦だと思っていたが、これはそんなものではなかった。

 現実の厳しさが、ヒノの予想を打ち砕いた。


「弱すぎる……」


 ロウが倒れてるヒノに向かって吐き捨てるように言うと、ヒノに背を向け歩き出した。

 その声に感情はなく、ただ事実を述べる冷たさだけがあった。


「(その通りだなっ……だけどなぁ!)」


 ヒノの体は言うことを聞かない。

 だが、それでもこのまま何も出来ずに敗北者になるのは、彼のプライドが絶対に許さなかった。

 元の世界で培った意地が、痛む体を無理やり動かした。


 その意地がヒノの体を動かす。

 ヒノは腕に力を入れて地面の土を抉り取り、背を向けて帰ろうとするロウに向かって、出せる全力で投げつけた。

 土の塊が空気を切り、鈍い音を立てて飛んだ。


「っ……」


 ロウは振り向き、手で防御するが、土が崩れて少し顔に砂がかかった。

 その瞬間、彼女の眉が僅かに動いた。


「終わってないだろ……こいよ。女の腕力じゃ倒れねぇぞ?」


「……」


 ヒノは少し笑いを見せ、立ち上がろうとする。

 その笑みに、痛みを堪える強がりと挑発が混じっていた。

 そんなヒノを見て、イラついた顔になるロウ。


 ロウはヒノとの距離を詰めるため走り出す。

 そして、拳の射程に入った後、思い切りヒノの顔面を殴った。

 拳が空気を切り、鋭い音がフィールドに響いた。


「ぐッ……」


「(倒れない?)」


 この一撃で倒れると思っていたロウは、少し動揺する。

 その瞳に、一瞬だけ驚きが走った。


 それを察したヒノは叫び、意識を全て右手に集中させる。

 痛みと意地が、彼を突き動かした。


「アぁッ!!」


 右手の指先に熱を集中させ、超高熱の貫手を完成させる。

 そして、それをロウの腹部目掛けて放とうとした。

 熱が空気を歪ませ、一瞬だけ赤い光が走る。


 それを見たハインツは、止めに入ろうと構えるが、それは届くこともなく途中で熱を失った。

 ハインツの動きが一瞬遅れ、観客席が息を呑んだ。


「(何熱くなってるんだ、俺は……)」


 熱が失われていく。

 そして、失われてなくても当たることはない攻撃だった。

 だが、ヒノは自分の意思で熱を消した。

 元の世界の殺意が一瞬蘇り、それを抑えた理性が働いた。


 熱より爆発的な殺意に危険を感じたロウは、冷や汗を垂らすが、すぐに冷静な顔に戻った。

 その一瞬の動揺を、彼女は素早く隠した。


「俺の負けか……」


 万策尽きたヒノは、悔しそうに呟いた瞬間、ロウの回し蹴りが顔面にぶち当たる。

 鋭い蹴りが空気を切り、ヒノの頭を揺さぶった。


 ヒノが吹き飛んだ先に、ハインツが回り込み受け止める。

 だが、蹴られたダメージでヒノは意識を失った。

 ハインツの腕の中で、ヒノの体がぐったりと沈んだ。


「そこまでだ!」


 ハインツはヒノの状態を確認する。

 その声がフィールドに響き、戦いの終わりを告げた。


「やり過ぎだ」


「はぁ…はぁ……今まで止めなかったのに…説得力ありません」


 ボロボロの雑巾みたいになったヒノを見ながら、ハインツがロウに対して言った。

 ヒノの体は土にまみれ、装甲の欠片が散乱していた。


「無駄な抵抗をしてきたのは……彼の方ですから……」


「いつまでもそんなのだと、本当に――」


「構いません……強くなる為なら。強ければ、なんとでもなります」


 ロウはハインツの言葉を遮るように吐き捨て、一人離れた観客席に戻っていった。

 その背中には、勝利への執着と、冷たい孤独が漂っていた。


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