逃げてきた忍
シロガネが降参した後、ヒノとベーアは残るアンナを探して森の中を索敵した。
賢狼の森は静けさに包まれ、木々の間を抜ける風が葉を揺らし、遠くで鳥の声が小さく響いている。
「あっ」
「あっ」
二人が同時に声を上げた。
目の前に、氷のミノムシ状態で固まったロウとアンナがいた。
「何やってんだお前ら」
「仲良しだね〜」
呆れた表情のヒノが言うと、ベーアが笑顔で付け加えた。
その光景に、ヒノの眉が少し上がり、ベーアの目がキラキラと輝く。
模擬戦はヒノチームの勝利で終わった。
その後、全員が集まり、反省会を始めた。周りには狼達が寛いでおり、フィロが尻尾を振って見守っている。
「ベーア達はユウジとマーシャルを倒したんだな。どうやったんだ?」
「俺が装甲尾と引き換えにユウジの装甲を剥がして、ベーアがトドメを刺した」
ヒノが質問すると、ルートが冷静に答えた。
ユウジの装甲の弱点は強い衝撃ではなく、締め付けるようなゆっくりした圧力。それを利用してルートの装甲尾が装甲を外し、ベーアが仕留めたのだ。
「へぇ(見てみたかったな)」
「言っとくけど、俺とマーシャルは4人から1人まで減らしたんだぞ。上出来だろ」
「それはその通りだな」
ユウジが不満げに言い訳すると、シロガネが同意した。
その声に、少しの誇りが混じる。
その後、意見を出し合い終えたところで、リースがヒノとシロガネに質問した。
彼女の目が好奇心で輝いている。
「ねぇ、この際だから二人の異様な強さの理由知りたいな。記憶がないってのも嘘なんでしょ?」
「あ?」
「え」
リースの質問に、二人が少し悩んだ。
別に隠すつもりはないが、信じてもらえるはずもない話だから言わなかっただけだ。
周りのメンバーも目をキラキラさせて、二人の答えを待っていた。
その視線に、少し気まずさが漂う。
「あー、俺はこいつと戦闘訓練ばかりしてたのは覚えてる」
「ふーん、どこに住んでたの?」
「……どこだろうな。そこら辺の記憶がないのは本当だ」
ヒノが思い切って話そうかと思ったが、面倒なことになりそうでやめた。
彼の声に、いつものドライさが戻る。
「えー、本当ー?」
リースが少し顔を顰めてそう言った。
その不満げな表情に、みんなが小さく笑う。
「まぁ、お前達ほど辛い過去ではないだろうな」
過去に戦ってきた記憶が正しいのか、この体に植え付けられたものなのか、ヒノは改めて考えた。
その思索が、彼の瞳に一瞬の影を落とす。
「過去なんて関係ない。ヒノ達は私達に協力してくれてる。それが全てだと思う」
アイリスの発言に、その場のみんなが黙った。
ヒノは彼女の庇うような言葉に、少し驚いた。
「まぁ、信じるか信じないか、頼るか頼らないかは自由だ。好きにしてくれ」
なんとも言えない空気を壊すように、賢狼カロが声を上げた。
その低く渋い声が、森に響き渡る。
「誰か隠れておるな」
その発言に、全員が戦闘態勢に入った。
神獣ハンターの件もあったため、緊張が一気に高まる。
だが、巨大樹の影から現れたのは、怪我をした一人の少女だった。
彼女の服はボロボロで、血が滲んでいる。
「おヌシ達は……まさかホットガーデンの━━」
そう言うと、少女が倒れた。
地面に崩れ落ちる音が、静寂を破る。
「誰だ?」
ヒノが周りに聞くように声を上げた。
すると、アイリスが小さく呟いた。
「マイ?」
「マイって、忍びの里のハットリ・マイ?」
シュムが確認するように言うと、みんな倒れたマイの元へ駆けつけた。
その動きに、慌ただしさが広がる。
それから、マイの手当てをしながら、アイリス達から彼女についての説明を受けたヒノとシロガネ。
森の空気が少し落ち着き、狼達が静かに見守る。
この世界にはガーデンの他に小規模な集落が無数にあり、マイの住む忍びの里はホットガーデンと繋がりがある。
だが、秘密主義の里で、一部の者しか場所を知らない。
