天才の相方
ヒノとロウが嘘の関係になってから、二日が経った。
朝の学園への道はいつもと少し違って見え、通りにはまだ朝露が残り、湿った空気が漂っている。
ヒノ、シロガネ、ロウ、アンナのいつもの四人で学園に向かっていると、すれ違う人々から視線を感じた。
朝陽が石畳に反射し、遠くの校舎が柔らかな光に包まれ、かすかに鳥のさえずりが聞こえる。
視線が向けられているのは、ヒノとロウだった。
二人の背中に刺さる視線は、好奇心と噂話が混じった、ざわつくようなものだ。
「な んでしょう? みんなこちらをチラチラ見ているような?」
アンナが首をかしげて呟くと、シロガネがヒノに鋭い視線を向けた。
「何かやったのか、キョウヤ?」
「まぁ、ちょっと」
「……」
ヒノが曖昧に答えると、ロウは無言で目を伏せた。
二人の胸に嫌な予感が広がり、それは学園に着いて教室に入った瞬間、現実となった。
「ローちゃん、おはよー! 今日もヒノ君と仲良しだね!」
「ちょっと聞いたわよ! あんた達、結婚を前提に付き合ってるって!?」
教室に入るや否や、ベーアとリースが嘘情報を握り潰して二人に飛びかかってきた。
教室内は朝の喧騒に満ち、窓から差し込む光が埃をキラキラと浮かび上がらせている。
「キョウヤ!? マジかよ!」
「アイリス ッ!? 本当ですか!?」
その情報を耳にしたシロガネとアンナが、目を丸くして驚愕した。
ロウは頭が痛そうにこめかみに手を当て、小さくため息をついた。
「お前、この前はそういう気持ちは出ないって言ってたくせにぃさー」
シロガネがニヤけた顔でヒノに絡むと、ヒノは冷静に一言放った。
「俺達の関係は嘘だぞ」
「「「「え?」」」」
その言葉に、教室が一瞬静まり返った。
その後、理由をクラスメイトに説明すると、全員が興味を失ったように解散していった。
「驚いた〜。そういうことだったんだ」
ライゼが前の席に座り、ヒノの方を振り返りながら話し始めた。
彼の声は軽やかで、どこかからかうような響きがあり、机に肘をついてリラックスしている。
「聞かなくても分かるだろ」
「ん? 何が」
「普段の俺とロウがそんな関係に見えるか?」
「確かにそうだね〜(見えるんだよね〜)」
ライゼはヒノを肯定しつつ、心の中ではこっそり否定していた。
彼の笑顔には、どこか含みのあるニュアンスが浮かんでいる。
「ヒノって好きな人とかいないの?」
「いない、と言うか、俺の体はそういう気持ちが沸かないんだよ」
「え? どういう事?」
ヒノは勢いで言ってしまい、内心焦った。
少し間を置いて、思いついたように口を開く。喉が一瞬乾いたような感覚がした。
「そういう病気なんだよ」
「へぇ〜……でもヒノ見てると信憑性あるよね」
「? ……なんでだよ」
「だって普通の男なら、アイリスみたいな美人……性格は置いといて ね? 一緒にいたらさ、ちょっとは素振り見せてもいいよね」
「お前らはどうなんだよ」
「幼い頃からいるからか、不思議と何も感じないんだよね〜」
ヒノの言い訳に、ライゼは素直に納得したように言った。
だが、ヒノの内心は少しざわついていた。自分の言葉がどこまで本当なのか、確信が持てない。
「(そんなに魅力的な奴なんだなぁ)」
自分では湧かない感情だから、それがどれほどすごいのか、ヒノには分からなかった。
彼の視線は一瞬、教室の天井に彷徨った。
それから一週間が経った。
学園の日々は変わらず続き、ヒノはライゼの言葉をきっかけに、ロウのことを少し意識し始めていた。
いつもはロウがヒノを観察しているが、今日は逆に彼が彼女を見つめていた。
