勘違い
ヒノがルートと、シロガネがシュムと出会っていた日の夜。
ガーデンの家々には灯りがともり始め、静かな夜の空気が街を包んでいる。
ラルナーが久しぶりに仕事から帰ってきたので、ヒノとシロガネは夕食を作り、彼に振る舞っていた。
小さなキッチンから漂う香りが部屋に広がり、テーブルには手作りの料理が並んでいる。
三人は机を前に椅子に座っていた。
木製のテーブルには、使い込まれた傷が刻まれ、どこか温かみのある雰囲気が漂う。
「今度はどんな仕事だったのおじさん」
「今回の仕事は大変だったぞ。遺物を独自に研究してる奴がいてな、依頼主と他ギルドと協力して捕らえてきた。ついでに施設も全部ぶっ壊してな」
先に食べ終わったヒノがラルナーに仕事の内容を尋ねると、彼はスラスラと答えてくれた。
その声には疲れと達成感が混じり、外での話を聞くのはヒノにとって少し楽しみな時間だった。
「遺物って使うのはOKなのに研究するのはNGなんだ」
「昔からある世界共通のルールだ。まさかヤマト、お前やってるんじゃねぇだろうな……? お前は頭がいいらしいからな」
「俺はそんな事できるほど賢くねぇって」
「ほう、謙遜するじゃねぇか」
遺物についての疑問をシロガネが口にすると、ラルナーが笑いながら彼を疑う発言をした。
実はシロガネの座学成績はアイリスとユウジに次ぐトップ3で、ラルナーはそれを知っていたからこその冗談だった。
「それに比べてキョウヤは安心だな」
「皮肉をどうも」
ラルナーがニヤリと笑いながら皮肉を言うと、ヒノはむすっとした表情を浮かべた。
そのやり取りに、シロガネがくすりと笑う。
「お前もやる気出せばトップ付近いけるだろ?」
「いけねぇよ。お前と一緒にするな、馬鹿」
「なっ、お前の方が馬鹿だろ!」
シロガネとヒノの馬鹿げたやり取りを見ながら、ラルナーが笑った。
ヒノがやる気を出さないのは事実だが、苦手意識もあるのは確かだった。
しばらくして食事が終わり、食器を片付けた後、ラルナーが深刻そうな表情で口を開いた。
部屋の明かりが彼の顔に影を落とし、雰囲気が一変する。
「少ししみったれた話があるんだが、いいか?」
突然のことに、二人は真剣な気持ちを取り戻し、静かに頷いた。
その空気に、軽い緊張が走る。
三人は再び椅子に座り、ラルナーが話し始めた。
彼の声は低く、どこか重い響きを帯びている。
「お前達も知ってると思うが、炎災についての話=C2=A0話だ」
炎災とは、7年前に神獣達がガーデンを襲った事件のことだ。
ヒノとシロガネは黙って耳を傾けた。
「炎災が起きた日、俺は妻のルナと、ライナーとルイスの息子二人を失った」
「……」
「……」
ラルナーの話に言葉が見つからず、二人は沈黙するしかなかった。
部屋に重い静寂が広がる。
「だがそれは過ぎた話だ。お前らは何も気にしなくていい。俺は今ある問題を解消しないといけない」
「今ある問題?」
ラルナーの意図が分からず、ヒノが疑問を口にした。
彼の眉がわずかに寄る。
「キョウヤ、お前のペアになってるアイリス嬢ちゃんの事だ」
「???」
さらに疑問が増え、ヒノの頭に混乱が広がった。
その後、ラルナーが詳しく説明を始めた。
「炎災が終わった日、俺は嬢ちゃんに言っちゃいけない事を言った」
7年前の炎災の日、2日間戦い続けていたラルナー。
辺りの建物は崩壊し、周囲は焼死体で埋め尽くされていた。現世の地獄そのものだった。
妻のルナはラルナーを庇い、彼の目の前で死んだ。
彼女の最期の叫びが、今も耳に残っている。
朝日が昇る頃、火の鳥のリーダー格が飛び去り、他の火の鳥達も逃げていった。
地獄から解放されたと思い、ラルナーはすぐに息子たちを探し始めた。
その時、まだ幼かったアイリスがラルナーの元へ走ってきた。
彼女の服はボロボロで、火傷が体中に広がっていた。
「ラルナーおじさん……! お父さんとライナーお兄ちゃんを助けて……!!」
「何っ!? どこだ、案内してくれ!! (嬢ちゃん? なんでこんな所に)」
アイリスに道案内を頼み、二人は必死に走った。
焼け焦げた瓦礫を越え、煙が立ち込める中を進む。
