解放
「(大剣の男の他に女が一人)」
新たに現れた大剣の男に加え、弓を構える女がいた。
その女がヒノに向けて矢を放ち、弦の音が鋭く森に響く。
「(ただの矢?)」
ヒノが軽い動作で回避すると、矢が一周回って再び彼に向かってきた。
その軌跡が空気を切り、不自然に曲がる。
「(追尾する感じか)」
次は避けず、ヒノが炎で矢を焼き尽くした。
消し炭が地面に落ち、微かな焦げ臭さが漂う。
「どうよ、俺のパーティメンバー? 勝てると思うか?」
「さぁ、どうだろうな」
「(怯えも動揺も見えねぇ。気色わりぃな、このガキ)」
4対1の状況でも態度を変えないヒノに、ハンスが不気味さを感じ始めた。
その瞳に、微かな苛立ちが混じる。
「くっ」
ヒノがハンスに格闘戦を挑み、空中に逃げた彼へ大きめの炎弾を撃った。
だが狙いが定まらず、上空で爆発し、熱風が木々を揺らす。
「もう疲労困憊か? ノーコン」
「ッ」
「ははは! もっと必死に逃げろ、死んじまうぞ?」
ハンスの嘲笑が響き、ヒノが徹底的に守りに徹した。
だが、数の不利は厳しく、徐々に死が近づいてくる。
身を潜め、ヒノが初めて耳の通信機のサイドボタンを押した。
アイリスに問いかける声が、少し掠れている。
「もうそろそろ着きそうか?」
「さっきの爆発で場所は分かったから、すぐ着くよ。それまで頑張って!」
「よく聞け。お前の奇襲と同時に俺が全力でハンスを殺しにかかる。そのフォローを頼む」
「……任せて」
「敵はとんでもない腕力の大剣使いの男、追尾する弓矢を使う女、あとはハットリの母親だ」
「分かった」
「これが失敗したら全員撤退。分かったな?」
この会話が、通信機を付けた全員に伝わった。
遠くで死操体と戦うシロガネ達にも緊張感が走り、戦場の空気がさらに重くなる。
次の瞬間、炎の光がヒノを照らし、直後に爆発が起きた。
彼が広い場所へ炙り出され、土埃が舞い上がる。
「ごほっ、くそっ」
「そろそろ終わりか。隠れたり逃げたり何かあると思ったが、あっけねぇな」
「はぁ、はぁ……」
装甲が破壊され、木を背に倒れるヒノへ、ハンスが言葉を投げ捨てた。
その声に、勝ち誇った余裕が滲む。ヒノはこんな状況で質問を始めた。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「あ?」
「なんでこの里の奴ら皆殺しにしたんだ?」
「あぁ? さっきも言っただろ、アイテム集めだよアイテム。まぁそれのついでにパーティメンバー集めだよ」
ヒノの異能が砕けた状態を確認し、ハンスが黒剣をクルクル回しながら近づいてきた。
その態度に、機嫌の良さが溢れている。
「そこの二人、相当強かったけど。お気に入り?」
「こいつら? こいつらは手こずったぜ。最強のコンビって言われてたらしいからな」
勝ちを確信しているのか、ハンスが饒舌に喋った。
その笑顔が、どこか歪んでいる。
「そん時いた俺のパーティメンバー、ほぼ壊滅されたし。まぁでも、試行錯誤して女を人質に取ればなんてことなかったな。くくく」
「そんなに戦力集めてさ……何かしたいことでもあんの?」
「ははっ、別にやりたいことなんてねぇよ。ただ他人より優位に立って生きるのはほら……楽しくね?」
「はっ……確かにそうかもな」
「おっ、わかる? なんならお前は生きたまま俺のパーティメンバーに入れてやろうか? 返答次第で生死が決まるからよく考えろよ(嘘だけど)」
ハンスが黒剣をヒノの心臓に近づけた。
ヒノが素手でそれを掴み、鋭い目で睨む。
「悪いけど、俺は過度な欲求を満たすために他人を殺す奴が大嫌いなんだよな」
「最後までつまんな。死ねよ」
ハンスが怯えないヒノをつまらなそうに見て、殺そうとした。
その瞬間、空から一人の少女が落下してきた。
「ヒノッ!!!」
「なんだぁ……?」
アイリスがヒノを呼ぶと、ハンスが当然声の方を見上げた。
彼は返事をしなかったが、送られていた通信音声を思い出した。
『こっちは私抜きでもいけそう。だから私はヒノの援護に回るよ』
『ごめん、道中に死操体がいて遅れる。それまで耐えて』
ずっとアイリスから届いていた通信。
この瞬間のために稼いだ時間だった。
「(ここでやるっ!)」
ヒノが壊れた装甲を再生させた。
同時に、アイリスが着地した瞬間に、敵4人を呑み込むほどの大量の氷を発生させた。
「くそがっ、なんだぁ!?」
