掃除交流3
掃除5日目
朝の学園裏庭は、湿り気を帯びた空気が地面に低く漂っていた。
薄い霧が草の間を這う中、今日の相手であるマーシャルの姿が静かに浮かんでいる。
背筋を伸ばし、落ち着いた物腰で箒を手に持つ彼からは、自然と上に立つ者の風格が滲み出ていた。
ヒノは埃っぽい地面を軽く蹴りながら近づき、その雰囲気を改めて胸に刻んだ。
「そういえば、マーシャルも俺達と同じで外で拾われたんだよな?」
「ああ、ヒノ達と同じだな」
相変わらずの落ち着いた声が返ってくる。
その声音には深い響きがあり、ヒノは懐かしさと不思議な共感を覚えて、内心がわずかに揺れた。
「何で外に一人で?」
「すまない、記憶が無いんだ。だから何で彷徨ってたのかさえ分からない」
「そこまで同じなのか」
「そうみたいだな」
ヒノが呆れたように目を細めると、マーシャルは口元をわずかに緩めて微笑んだ。
その一瞬、二人の間に奇妙な縁で結ばれたような空気が流れ、裏庭の静けさが一層深まる。
「(もしかしてこいつも俺達と同じか? )」
ヒノの頭にふと仮説が浮かんだ。
自分や仲間と同じく、別の世界から迷い込んだのではないか。
箒を握る手が一瞬止まり、彼は考えに沈む。
「……」
チラリと視線をマーシャルへ滑らせた。
掃除を続ける彼の横顔は穏やかで、動揺も悪意も感じられない。
ただ静かに箒を動かす姿は、今まで出会った誰とも重ならず、ヒノの疑念をそっと和らげていく。
「お互い大変だな」
「(俺達には抜けてる記憶がある可能性もあるからなんとも言えないな)」
「不幸ではあるが、このガーデンに拾われた事は幸福だったと自信を持って俺は言えるよ」
「その点に関しても同じだな」
ヒノの言葉に、マーシャルが小さく笑う。
その笑顔は柔らかく、ヒノに一瞬の安堵をもたらした。
埃と落ち葉がそよ風に舞う中、二人は黙々と掃除を進めた。
「そういえばマーシャルの異能ってどんなのなんだ」
「突然どうしたんだ?」
「いや、今まで他の奴ら全員見せてもらってきたから何となく」
「なるほどな。恥ずかしながら俺のは何の強みもない異能だ」
マーシャルが納得したように頷き、異能を発動した。
剣と盾が装甲型として現れ、飾り気のない素朴な形がヒノの前に示される。
その簡素さが、逆に彼の誠実さを映しているようだった。
「特に秀でたものはない。単純な装甲型だ」
彼は苦笑いを浮かべ、そう呟いた。
その声には自嘲の響きが混じり、どこか寂しげに聞こえる。
「こんな異能だからと人一倍頑張ってるつもりだが、皆と比べるとどうしても足りないと感じてしまうのが現状だな」
マーシャルの言葉に元気が薄れ、肩がわずかに落ちた。
ヒノはその姿に、胸の奥で小さな同情が芽生えるのを感じる。
「どんな武器も使い手次第だ」
「はははっ、ヒノは優しいな」
「素直に思ってることだぞ」
「……確かにその通りかもしれないな。ただし、俺は使い方も悪いかもしれないが」
「そこまで否定してると逆に隠してるように見えるな」
「そうだな……本当にそんな力があれば良かったんだが」
ヒノの言葉に、マーシャルが再び笑った。
その笑顔には諦めと優しさが混じり合い、どこか温かい余韻を残す。
掃除は淡々と終わりを迎え、二人は帰りに小さな料理屋に寄った。
ヒノの奢りで、埃と汗にまみれた一日が、温かい汁物の湯気とともに静かに締めくくられた。
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### 掃除6日目
翌朝、古びた木造校舎の影が裏庭に長く伸びていた。
今日の相方、シュムは小さな体をそっと佇ませ、校舎の陰に溶け込むように立っている。
その控えめな雰囲気に、ヒノは少し気を緩めて近づいた。
朝の冷たい空気が、彼女の小さな吐息を白く染める。
「シュムの異能ってどんなの?」
「え? 何でいきなり?」
「全員に聞いてるから、もう最初に聞いたほうがいいかなって」
「もしかして皆んな掃除サボってるんじゃ……」
「いや、ちゃんとやることはやってる」
ここまで来たら全員の異能を知っておこうと決めたヒノは、気軽に問いかけた。
「私の異能を笑わないなら、見せてもいいよ?」
「笑う? 事はないと思うぞ」
「(そんなにお粗末な異能なのか)」
「絶対笑わないでね? 絶対だよ」
「おう」
シュムが念を押す声に、ヒノは冷静に頷いた。
彼女が目を閉じると、虚空から古風な杖が静かに現れる。
木目の浮かぶデザインが、彼女の手の中で不思議な存在感を放っていた。
「棒で戦うのか」
「いやこれは触媒みたいなものなの。これを使って」
ヒノの予想をシュムが否定し、杖をそっと構えた。