意識を取り戻したマイから事情を聞くと、忍びの里が賞金首二人に襲撃されたと告げられた。
賞金首はヒノとシロガネのいた世界にもあったため、質問はしなかった。
「あなたが一人で来たということは、相当マズイ状況?」
「ヌシの言う通りじゃ。一人は知らぬ奴じゃったが、もう一人はネクロマンサーのハンス・アイゼンフートじゃった」
その名前を聞いたヒノとシロガネ以外が顔を曇らせた。
その反応に、二人が首をかしげる。
「何だそいつ? やばい奴なのか?」
「おヌシ、知らぬのか……?」
「彼はちょっと事情があるの」
「(有名な奴なんだな)」
アイリスがフォローすると、マイが賞金首の説明を始めた。
ハンス・アイゼンフートは、一人で村を壊滅させるほどの力を持つらしい。
続けて、マイが頭を下げ、その場の皆に頼んだ。
彼女の声が震え、必死さが滲む。
「無理なことを言っているのは百も承知の上で頼む……! 私の里へ来て奴らと戦ってくれぬか! 急がねば我が里の秘術があんな奴らに取られてしまう!」
「なんだよ、秘術って」
「詳しくは知らん……じゃが、全てを無にする力だとは聞いている。父と母からは絶対に守らねばと聞かされてきた」
ヒノが秘術を聞いて、「どうすんの?」みたいな態度で周りに促した。
彼の目が、みんなをじっと見つめる。
「俺達で勝手に動くわけにはいかねぇだろ。まずガーデンに━━」
「一刻を争うのじゃ! そのような時間は……!」
ユウジの言葉を遮り、マイが反論したが、無理を言っている自分に気づき、言葉が詰まった。
彼女の肩が小さく震える。
「アイリス……おヌシの力はよく覚えている。ヌシが力を貸してくれるのであれば、きっと奴らを追い払う……いや、討ち取ることもできる。だから……頼む……!」
マイがアイリスの手を掴み、辛そうに願った。
その瞳に、涙が滲んでいる。
「あなたの家族や里のみんなはどうなったの?」
「皆死んだ。それどころか、死んだ体を操られておる……私はそれが我慢ならんのじゃ」
「……いいよ。私は忍びの里に行く」
アイリスの発言に、みんなが驚いた。
その声に、静かな決意が宿っている。
「おい、勝手に決めんなよ!」
「みんなはガーデンに戻って他の人達を呼んできて」
アイリスがユウジの言葉に動じず、淡々と準備を始めた。
彼女の動きに、迷いが感じられない。
「私も参加します。見過ごすわけにはいけません」
「ロウちゃんが行くなら私も行くよ! 私一人じゃ何もできないけど、ロウちゃんがいればきっと勝てるよ!」
アンナとベーアに続き、リースや他のメンバーも賛同し始めた。
その勢いに、森がざわめき出す。
「お前らなぁ、相手分かってんのか」
ユウジの胃に穴が開きそうな表情が、誰が見ても分かった。
彼の眉間に深い皺が寄る。
「ヒノ、ちょっときてくれ」
ユウジに呼び出され、ヒノが少し離れた場所で会話を始めた。
二人の声が、木々の陰で小さく響く。
「どうするんだあれ?」
ヒノが冷静に、やる気になっているロウ達をどうするか聞いた。
彼の視線が、仲間達に向かう。
「あいつら勝手に盛り上がりやがって。お前の考えを聞きたくてな」
「ハンスって奴はどんなやつか知ってるのか?」
「能力は殺した死体を操り、その死体は元々の異能を使える」
「何体まで操れる?」
「そこまでは俺も分からない」
「……俺はガーデンの外の奴らと戦ったことないから、自分の力が通用するかわからない。だからやれるかどうかの判断はできない」
「俺は他のガーデンに行ったこともあるし、危険な依頼に行ってる人達の戦闘も見たことがある。それで見ても、俺達の強さはかなり上位だ」
「へぇ、そうなのか」
「だから俺も迷ってる。ハンスにはかなりの賞金がかけられてる」
「倒せば一気に借金返済の近道ってわけか?」
「それだけじゃない。名声が上がれば良質な依頼も増えるはずだ」