ハンスが氷を突き破り脱出し、周りを確認すると、死操体も脱出しているのが見えた。
だが、目の前にはヒノが迫っていた。
「(装甲の再生成!? 死にかけの演技!?)このっクソガキがぁ!!」
「(躱せるっ!)」
氷を足場に刹那の思考をする二人。
ハンスが心臓を狙い、黒剣を構えて全力の突きを放つ。ヒノはその攻撃を見切っていたが。
「ぁっ!?」
ヒノの体に、死操体の女が放った矢が3本突き刺さった。
その衝撃で回避が遅れる。
「俺の勝ちぃ!!」
ハンスが両手で黒剣に力を込め、ヒノの心臓を貫こうとした。
その瞬間、氷の足場から氷棘が生え、黒剣を阻んだ。
「はぁ!?」
アイリスが身動きを取らず、地面に手を触れ続け、ヒノを見ながら氷で援護していた。
彼女の瞳に、強い意志が宿る。
「(弓矢を防げなかった! ごめんヒノ……!)」
アイリスが心の中で悔やんでいると、弓矢が再びヒノを襲った。
今度は氷がそれを防ぎ、さらにハンスの動きを止めるように氷棘が彼を拘束した。
「(上出来だっ!)」
ヒノがアイリスのフォローを理解した瞬間、ハンスだけを捉えた。
そして跳躍。その瞳が、ハンスに初めて恐怖を抱かせた。
「っー!! その女をさっさと殺せ!!」
弓矢がアイリスを目掛けて放たれたが、致命傷になる部分だけを氷で防ぎ、残りは肉体で受け止めた。
彼女の体が震え、血が滴る。
畳み掛けるように、大剣の男がアイリスの胴体を目掛けて振り抜いた。
その衝撃が、空気を切り裂く。
「う"っあ""!」
無抵抗で直撃したアイリスが、木にめり込むほど叩きつけられた。
だが、意識を絶対に保とうと、彼女が歯を食いしばる。
意識が途切れれば氷も消える。
その覚悟が、彼女を支えていた。
「ごほッ」
アイリス が二人を無視して、ヒノだけを見続けた。
その視線に、全てを懸けた信頼がある。
「こいつっ!」
明らかに今まで以上の殺意を放つヒノに、ハンスが焦り始めた。
その声が、初めて震える。
だが、そこにフリーになったサクラが、ヒノの背後から炎を纏った巨大手裏剣を投げた。
その熱が、彼の背後に迫る。
「ヒノ……気にしないで……」
「了解」
氷の壁が、ヒノに危害を加える全てを停止させた。
彼はアイリスを見なかった。見なくても、彼女が相当な無理をして負傷していることは分かっていた。
自分が一番優先すべきことは。
その決意が、彼の心を固める。
「(こいつはここで確実に殺す)」
『炎動・解放』
熱くなった体がボルテージを上げ、限界に近い動きを可能にした。
装甲から炎が放出され、一気に距離を詰める。
「(なんだこの速度!?)ふざけ━━っぐえっ」
ボディブローで、ハンスの遺物に亀裂が走った。
その衝撃に、彼の体が軋む。
ヒノが流れるようにハンスの首を掴み、回転をつけて地面に投げつけた。
そして装甲の質量を最大にし、炎の推力を利用して急降下。狙うはハンスの胴体。
「や、やめ━━」
ハンスの制止を無視し、黒剣も遺物も貫き、ヒノの右拳が彼の胸を焼き貫いた。
心臓が焼ける音が、静かに響く。
「あごぁ!? なん……で……」
「はぁ……はぁ……。相変わらず気持ち悪い感触だな……」
この世界での初めての人殺しに、少し動揺しながら、ヒノがハンスの体から腕を引き抜いた。
そして、アイリスの元へ急いだ。
走りながら、止まっている死操体を見て、もう動かないと判断した。
その静けさに、安堵が混じる。
「おい! 大丈夫か!?」
流石のヒノも心配を抑えきれず、駆け寄った。
その声に、切実さが滲む。
「うん……大丈夫だよ。ヒノは?」
渾身の一撃と二人からの猛攻を凌ぎ、ボロボロなのにヒノを心配するアイリス。
その顔に、血と汗が混じっている。
「俺はお前のおかげで軽傷だ。さっきのフォロー、マジで助かったぞ」
「あそこで頑張れば……ヒノが終わらせられると思ったから……ごほっ」
「立てるか?」
「うん……」
移動しようとすると、膝をついて静止している大剣使いの男と弓使いの女が目に入った。
二人の姿が、どこか穏やかに見える。
「最後、二人の意識は一瞬だけど戻ってた気がする」
「……もし少しでも意識があるとしたら、相当な地獄だったろうな」
なんとなく、二人が安心したような顔で寄り添っているように見えた。
マイの母も同じように静止している。
ヒノがとりあえず耳の通信端末を押し、問いかけた。
その声が、疲れと安堵に満ちている。
「こっちは終わった。そっちは大丈夫か?」




