真偽
夕暮れになる少し前の時刻、ヒノとロウは学園の屋上にいた。
空はオレンジと紫が混じり合い、遠くの街並みが夕陽に染まってぼんやりと霞んでいる。
「それで話ってのはさ」
ラルナーの頼みを受けたヒノが、ロウと話すためにここへ来たのだ。
彼は手摺に肘を乗せ、ベンチに座るロウに気軽に声をかけた。
「この前、ラルナーのおじさんから炎災の事を詳しく聞かされた」
ヒノの言葉を聞いた瞬間、ロウがほんの少し動揺する素振りを見せた。
彼女の肩が微かに震え、視線が一瞬下に落ちる。
「(わかりやす……まぁトラウマだろうしな)」
ヒノにはその動揺が分かりやすすぎた。
少し話を中断すると、ロウが自分から口を開いた。
「それは私の事だよね?」
「……そうだな」
ロウの疑問にヒノが答えると、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。
その瞳に、過去の重さが宿っているのが見て取れた。
「お前が足を引っ張ってみんな死んだって」
「……うん」
ロウの発言に、ヒノは呆れた表情になり、自分の考えを伝えた。
彼の声には、いつものドライさが混じる。
「本当にそうか?」
「……」
ロウと共に過ごした日々とベーアから聞いた話を思い返すと、ヒノは彼女が自分勝手に助けに向かったり、完全な足手まといになるような存在とは思えなかった。
彼女の沈黙に、彼の視線が少し鋭くなる。
「……」
「……あー、めんどいなっ」
痺れを切らしたヒノは、ロウの目の前までズカズカと歩き、中腰になって彼女の両肩に両手を置いた。
その距離に、ロウが一瞬息を呑む。
「俺はお前の言う事、絶対信じてやるからさっさと言え」
滅多に見ないヒノの熱くなった姿に、ロウの凍りついた心が溶け始めた。
彼女の瞳が揺れ、言葉がこぼれ出す。
「あの時、言われたの」
「言われた?」
「お父さんが私の助けを待ってるって」
「誰に?」
「分からない。ローブで顔が見えなかった。たぶん男」
「他の人達は一緒じゃなかったのか」
「私は強い異能があるから避難所で一番外に近いところにいて、火の鳥が一体ユグドラシルの守護を抜けてきた」
「それからどうしたんだ?」
「私がその一体を外へ惹きつけてから倒した。その後にローブを纏った人が来て言われた」
「で、到着した時に父親になんて言われたんだ? (そこでも一体倒したのかよ……)」
「なんでここに?って」
言葉から、嘘をつかれたことは明らかだった。
ヒノの頭に、嫌な予感がよぎる。
「……ローブで顔を隠して、まだ子供なお前を戦場に向かわせようとする。どう考えても悪意しかないな」
「でも、その言葉を信用した私が悪い」
「俺は発端を起こす奴が一番嫌いだ」
「……」
「……」
ヒノの言葉の後、二人はしばらく沈黙した。
夕陽が屋上の手摺に長い影を落とし、風が静かに吹き抜ける。彼がぽつりと呟いた。
「お前を騙した奴が陰で笑いながら過ごしてるんだぞ。ムカつくだろ」
そう言いながら、ヒノはロウの隣に腰を下ろした。
二人分の隙間が空いたベンチに、彼は左太ももに左肘を乗せ、顎を左手で支えた。
ヒノには、ロウがただ庇われる迷惑な存在とは思えなかった。
ベーアの話もあるし、何より真正面から本気で戦った彼だからこそ、そう感じてしまう。
「お前はどう感じてるんだよ」
「え?」
「自分のせいで死んだと思ってるのか?」
ロウがあの日のことを思い出した。
彼女の瞳が遠くを見、記憶が蘇る。
「巻き込みたくないが、ここは力を借りるしかないな。腹括れよ、イース」
「分かってる。アイリス、父さん達が惹きつける。その後は頼んだよ」
「うん! 任せてお父さんっ!」
……
………
「違う……と思う」
「……ならそれをみんなに言い張れよ」
少しの沈黙の後、ロウが小さく呟いた。
その声に、微かな確信が混じる。
「ヒノ」
「あ?」
「信じてくれてありがとう」
夕陽に照らされたロウが、笑顔でそう言った。
その表情に、初めて見るような柔らかさがあった。
「別に話せば他の奴らだって信じ━━」
何故か唐突に、ヒノの脳に鋭い痛みが走った。
右手で頭を押さえ、顔が一瞬歪む。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。おじさんが近いうちにお前に謝りにくるから、あとは頑張れ」
頭の痛みが引くと、ヒノは立ち上がり帰ろうとした。
だが、ロウが彼の制服の裾を掴んで阻止した。
「ラルナーさんがなんで?」
「なんでってお前を怒鳴った事、後悔してるからだろ」
「別に謝らなくても」
「おじさんがそうしたいんだ」
「……ヒノが立ち会ってほしい」
「嫌だ」
「なんで」
「絶対気まずい空気になるだろ」
「だからいて欲しい」
「だから頑張れって言っただろ」
しばらく言い合った後、結局ヒノは立ち会わないことに決まった。
彼の表情に、少し呆れたような笑みが浮かぶ。
「全部伝えとくから、間違っても自分が悪いです、なんて言うなよ」
「……分かった」
ロウが不満げに返事をすると、ヒノはそれを確認して屋上から飛び降りた。
夕陽の中、彼の姿が一瞬で消える。
「……」
雲のない夕陽の下、風が吹き、ロウの黒髪が靡いた。
彼女はベンチから立ち上がり、階段をゆっくりと降りていく。
誰もいない学園を見ながら、ロウは静かに家へと向かった。
夕暮れの影が長く伸び、彼女の足音だけが響いていた。




