この世界について
ラルナーに助けてもらってから数週間が過ぎた。
その間、二人は見知らぬ草原から連れてこられたこの街で、まるで別人かのように穏やかな日々を過ごしていた。
この街のことをラルナーから教えてもらいながら、二人は家の家事全般に勤しみ、徐々にここの生活に慣れてきた。
木造の家の中は、朝の陽光が窓から差し込み、埃が舞う穏やかな空気が漂う。
洗い物や掃除、薪割りといった単純な作業が、元の世界の戦闘とは正反対の静けさをもたらしていた。
「ビックリするほど平和だな。食べ物は美味い、空は青くて綺麗、もうここに一生居てもいいだろ」
ヒノは洗い物を片付けながら、隣にいるシロガネに語りかけた。
木のボウルから滴る水が、静かなキッチンに軽い音を立てる。
元の世界の合成食品の味しか知らない彼にとって、この味と平和は信じられないほどだった。
「本当いいところだよな。俺たちの世界と違って」
あまりにも平和すぎて、既に二人は平和ボケ状態になっていた。
シロガネの声には、どこか現実感の薄さが混じり、戦いの記憶が遠く感じられるような響きがあった。
「みんなもこの世界を謳歌してるといいな」
シロガネは窓の景色に目を向けて呟いた。
外では、青空の下で子供達が笑いながら走り回り、遠くの畑で働く人々の姿が小さく見えた。
「とりあえずこの生活に慣れるのが優先だ。俺たちの世界とは違いすぎる」
数ヶ月で教わったことで分かったことを、ヒノは頭の中でまとめる。
彼の脳裏には、ラルナーのざっくばらんな説明が浮かび、異世界のルールが少しずつ形を成していた。
この街に住んでる人の役割みたいなもので、平民と貴族で分けられてる。
簡単に言うと、平民が牧畜や建設、ガーデン内で安全にできることを多めに担当。
牛や羊の世話をする牧童の声や、木槌が響く建設現場の音が、街の日常を彩っていた。
貴族が野外での果実や薬草の採取、獣の狩猟、人間関係のトラブル対応。
その他にも、人から頼まれた依頼をこなすなど、危険な仕事が多い。
壁の外で獣の咆哮が聞こえるたび、貴族の過酷な役割が現実味を帯びてくる。
平民と貴族が関係なく手を組み、仕事をするギルド(企業みたいなの)がある。
街の中心に立つギルドの建物は、木と石でできた頑丈な造りで、依頼を求める人々で賑わっていた。
医療協会と言うものもあり、これは宗教と病院が合体した感じの組織。
白いローブをまとった人々が、祈りと治療を同時に行う姿が、街の一角でよく見られた。
このガーデンには王様みたいなのはいないが、治安維持ギルドという所が一番権力を持っている。
立場は平民より貴族の方が上っぽい。
武装した衛兵が街を巡回する姿が、その権威を静かに示していた。
そして、この世界で一番オカシイものがある。それは異能と呼ばれる力。
その存在が、ヒノとシロガネの常識を根底から覆した。
これの強さで平民、貴族のどちらかに属することになるかがほぼ決まる。
異能を持つ者は、街の外での危険な任務を担い、自然と貴族として扱われるようだった。
この異能は、精神力って言われてもよく分からないが、人によって大きく強さや性質が変わる。
想像力の強さ、あるいは経験から創られる力。
ラルナーの説明では、頭の中のイメージが現実を形作る、不思議な力が働いているらしい。
身体能力、人体の強度がありえないほど高くなってる。
これについては異能関係なく、この世界の人全員が共通。
平民の子供が重い荷物を持ち上げる姿を見て、二人はその異常さに目を丸くした。
そしてこの異能、実はヒノとシロガネも使える事が最近分かった。
それが発覚した後、ラルナーがヒノたちをこのガーデンにある学園に入れると言い出した。
彼の目には、二人の潜在能力を見抜いたような光が宿っていた。
それまで家事を手伝うことにしたヒノとシロガネ。
異能の存在を知るまでは、ただの日常が続くと思っていた。
因みに、どうやって異能が使える様になったかというと、少し前の話。
ヒノとシロガネは空き地でラルナーに異能の使い方を教えてもらっていた。
街の外れにあるその空き地は、草がまばらに生え、風が通り抜ける静かな場所だった。
「よく見てろよ、お前ら」
ラルナーは手から腕にかけて装甲を生成し、纏う。
その装甲は金属のような光沢を放ちつつ、柔軟に動く異様な質感を持っていた。
「おぉ」
「すご」
「まさかお前ら、異能のことまで忘れてるなんてな」
ヒノとシロガネは、魔法のような力を前に困惑と興奮をあらわにする。
目の前で現実が歪むような光景に、頭が追いつかず、心がざわついた。
「お前らもとりあえず試してみろ。まぁこればかりは才能だから、出来ないかもしれないが」
「やるって言ったって(どうやって)」
ヒノは自分の手の平を見ながら呟いた。
戦闘装甲の感触を思い出しつつも、この世界のルールに戸惑いが隠せなかった。
「そうだな、まず自分の使いたい武器とか、何でもいいから想像してみろ」
