期待
ハインツの教室にクラスメンバー全員が揃い、机を前に椅子に座っていた。
窓から差し込む午後の光が教室を暖かく照らし、遠くで生徒たちのざわめきが小さく聞こえる。ハインツから大事な話があるとのことだった。
「よし、みんな集まってるな」
ハインツはメンバー全員がいることを確認し、満足げに頷いた。
その時、リースが手を挙げて質問した。
「先生〜、大事な話って何ですか〜?」
「リース、そう急かすなよ」
「だって早く帰りたいし〜」
ハインツはリースの言葉に呆れた顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻り話を始めた。
彼の声が教室に響き、皆の視線が集まる。
「話ってのは仕事についての事だ。知っての通り、ガーデンには多額の借金がある。貴族の大人達は身を削って仕事を行なっているが、やはり人が足りない。そこで━━」
「分かった〜! そこであたし達の出番って事ね!」
「あぁ……まぁ……そうだな……」
リースに台詞を奪われ、ハインツは話のテンポが狂った。
彼の眉が一瞬上がり、少し困ったような笑みが浮かんだ。
「お前達は貴族の大人より強い力を持っている。お世辞は一切なしでだ」
「ハインツ先生に言われると、ちょっとお世辞に感じるなぁ」
次はライゼの言葉に、ハインツのテンポが再び崩された。
ライゼの軽い口調に、教室に小さな笑いが広がる。
「俺相手でもお前達はもう手に負えないよ。そしてもう一つ、俺の個人的な話がある」
そう言うと、ハインツが突然頭を下げた。
その動作に教室が一瞬静まり返る。
「まだ子供なお前達を頼る、情けない大人達ですまん」
その言葉に、ヒノ以外の生徒が少し動揺した。
彼らの表情に、驚きと戸惑いが混じる。
「先生達が頑張ってるのは、ここにいるみんな知ってます!」
「そうだよ〜! そんな事しなくても大丈夫ですよ〜!」
「(俺はよく知らない)」
「(知らない俺どうしよう)」
アンナとベーアが立ち上がり、ハインツをフォローする声が響いた。
一方、ヒノとシロガネは状況を把握しきれず、心の中で呟いていた。
「頑張ってるかどうかじゃない。できなかったんだ。ここは謝罪させてくれ」
少しの間があり、ユウジが声を上げた。
彼の声は力強く、教室に勢いをもたらす。
「心配しなくても俺達がすぐに稼いで、先生に楽させてやるよ! なぁ、お前ら!?」
ユウジはハインツを安心させるように周りに問いかけた。
その言葉に、皆が頷き合う。
「何たって期待の新人! ヒノとシロガネも居るしね!」
リースの言葉が終わると、みんなの視線が二人に集まった。
二人は一瞬顔を見合わせる。
「勝手に期待されても困るけど、俺に出来ることはやるぞ」
「俺も期待に応えれるかわからないけど、全力で頑張るよ」
ヒノとシロガネは保証はできないが、ネガティブにならないよう応えた。
彼らの声には、どこか控えめな決意が込もっている。
「ヒノとシロガネもこのガーデン出身じゃないのに、すまないな」
申し訳なさそうにハインツが言うと、シロガネがそれを否定した。
「もうここが故郷みたいなもんですから」
「それな」
シロガネの意見に、ヒノは少し嬉しそうに同意した。
彼の口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「そうか……ありがとうな」
ハインツは少し涙目になりながら、感謝の言葉を二人に贈った。
その声には深い感情が滲んでいる。
「仕事の依頼はお偉いさん方が持ってくるって事だから、それまでは普段通り過ごしてくれ。それじゃ俺は仕事があるからここまでだ」
そうして話が終わり、各自解散し始めた。
ヒノとシロガネも帰宅の準備をしていると、ハインツに声をかけられた。
「二人とも、少し話があるんだがいいか? 仕事の前に言っておきたい」
「この後なら俺は暇ですけど」
「同じく」
「そうか、なら屋上まで来てくれ」
シロガネに続き、ヒノも暇だと伝えると、ハインツは場所を告げて先に屋上へ向かった。
二人は荷物を手に、少し不思議そうな顔をした。
「キョウヤ、お前何かやった?」
「心当たりはないな」
不思議そうにしながらも、二人は屋上へと向かった。
階段を上る足音が静かに響く。
屋上に着くと、ハインツが外の景色を眺めていた。
夕陽がガーデンの街並みを赤く染め、遠くの山々が霞んでいる。彼が二人に気づくと、置いてあった紙容器と紙ストローのついた飲み物を差し出した。
「悪いな二人とも、これは話に付き合ってくれる礼だ」
「おぉ! ありがとうございます!」
「どうも(俺達の好きな飲み物だ)」
ハインツの配慮に、シロガネが明るく感謝し、ヒノも内心驚きつつ礼を言った。
ハインツは先生らしく、二人の好みをしっかり覚えていた。
「それで話っては、俺達何かやっちゃいました?」
「ははは、気負わないでくれ。話ってのは俺個人の話だ」
シロガネが恐る恐る理由を聞くと、ハインツの答えは予想と違った。
彼は笑いながら、緊張を解こうとした。
ハインツはガーデンの景色を眺めながら話し始めた。