「ハイリスクハイリターンか」
「もしやるとして、リスクを減らした戦いをするなら」
「俺か?」
「……あぁ、お前の機動力と戦闘力を頼れば、リスクを極端に減らせると思う」
ユウジの言おうとすることを、ヒノがすぐに察した。
簡単に言う と、ヒノを使った暗殺だ。
「そうだなぁ」
「だからお前の有無で行くかどうか決めようと思う」
「あいつら、もう止まる気なさそうだけどな」
「ぶん殴ってでも止めるだけさ」
ヒノが少し考えると、答えた。
彼の声に、いつもの淡々さが戻る。
「分かった。俺がやる」
「いいのか? お前は強いけど、危険なのは絶対だ」
「借金は早く返したいし、そもそもそのハンスがガーデンに害をなすかもしれない存在だろ。任せろ」
「そうか。もしダメそうだったらすぐに撤退させる。だが俺はお前が帰ってくるまで絶対引かない」
「そんなことしないで、ダメだったら逃げればいい」
「これは俺なりのケジメだ」
ユウジの意思が固そうだったので、ヒノはそれ以上何も言わなかった。
二人の間に、静かな信頼が流れる。
二人がみんなの元へ戻ると、ライゼが尋ねた。
彼の戦闘力を知るみんなは、当然来て欲しいと思っている。
「ヒノはどうするの?」
「今回の相手、小規模な集落を全滅させるほどの奴なんだろ? お前ら死ぬ覚悟と殺す覚悟あるのか?」
ヒノの言葉に、全員が沈黙した。
その場の空気が一気に重くなる。
「私はあるよ」
少しの間を置いて、アイリスが言った。
彼女の声に、揺るぎない決意が宿る。
「他の奴は?」
アイリスに鼓舞されたように、みんなが「ある」とはっきり答えた。
その声を聞いて、ヒノが淡々と言った。
「なら俺も参加する」
アイリスがその言葉を聞き、少し嬉しそうにした。
彼女の瞳に、微かな光が宿る。
ヒノ自身、相手の強さを測り、ダメなら自分を殿にして逃げるつもりだった。
その冷静な計算が、彼の頭に浮かぶ。
「でも報酬は欲しいよな」
ヒノがマイを見ると、彼女が察したように言葉を出した。
その声に、寂しさが混じる。
「我が里のものは全て其方に譲渡すると約束しよう」
「それはさすがに」
「よいのじゃ。もう今の私には必要ないものじゃからな」
心配するアンナに、マイが寂しそうな表情で答えた。
その言葉に、深い諦めが滲んでいる。
「じゃあ早速行きましょう! 忍びの里!」
「ちょっと待った」
リースの号令に、ヒノがストップをかけた。
彼はシュム、アルマ、マーシャルにガーデンへ戻り、増援を呼ぶよう頼んだ。
機動性と防御力のない二人は、狙われたらフォローできない可能性があると判断した。
マーシャルは、帰りに何かあった時の保険だ。
「みんな気をつけてね……」
「が、がんばってねぇ……」
心配そうなシュムと、安心したようなアルマが馬車に乗り込んだ。
その背中に、少しの不安が漂う。
「増援、早めに頼むわ」
「ああ、ヒノもみんなのことを頼む」
彼らを見送ると、他のメンバーは忍びの里へ向かった。
馬車の車輪が地面を軋ませ、森が遠ざかる。
ヒノとアイリスは馬車の操縦席で並んでいた。
風が二人の髪を軽く揺らし、遠くの山々が霞んでいる。
「ヒノ、さっきの話なんだけど」
「あ?」
「覚悟はあるのかって話」
「ああ、それがどうした?」
「私が死ぬ覚悟はあるけど、みんなが死んだ時の覚悟はあんまり自信がない。だから死なないで」
「……まぁ頑張るさ」
アイリスの言葉に、ヒノが少しだけ柔らかく答えた。
その声に、微かな温かさが混じる。
「……」
「……そいや、何で率先して行くって言ったんだ?」
アイリスの行動が珍しいと思い、ヒノが質問した。
彼の視線が、彼女の横顔に注がれる。
「ただ……許せないと思ったから」
「そうか(異能に反して熱いやつなんだな)」
アイリスの答えに、ヒノが心の中で呟いた。
馬車が揺れながら、忍びの里へと進んでいく。




