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溶解していく気持ち



 今日は掃除の最終日。

 だが、学園内にはもうゴミがほぼ消え失せていた。ヒノは掃除をする気もなく、日陰の木の下に座り込んでいた。

 いわゆるサボりである。木漏れ日が地面にまだら模様を描き、そよ風が彼の髪を軽く揺らす。そこへ、箒を手に持ったロウが近づいてきた。


「ヒノ……掃除……手伝う……」


 やって来たのはいいが、ロウの目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。明らかな睡眠不足が、その顔に疲れを刻んでいる。


「昨日寝れてないだろ?」


「……アイツの事を考えてたら寝れなかった。」


「あいつ? ああ(もしかして俺のせい?)……じゃあここで寝れば。」


 昨日自分が冗談で言った言葉を真に受けたせいだと感じたヒノは、少し罪悪感を覚えつつ、償うつもりで提案した。

 ロウの疲れた表情を見ていると、放っておくわけにもいかないと思ったのだ。


「え?」


「俺が見張りしてれば寝れるだろ。」


「それはそうだけど、掃除は? ……」


「もうゴミなんて残ってないから気にしなくていい。俺も今日はサボるつもりだったし。」


「……じゃあ少しだけ。」


 ロウはヒノの誘いに乗り、地面にそのまま寝転がった。疲れ切った体が、草の上にゆっくりと沈み込む。


「これ使うか?」


「いいの?」


「流石に地面に頭つけるのは寝にくいだろ。」


「……ありがと。」


 ヒノはポケットから取り出したタオルをロウに差し出した。彼女はそれをありがたく受け取り、頭の下に敷いて横になる。

 よほど睡魔に襲われていたのか、ロウは目を閉じた瞬間、あっという間に眠りに落ちた。


「(何でだろう、この匂い安心する……)」


 薄れゆく意識の中で、ロウはぼんやりと呟いた。ヒノのタオルから漂う微かな匂いが、彼女の心を不思議と落ち着かせていた。


---


 ロウは完全に眠り、そして夢を見た。

 その夢は昨日の出来事を鮮明に映し出すものだった。木々のざわめきと、森の湿った空気が再び彼女を包み込む。


「お前は何でここに来たんだよ。アイツがムカついたからぶっ倒したんじゃないかよ? 俺はムカついたから出鱈目なこと言わせて仕向けたんだ! 散々俺の仲間を傷つけておいて今更いい子ちゃん面するアイツがっ!!!」