屋上の風が彼の髪を軽く揺らし、どこか遠くを見るような目つきだ。
「まずお前達二人が来てから、クラスの雰囲気は良くなった。ありがとな」
「俺じゃなくてキョウヤですよ。こいつがきっかけを作ったんです」
「やりたい事のついでに丁度くっついてきただけだ」
ハインツの感謝を全てヒノに押し付けるシロガネと、それを否定気味に言うヒノ。
二人のやり取りに、ハインツが小さく笑う。
「ヒノはアイリスを倒したって本当なのか?」
「えぇ、まぁ」
アイリスとキョウヤの戦いを見ていないハインツが確信を持てず質問すると、ヒノは淡々と答えた。
彼の声には、特別な感情は込められていない。
「まさか、アイリスに勝てる奴が同い年でいるとはな」
「(精神年齢は同じじゃないけどな)」
同い年と思われるのが少し引っかかり、ヒノは内心で呟いた。
「アイリスさんのこと、大人達は誰も止めなかったんですか?」
「……実は俺が一回止めようとしたんだ」
シロガネがずっと疑問に思っていたことを尋ねると、ハインツから意外な答えが返ってきた。
彼の声に、少し苦い思い出が混じる。
気になったシロガネがさらに質問した。
「それでどうなったんですか?」
「追い込んだ後に『大人気ないです。恥ずかしくないんですか?』って言われて、それっきり」
「(勝ったのか)」
「(先生ってもしかして強い?)」
ハインツがアイリスを追い込んだ事実に、ヒノとシロガネは心の中で驚いた。
二人の視線が一瞬交錯する。
「それでもう俺には手詰まりだったんだ。……まぁアイリスの気持ちも分からんでもないのも本音だが」
「あと二人とも、危ない橋は渡ろうとするなよ。その時はせめて俺や大人達に伝えてくれ」
「ははは……わかりました……」
「……」
ハインツの突然の警告に、二人は青ざめた。
すでに危ない橋を渡りきった後だったからだ。笑顔が引きつる。
それから、ハインツと二人はガーデンの状況について語り始めた。
その頃、盗み聞きしようと屋上の扉前にやってきた二人がいた。
「ちょっとアイリス……! もうちょっと離れましょうよ」
「ここからでも声が聞こえない」
「だからこんなこと辞めましょうって言ったじゃないですか」
「けどアンナも何だかんだついてきてる」
アンナとアイリスは扉を前に、ハインツ達の会話をなんとか知ろうとしていた。
二人は自分達が原因で呼び出されたのではないかと疑っていたのだ。
「どうしましょう、ここからでもまったく聞こえませんよアイリス……!」
「耳に全神経を集中させれば……」
「そんなリースじゃないんですから」
離れすぎて会話が聞こえず試行錯誤しているうちに、ハインツ達の話が終わり、足音が近づいてきた。
扉の向こうから微かな音が響く。
「ちょ!? まずいですよアイリス!」
「隠れよう……!」
急いで物陰に隠れる二人。足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった後、二人は飛び出してきた。
アンナの息が少し荒く、アイリスの目は鋭い。
「結局聞けませんでしたね」
「本人から聞こう」
「でもここから追うと疑われます」
「なら先回りして待ってよう」
二人は意思を共有し、扉を開けて屋上に出た。
そして屋上から飛び降り、アンナは水をクッションに、アイリスは氷の滑り台で下へと降りた。
二人は何事もなかったように門前で待ち構えた。
夕陽が校門を茜色に染め、周囲に静けさが広がる。
少し待っていると、ヒノとシロガネが門にやってきた。
二人の手に飲み物の容器が握られている。
「あれ? アンナ達まだ学園にいたんだ」
「先程、先生に呼ばれたのは私達が原因だったのではないかと気になってしまって」
「(少しだけ合ってるけど)いや、これからの働き期待してるって話だった」
アンナの質問に、シロガネは少し濁して答えた。
彼の声に、微かなごまかしが混じる。
「本当? ヒノ」
「ん? そうだな。あの事がバレたって事はない」
あの事とは、深淵の森の件と神獣ハンターの件だ。
ヒノの言葉に、アンナとアイリスが一瞬目を合わせた。
四人で屯っていると、そこへリースが走ってやってきた。
彼女の髪が風に揺れ、息が少し上がっている。
「あー! まだこんな所にいた!!」
「どうしたんですか?」
「私が言い忘れてたんだけど、明日から休みが沢山あるから、どこか空いた日にクラスのみんなで集まって食事しない?」
アンナがリースに尋ねると、彼女が伝え忘れていたイベントの誘いを告げた。
その提案に、四人の表情が明るくなる。
「私はいつでも行けますよ。アイリスはどうします?」
「……私も……大丈夫」
「行けるよな、キョウヤ?」
「そうだな」
「よし! じゃあ全員参加ね!」
そこにいる全員が参加の意思を伝えると、リースは嬉しそうに笑った。
彼女の声が門前に響き渡る。
「よくここが分かったな」
「私は耳が良いからね〜」
ヒノが何でここにいるのが分かったのか質問すると、リースは誇らしげに答えた。
その笑顔に、どこか得意げな光が宿っている。