校庭のベンチに座り、遠くで訓練するロウの姿を眺める。彼女の動きは流れるように正確で、風に髪が軽く揺れている。
観察を続けた結果、ロウ・アイリスをどう表現するか聞かれたら、ヒノは「天才」と答えるだろう。
座学では成績トップ、戦闘面ではヒノ自身が体験済みで文句なし、容姿も周囲からは美少女と評されている。
ちなみに、ヒノの成績は戦闘以外で最低を独走している。
頭が悪いわけではないが、誰にでも苦手なことはあるということだ。ノートを取る手が止まることもしばしばだ。
「こう観察してみると、超人なんだなアイツ」
ヒノは購買所で飲み物を買いながら呟いた。
購買の棚には色とりどりの瓶が並び、賑やかな雰囲気が漂い、他の生徒の笑い声が響いている。
「おばさん、これ一つちょうだい」
「あいよ! あら、キョウヤちゃん」
購買所で何度も顔を合わせているおばちゃんは、ヒノとそれなりに仲が良い。
彼女の笑顔は温かく、皺の 刻まれた手で飲み物を渡してくれる。
「はい?」
「アイリスちゃんを大切にしてるかい? あんないい子で強くて可愛い子、滅多にいないんだから大事にしなさいよ」
嘘の情報がこんなところまで広がっていた。
ヒノは苦笑いを浮かべ、飲み物の蓋を軽く叩いた。
「そんなにいい子ですか、あいつ?」
「いい子よ〜。この前も私の近所の悪ガキがガーデンの外へ抜け出て、行方不明になった時、見つけてくれたのよ?」
ヒノが冗談混じりに返すと、おばちゃんはロウの知られざる一面を教えてくれた。
彼女の目は少し遠くを見て、懐かしそうに細まった。
「そんなことしてたんだ」
「なんだい、アンタそんなことも知らないのかい?」
「教えてもらってないんで」
おばちゃんは呆れた顔でヒノを見た。
その後、彼は少し喝を入れられてしまった。おばちゃんの言葉が意外と胸に響いた。
学園でのやる事を全て終え、いつも通り一人で門まで行くと、ロウ・アイリスが待っていた。
夕陽が校門を赤く染め、二人の影が長く地面に伸びている。遠くで帰宅する生徒たちの声が小さく聞こえる。
そしていつも通り、一緒の帰り道を歩き始めた。
道端の草が風にそよいで、静かな時間が流れ、空には薄い雲が流れていく。
「なぁ、俺の事なんか見てて、学べる事あるか?」
ヒノが歩みを止めて、ロウの背中に言葉を投げかけた。
ロウは不思議そうに振り返り、夕陽が彼女の顔を柔らかく照らす。
「急にどうしたの?」
「俺を見てて、強くなるインスピレーション沸くか疑問に思えてな」
「心配しなくても、参考になってる」
「そうか?」
ヒノは疑うような表情で歩き始め、ロウは彼が並んだ瞬間に歩調を合わせた。
二人の足音が軽く響き合い、夕暮れの静けさに溶け込む。
「ヒノは私が側にいるのは、やっぱり嫌……?」
「んー? 全然嫌じゃないけど」
ロウの問いに、ヒノははっきりと答えた。
彼にとって彼女は、ただ側にいるだけで問題を起こさない、影のような存在だった。
「なら大丈夫だね」
その言葉に安心したロウが穏やかに言う。
彼女の声には、かすかな安堵が混じっていた。
「そうだな。変な事聞いた」
「そんなこと気にするなんて、珍しいね」
「俺だって人間な━━」
話している最中、ヒノの言葉が詰まった。
一瞬の沈黙が流れ、彼の表情が微かに硬くなる。
「……?」
「ちょっと舌噛んだ」
「今日のヒノは珍しい事ばっかりしてる」
ロ ウは珍しく笑みを浮かべた。
ヒノは舌を噛んだと言ったが、実は噛んでなどいなかった。
彼の胸の中で、何か小さな波が立ったような感覚が残った。
これより前の話を全部読み直して修正してきました。