 木の幹に凭れて座っていたロウは、ヒノ達の会話を盗み聞きしていた。

 他人が自分に本音を直接ぶつけることは滅多にない。だが、陰で囁かれる言葉は紛れもない本心だ。今耳に届くこの会話も、間違いなく彼らの本音だった。


「(私はみんなから嫌われてる……分かってたけど)」


 分かっていたことだった。自分の行動が招いた結果だと理解しながらも進んだ道だ。

 それでも、こうして直接耳にするのは予想以上に心を抉る。ロウは膝を抱え、顔を埋めるようにして座った。


「怒るのもわからんでもないけど、お前の仲間は死んじゃいないんだろ? アイツの良心を利用して死ぬかもしれない場所に仕向けるのやりすぎだと思うぞ。」


「それは……くそっ。」


「(……)」


 ロウは下を向いていた顔をゆっくりと上げた。ヒノの言葉が、彼女の胸に小さく響く。


「確かにアイツの改心の早さは俺も驚いたけどな。」


 その言葉に、ロウは少し顔を顰めた。過去の自分が頭をよぎる。


「そう! アタシ達はそこが気に入らなかっだよね。都合良すぎるよねーって。」


「(……)」


「周りを鍛えたかっただけみたいだったし、それだけやりたくない事だったんだろ。」


 ヒノの言葉を聞き終えたロウは、静かに立ち上がった。

 木の幹に触れた手が冷たく感じられ、決意が彼女の背中を押す。


「(ここは危険だって、伝えないと……)」


---


 時が過ぎ、日が落ちた夕方の学園で、ロウは目を覚ました。

 オレンジ色に染まる空が、校舎の窓に映り込んでいる。彼女は目を細め、重たそうに体を起こした。


「(寝過ぎた……)」


 辺りを見回すと、ヒノはまだ同じ場所に座っていた。ぼんやりとした表情で、空を見上げているようだ。


「めっちゃ寝たな。」


 ロウが起きたのに気づいたヒノが、軽い口調で声をかけた。


「……ずっと待ってたの?」


「そりゃ見張りをするって言ったし。」


 ヒノとロウは、お互いの顔を見て一瞬頭に「?」を浮かべた。言葉にしなくても、何か不思議な空気が漂う。


「……何でこんなことをしてくれるの?」


「あ?」


「何でヒノが命を賭けて、私を助けてくれたのか分からない。分からないのは……怖い から。」


「……気まぐれ、いや━━」


「?」


「いや、やっぱ気まぐれだわ。」


「はぐらかさ━━」


「そんなことより、あそこで隠れて待ってる奴らと話をつけたほうが良さそうだぞ。」


「……?」


 ヒノが指をさした方向を見ると、木陰に隠れていた三人組が姿を現した。見つかったと悟ったのか、諦めたように出てくる。


「いやーお二人さん、昨日はどうも〜。」


 チャラそうな女が手をひらひらさせ、笑顔で挨拶した。


「……あの、私。」


「……」


 昨日、深淵の森で出会った女と男。そしてもう一人の女は、ロウに依頼を出した張本人だった。どうやら三人での悪巧みだったらしい。

 女二人が声を出す中、男は無言で立っている。


「何しに来たんだ?」


「なにしにってそりゃあ、ねー?」


 ヒノが尋ねると、チャラい女が流し目で気の弱そうな女に視線を送った。


「アイリスさん! ごめんなさい!! 私は嘘をつきました! 白黒草なんて伝説上の薬草なのに! アイリスさんに取りに行かせてしまってボロボロに……」


 気の弱そうな女は深々と頭を下げ、謝罪の言葉を絞り出した。声が震え、罪悪感が滲んでいる。


「あったよ。」


「え? 何が……?」


「白黒草。」


「……」


「……」


「……」


 ロウの淡々とした発言に、三人組は一瞬固まった。夕陽に照らされた彼らの顔に、驚きが広がる。


「「えぇーー!!!」」


 女二人が同時に大声を上げて驚いた。


「本当? 見せて見せて!」


「本当何ですかッ!?」


「これ。」


 チャラい女が好奇心を抑えきれず詰め寄り、気の弱そうな女も興奮した様子で声を上げる。ロウは渋々懐から白黒草の入った瓶を取り出した。

 瓶の中で、白と黒の花が 静かに揺れている。


「ふぉぉぉ凄いです!! 本に書いてあった通りの模様です!! 匂いとか嗅いでもいいですか?!」


「あ、うん……はいどうぞ。」


 瓶の蓋を開けると、興奮した女がすぐさま匂いを嗅ぎ始めた。


「これが白黒草の匂い。はぁ〜なんて不思議な匂い何でしょう。」


 彼女の陶酔した様子に、残りの二人組はドン引きした表情を浮かべる。


「クロエ。あたし達は一応、謝りに来たんだからさ。」


 名前を呼ばれたクロエは、ハッと我に返り、ロウに白黒草を返そうとした。


「……ごめんなさい……私、珍しい草とかが大好きで。」


「返さなくていいよ。それは貴方のもの。」


「えっいいんで━━い、いや受け取れませんよ……」


 一瞬素直に受け取ろうとしたクロエだが、すぐ自我を取り戻して断った。


「いいじゃん受け取っちゃいなよー。」


「で、でもそんな。」


 チャラい女がクロエの両肩を掴み、前へと押す。その前に、ずっと黙っていた男が前に出て口を開いた。


「俺達はお前を騙した。結果はどうあれ騙したんだ。なのに何で許せる?」


「……貴方達がそうしようとする理由は理解できるから。」


「……じゃあなんで! あんな事してたんだよっ……」


「ごめんなさい。あの時はあの方法が正しいと思ってたから。」


「そうかよ……それじゃあんたの事は皆んなに伝えとく。」


「え?」


「俺達みたいにアンタの事をまだ誤解してる奴はいるからな。俺の知り合いの範囲だけど伝えとく。」


「……ありがとう。」


「あ、あのー。」


 和解の雰囲気が漂う中、クロエが恐る恐る声を掛けた。


「私はアイリスさんが全部間違ってたとは思ってません……よ?」


「え?」


「馬鹿お前っ何いってるんだ。」


 クロエの言葉にロウが反応し、男が余計なことを言うなとばかりに声を荒げた。


「もうちょっと優しく教えてくれるだけでいいんじゃないかと。」


「……考えてみる。」


「あくまでも私個人の意見ですけど……。それとこの白黒草、絶対に大事にします。」


 ロウとクロエは互いに笑顔を見せ合った。そこにヒノが間に入り、質問を投げる。


「その薬草はどうするんだ? かなり珍しいぽいけど。」


「あっ私の家は薬草を沢山栽培してまして。もしかしたら白黒草を増やせないかと考えています。」


「へぇ凄いな。」


「でも、できるかどうかはまだ分からないので。もしダメなら他所のガーデンに売ってホットガーデンの借金返済に使います。」


「そうか。」


 こうして、後腐れなく三人と学園で別れたヒノとロウ。

 二人は帰り道を一緒に歩き始めた。夕陽が道を赤く染め、足音が静かに響き合う。



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