「使いたい武器」
ラルナーの言葉で、ヒノは武器を想像する。
頭の中に、かつての戦場で握った装甲の感触が蘇る。
「そんでもって、それを頭の中で組み立てる感じだ。と言っても、これは装甲型の俺のイメージだけどな」
「く、組み立てる?」
ラルナーのイメージに戸惑うヒノ。
戦う専門の彼は、パーツの名称や組み立て方法など覚えてない。
頭の中が混乱で埋まり、手が止まる。
「組み立てるか」
ヒノが手間取っていると、シロガネが思いついたかのように集中し始める。
彼の目が鋭くなり、静かな決意が顔に浮かんだ。
ヒノ達にとって最強の武器、それは戦闘装甲。
戦闘装甲とは、分かりやすく言うとパワードスーツである。
元の世界で命を預けた装甲が、二人の記憶に深く刻まれていた。
「そんな簡単に――」
そう思っていたヒノだが、すぐに口が閉じた。
シロガネの両脚には装甲が生成され、それを纏う。
空中に二つの盾が生成され、浮遊する。
その光景は、まるで過去の戦場が目の前に蘇ったかのようだった。
『鳴神』
「はぁ……はぁ……なんかできたわ。しんど……」
「それが鳴神? だいぶショボくなってないか? というかどうやって盾浮かしてんだ」
両膝に両手をついて息を切らしているシロガネに、質問し始めたヒノ。
元の『鳴神』の威圧感を知るだけに、目の前の貧弱さに呆れが混じる。
「マジかよ」
ラルナーは心底驚いていた。
その声には、田舎者らしからぬ鋭い観察力が滲んでいた。
そんな中、二人はどんどん異能を開拓していく。
「分からない。でも出来てる」
シロガネのいう通り、目の前にある光景こそが真実だ。
盾が浮かぶ不思議な力が、現実を突きつけてくる。
だが、ヒノの言う通り、元になった戦闘装甲『鳴神』と比べると、お世辞にも装備が貧弱すぎた。
「出せるなら全身に纏えよ」
「なんかもっとやろうとすると、脳が焼き切れそうな感覚になってさ」
「何だそれ」
シロガネの例えを聞いたヒノは、自分もやるのを少し躊躇する。
頭に走る微かな痛みが、その危険性を警告しているようだった。
「やるじゃねぇか! 無理に色々創ろうとするなよ? 少しずつ慣らしていけばいいんだ」
「り、了解」
ラルナーがシロガネの肩を叩きながら褒める。
その手には、力強さと優しさが同居していた。
シロガネはグロッキーになりながらも返事をした。
「はぁ……俺も覚悟決めるか」
ヒノは想像する。
ずっと一緒に戦い抜いてきた武装の形を。
そして、それを頭の中で組み立てるイメージをする。
過去の戦場で感じた装甲の重さと熱が、脳裏に鮮やかに蘇る。
『迦具土神』
すると、ヒノの両手両腕から上半身の背中当たりまで装甲が生成され、背中には二つのバーニアのようなものが生成された。
装甲の表面が陽光を反射し、力強い存在感を放つ。
「はぁ……はぁ……確かに……これはキツイな」
「……凄いな。まさかここまで形になった奴を、2人して出しやがるとは」
ヒノはシロガネ同様の疲労感に襲われる。
頭が締め付けられるような痛みが、全身を重くした。
ラルナーはかなり驚いた様子だった。
その目には、二人の可能性を見極めようとする光が宿っていた。
装甲を装着したまま、暫く休憩する2人。
草の上に座り込み、汗と疲れが体に染み込む。
脳の痛みが引いた二人は、動作チェックをし始める。
関節がどこまで曲がるのか、装甲の隙間はどれくらいあるのか。
装甲の軋む音が、静かな空き地に響き渡った。
一通りチェックし終えた後、シロガネが声を出す。
「これが俺の戦闘装甲のイメージを具現化したならさ、できるだろ」
シロガネの両脚装甲が少し開くと、突然雷が溢れ出し、地面に雷痕を残した。
焦げた草の匂いが漂い、小さな火花が散る。
それを見て、シロガネは満足気な顔をして呟く。
「いい感じ」
「じゃあ、その盾試してみるか」
「え?」
ヒノはシロガネに向けて右掌を開く。
掌に炎が収束し、小さな炎の塊を創り出す。
それをシロガネに向けて射出する。
炎が空気を切り裂く音が、一瞬だけ空き地を支配した。
浮遊してる盾は自動的にシロガネの前に移動し、炎弾を弾く。
それと同時に、シロガネはほんの少し後ろへ、地面を削りながら下がる。
「いきなりすぎるだろ、馬鹿!」
「出力最弱にびびりすぎ。お前の盾で防いでも、衝撃はお前自身に伝わるのも変わんねぇのな」
「……そうだな。踏ん張らなかったら盾が吹っ飛ぶだけ」
「炎と雷………」
「ん? どしたのおじさん?」
「あぁ……いや、何でもない。ちょっと飲み物とってくるから、適当に練習してていいぞ」
そう言うと、どこかへ行ってしまった。
ラルナーの背中が遠ざかるのを見ながら、二人は何かを感じた。
ラルナーは少し様子がおかしいと感じた二人は、心配そうに向き合う。
その表情には、未知の力への興奮と、不安が混じり合っていた。
「お前の電撃が当たったんじゃねぇの?」
「マジかぁ、夢中で気づかなかったかも」