指導
学園が休日な今日、ヒノ・キョウヤはアルマ・ラフトの家に一人で来ていた。
外は穏やかな晴天で、アルマの家の周囲には静かな風が吹き抜け、木々の葉が軽く揺れている。
遺物が気になったからというのはおまけで、本当の目的はアルマから異能のアドバイスを求められていたことだ。
彼女の家の玄関は少し古びており、木の扉に微かな傷が刻まれている。
「ヒノぉ〜、どうすれば私は強くなれるのぉ〜?」
アルマが情けない声で尋ねてきた。
彼女の目は少し潤んでいて、すがるような表情が浮かんでいる。
何故こうなったかというと、前日にアルマがロウにボロ負けしたからだ。
前日、久しぶりに異能の訓練をしていたアルマがロウと遭遇し、つい対戦を挑んだらしい。
結果はアルマの惨敗だった。
訓練場の地面に倒れ込んだ彼女の周りには、埃が舞い上がり、静かな緊張感が漂っていた。
「ゔぇ……」
情けない声を出して倒れるアルマを見て、ロウはなんとも言えない顔をしていた。
彼女の眉が微かに寄り、困惑と同情が混ざった表情が垣間見えた。
アルマは内心、昔のように怒られるかと思ったが、ロウの口から出たのは予想外の言葉だった。
「訓練を続けていけば、きっと強くなれると思うよ……うん。……頑張って」
それだけ言い残して、ロウはアルマの元を去った。
彼女の背中が遠ざかるのを見ながら、アルマの胸に不満が募った。
「良かったじゃん。怒られなくて」
ヒノが淡々と言えば、アルマはムッとした顔で反論した。
「いや、あれは放棄した接し方だよぉ!」
「めんどくさいなお前」
怒鳴られても優しくされても文句を言うアルマに、ヒノは直球の感想を述べた。
彼は内心、ロウに同情しつつ、苦笑いを浮かべていた。
アルマの身体能力はお世辞にも良くない。というか、最低レベルに位置している。
そんな彼女が異能に頼るのは、ある意味必然だった。
「何か私に合う武器が欲しいなぁ〜」
アルマがそう呟くと、彼女の左腕に長方形の装甲が現れ、しっかりと取り付けられた。
それが彼女の異能装甲『ギミックボックス』だ。
箱型の装甲を自分のイメージした武器に変形させ、さらには空気と衝撃を利用したギミックを付与できる。
このガーデンで育った人間の異能は、空気と衝撃に関連するものが多いとされている。
アルマは武器の案を何となくヒノに聞いてみたが、この行動は実はかなり良い選択だった。
彼女の頼りなげな視線が、彼に真剣に届いた。
「そういうのは自分で合ったのを見つけた方がいいと思うけど、俺だったら━━」
ヒノはアルマに、手当たり次第に武器の発想を提案し始めた。
さらに戦闘スタイルまで提案し、彼の声にはどこか楽しげな響きが混じる。
「ヒノってエグい発想するね……」
「(……考えたのは俺じゃないけどな)」
ヒノはかつての世界にあった武器で、アルマが使えそうなものを教えた。
ただし攻撃性の高いものばかりで、彼女は少し引いた表情を見せていた。
そして最終的に出来上がったスタイルは、ハンドガンを片手に持ち、もう片方の腕に盾を装備したものだった。
ハンドガンをメインに据え、状況に応じて盾をその場に合った武器に変形させて戦うスタイルだ。
「牽制できる遠距離武器は何かと便利だからな」
「なるほど」
「一応確認だけど、そのエアガンを撃ちながら、ギミックボックスは使えるのか?」
「それは大丈夫、多分」
「それじゃ模擬戦で試すぞ」
「えぇ〜」
「さっさと行くぞ」
そうして二人は訓練所にやってきた。
訓練場の地面は固く締まり、周囲には観客席が寂しく並んでいる。
「手加減してやるから、全力で来いよ」
「分かった……よろしく」
ヒノは異能装甲を纏うとアルマに告げた。
アルマも装甲を生成し、互いに準備を整える。彼女の手がわずかに震えている。
「いくぞ」
ヒノが声をかけると同時に、バーニアを点火し、アルマに急接近した。
彼女はエアガンで迎撃するが、ヒノは軽やかに回避しながら距離を詰める。
エアガンの仕組みは、空気圧と発射時の衝撃で高速の弾丸を射出するものだ。
当たればそれなりに痛く、目に当たれば危険な威力を持つ。
「ひっ!」