その先にあったのは、ラルナーの息子ライナーとアイリスの父イースの二つの遺体だった。
二人の体は冷たく、動く気配はなかった。
「……おい。嘘だろ……? 冒険に行っていいって……いいって言ったばかりじゃねぇか……」
ラルナーは冷たくなったライナーの肩に右手を置き、涙をこぼしながら微かな声を出した。
その手が震え、言葉が途切れる。
「お……父……さん?」
目の前にいる父親が死んでいる現実を受け入れられないアイリス。
彼女の声が震え、小さな体が揺れた。
「何で……なんでこんな所に居たんだ!?」
「え……わた……しは」
妻と息子の死で、ラルナーは正常な判断ができなくなっていた。
彼の目は血走り、感情が溢れ出していた。
ラルナーは、二人がアイリスを庇ったせいで死んだと思い込み、怒鳴り声を上げた。
平民と貴族の子供達は、ユグドラシルや避難所に集まっているのが普通だったからだ。
「わ……たし……お父さんを助け……お父さんが呼ん━━」
「何でみんなと一緒に避難してなかったんだ!?」
アイリスはぐちゃぐちゃの感情の中、必死に弁解しようとしたが、両肩に置かれたラルナーの手と声にかき消された。
彼女の目から涙が溢れ、言葉が詰まる。
「わたし……ぅ…ごめん……なさい……ごめ……い」
「なんでッ……! なんでだ……」
アイリスの肩から、ラルナーの手が脱力したように離れた。
その後、救護班に治療を受けた二人は、しばらく抜け殻のようになり、会うことなく過ごした。
もう一人の息子ルイスは、離れた場所で遺体として発見された。
家族を全て失ったラルナーの心は、深い闇に沈んだ。
その後5年間、ラルナーは荒れに荒れた。
周りの人々に強く当たり、アルカナガーデンの者に嫌味を言われた時は、立場を無視して殴り飛ばす事件も起こした。
そして2年後、二人の青年と出会った。
それがヒノとシロガネだった。
アイリスは自分の弱さを呪い、大切な人を守るため、力を求めて戦い続けた。
彼女の瞳には、あの日の悔しさが今も宿っている。
「あの時の俺はどうかしてた。嬢ちゃんが無策であんな所にいるはずがねぇんだ」
ラルナーの説明が終わり、彼はヒノに頼みごとをした。
その声には、深い後悔が滲んでいた。
「キョウヤ頼む、嬢ちゃんに伝えちゃくれないか?」
「……」
状況から察して、ラルナーの行動はそれほどおかしくはない。
アイリスもそれを理解しているはずだとヒノは考えた。でなければ、以前家に来て料理を作っていくなんて言い出さないだろう。
「いいよ、とりあえずアイツと話してみる。でもアイツも理解してると思うよ」
「そうか……? そうだといいんだが」
ヒノが承諾し、さらにフォローを入れると、ラルナーの表情が少し和らいだ。
彼の肩から力が抜け、ホッとした息が漏れた。
「また明日から仕事がある。次戻ってきたら俺が直接謝りに行くつもりだ。だからキョウヤは俺が悪かったって事だけ伝えておいてくれ」
「了解〜」
「ありがとうな。仕事帰ってきたらお土産期待しとけ」
承諾してくれたヒノに、ラルナーが嬉しそうに彼の頭をワシャワシャと撫でた。
その手つきに、親しみと感謝が込もっている。
「ちょっやめ。あっ、お土産ならうまい食べ物がいいな俺」
ヒノが嫌そうにしながらも、お土産の内容を要求した。
その態度に、シロガネが目を輝かせる。
「俺も俺も!」
「お前は何もしてねぇだろ」
「食材の仕入れやったし」
「そんなの俺もいつもやってるだろ」
「やめろやめろ。二人分買ってきてやる」
シロガネとヒノのいざこざを、ラルナーが笑いながら収めた。
部屋に再び軽い空気が戻ってきた。
「そういえばお前らのクラス、仕事受けるって聞いたが……もし少しでも危険だと思ったら仲間を連れて全力で逃げろ。いいな?」
「勝てない勝負はしない」
「当然」
「……いらない心配だったな。おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみー」
ラルナーは警告したが、ヒノとシロガネの言葉に安心した。
彼は立ち上がり、自分の寝室へと向かった。そこには昔の家族写真ではなく、少し前に撮ったヒノとシロガネとの写真が置かれていた。