ヒノが格闘の間合いに入った瞬間、拳を繰り出すが、アルマは盾でそれを防ぎつつ、エアガンで近距離応戦した。
金属音が響き、彼女の動きにぎこちなさが残る。
そこからヒノは攻撃を続け、アルマは防戦一方に追い込まれた。
彼女の息が荒くなり、汗が額に滲む。
「盾で防いでる最中、何を考えるか教えただろ」
「……!」
すっかりアドバイスを忘れていたアルマは、ハッと思い出した。
彼女の目が一瞬鋭くなる。
「(盾で防いでる間に相手のリズムを見極めて)」
心の中で呟きながら、アルマはヒノの動きを観察し始めた。
そして初めて、盾を使わず彼の攻撃を回避した。
「(ここっ!?)」
アルマは盾を変形させ、それがチェンソーのような形状に変わった。
無数の刃がギミックにより高速回転し、鋭い音を立てる。
彼女にアンナのような技術やベーアのようなパワーはない。
ならば異能の力で戦うしかない。
チェンソーをヒノに突き立てると、彼は左腕の装甲で防いだ。
装甲が削られる甲高い音が響き渡る。
「っ!」
ヒノはたまらずバックステップし、距離を取った。
彼の表情に一瞬の驚きが浮かぶ。
「(エアガンで倒すんじゃなくて、相手を動かすために使う)」
アルマはヒノのアドバイスを思い出し、再び心の中で呟いた。
彼女の手がエアガンを握り直す。
距離を取ったヒノにエアガンを構え、なるべく左側を狙って連射した。
ヒノは無意識に右へ回避し、その動きを読んだアルマはチェンソーをアンカーのような形状に変形させ射出した。
「そうきたか!」
ヒノは飛んでくる鉤縄に左手から炎弾を数発撃ち込んだが、鉤は各部分から空気を噴射し、軌道を変化させながら炎を避けた。
その動きは予測不能で、鋭い風切り音を立てる。
「っ!?」
鉤は空気を噴射して軌道と速度を調整でき、ヒノに絡みついて拘束した。
アルマは息を切らしながらも、エアガンを彼に向ける。
「やるじゃん」
「はぁはぁ。こういう感じなんだ」
わざと拘束されたヒノがやる気なさそうに言うと、アルマは何かを掴んだように笑顔を見せた。
彼女の胸に小さな達成感が芽生えた。
ちなみにこのまま続けていたら、鉤縄で獲物を引き寄せ、最後にパイルバンカーによる強烈な一撃が待っていた。
ヒノはその展開を想像し、内心で苦笑していた。
二人は練習を終え、誰もいない観客席で飲み物を飲んでいた。
夕陽が訓練場をオレンジ色に染め、遠くの鳥が静かに飛び去っていく。
「今日で私はとんでもなく強くなったかもしれない。ふっふっふ」
アルマが調子に乗った口調で独り言を言うと、ヒノは飲み物を一口飲んで応えた。
「ロウの言った通り、いい異能持ってるじゃん」
「アイリスが言ってたの?」
「ああ」
「……そっかぁ。ヒノはアイリスに比べて教えるの上手いね」
「そうか?」
「そうだよ。アイリスなんて『なんで私に対応できる物を創らないの』って圧迫感すごかったもん」
「簡単に想像できるな」
「何やっても上手くできるのに、ああいうとこは不器用なんだよね」
「天才故の欠点なのかもな」
「ふふっ、そうかもね〜」
アルマはヒノの言葉に共感を示し、小さく笑った。
彼女の声には、どこか軽やかな響きがあった。
しばらく時間が経ち、アルマが立ち上がった。
夕陽が彼女の背中に影を落とし、訓練場の静寂が深まる。
「そろそろ帰ろうかな。今日はありがとう」
「おう」
「あっ、そうだ。使えるか分からないけど、お礼にこれあげるよ」
「マジか」
アルマはそう言うと、ヒノに遺物を渡した。
それは平たく、タッチ画面の付いた携帯端末だった。少し埃っぽい表面が光を反射する。
「じゃあねぇ〜」
「おう」
ヒノはアルマから貰った端末を観察し始めた。
手に持つと軽く、どこか懐かしい感触があった。
やはりこれも、ヒノの世界にあった物とは少し違う。
太陽光発電や永久式バッテリーはなく、充電が必要なタイプだ。
「(ヤマトに充電させるか? でも使えたとしても何かに使えるのか?)」
考えながら帰り道を歩き、自分の家へと戻るヒノ。
その後、シロガネに充電を試させた結果、携帯端末のマッピング機能や撮影、録音のような機能が使えることが発覚した。