彼女は小さく息を吸い、囁くような声で呪文を紡ぎ始める。
「炎よ顕現せよ……フレイム……」
「ん?」
見たことのない動作と、ほぼ聞こえない声に、ヒノは眉を寄せた。
シュムは恥ずかしそうに呪文を唱え終えると、杖の先から小さな炎がぽっと浮かぶ。
「俺と同じ炎? それ以外に何かできんの?」
「後は氷とか雷とか色々出来るよ……一応」
「え? 凄いじゃん。全部見せてくれよ」
「……嫌だ」
ヒノの頼みを、シュムが即座に断った。
その声には明らかなためらいが滲んでいる。
「……もしかして本当は出来ないのか?」
「出来るけど恥ずかしいの!」
「恥ずかしい?」
シュムが声を荒げて否定する。
彼女の顔が真っ赤に染まり、ヒノにはその理由が掴みきれなかった。
「私の異能は呪文を唱えないと発動できないの!」
「そうなのか」
「うん」
「なるほどなぁ」
シュムの説明に、ヒノは少し間を置いて再び口を開いた。
「マジで俺は笑わないから頼むよ」
「本当?」
「本当」
「本当の本当?」
「信じろって」
「分かった。だけど、ここだと危ないし誰かに見られるかもしれないから移動しよう」
ヒノの説得にシュムが折れ、二人は無人の訓練所へ向かった。
広いフィールドにシュムが一人立ち、ヒノは少し離れて彼女を見守る。
風が草を揺らし、静寂が広がっていた。
「じゃあ始めるからね……笑わないでよ!!?」
「笑わん笑わん」
誰もいない空間に、シュムの声が響き渡った。
彼女は深呼吸を一つして、呪文を紡ぎ始める。
「水よ、我が前に集い、壁を成せ! 『アクアウォール』」
大声で唱えると、シュムの前に水の壁が現れた。
透明な水面が陽光を反射し、静かに揺らめく。
「凍てつく吹雪よ、氷の女王の吐息よ、吹き荒れろ! 『ブリザード』」
次の呪文で、どこからともなく吹雪が現れ、水の壁を瞬時に凍らせた。
冷気がヒノの頬をかすめ、彼は目を細める。
「土の人形よ、我が求めに応じてその身を晒し、敵を打ち砕け! 『アースクリエイト』」
地面が震え、巨大な土の人形が現れる。
その拳が凍った壁を粉々に砕き、土埃が舞い上がった。
「雷よ、氷片を糧に、連鎖の嵐を巻き起こせ! 『サンダーストーム』」
電流が氷の破片を繋ぎ、鋭い光と共に低く唸るような音が響く。
ヒノは息を呑み、その威力に圧倒された。
「我が杖に宿りしは真紅の炎! 弾け炸裂し、全てを焼き尽くす業火と化せ! 『エクスプロージョン』」
最後に、杖から放たれた炎の球体が一定距離で大爆発を起こす。
熱風がヒノの髪を揺らし、シュムは息を切らして杖を握り締めた。
「はぁ……! はぁ……! ふぅ」
やりきった顔で、シュムがヒノを見つめる。
その瞳には、感想を求める期待が込められていた。
「へぇ、凄い異能だな」
「え?」
「まぁ確かに発動条件が他に比べてアレだけど、そこまで出来るなら気にする事でもないだろ」
純粋に褒めるヒノに、シュムは疑いの目を向けた。
そして、自分の異能を否定するように口を開く。
「だって! 呪文唱えないと使えないんだよ? おかしいでしょ?」
「それはそれだけ色んなことができる対価みたいなものじゃないのか?」
「対価?」
「他にお前みたいな事、出来るやついるのか?」
「……見たことは、ないよ」
「なら周りの奴の言う事なんて気にしないで突き進めばいい。極めればきっと笑ってた奴も賞賛に変わると思うぞ」
「……そうかな」
「そういうもんだ」
「うん、ありがとう」
シュムが小さく礼を言う。
その声には、僅かながら自信が芽生えたような響きがあった。
「じゃあお礼にヒノ君にもカッコいい技名考えてあげるね」
真剣な眼差しでシュムが提案するが、ヒノは即座に手を振った。
「俺の異能はそういうの必要ないから」
「でもあった方がカッコいいと私は思うよ」
「そうか?いや、やっぱりいいや」
「残念、フレイムデストラクションってとっておきのネーミングがあったのに」
シュムの異能を見終える頃、掃除の時間は終わりを迎えていた。
ヒノはネーム付けを断ったが、内心では必殺技も悪くないかもと少し考えていた。
帰り道、ふと呟く。
「ちょっと似てたな」
その言葉は、遠い記憶を呼び起こす鍵だった。
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### 過去の回想
朽ちかけた建物の中、埃と錆の匂いが鼻をつく。
ヒノはメイと並んで座り、薄暗い部屋に沈む静寂を共有していた。
メイが手に持つのは、ボロボロの電子漫画だ。
「何読んでるんだお前?」
「キョウヤ兄! これ読んでみてよ! 凄い面白いよ!」
メイが目を輝かせてヒノに差し出す。
こんな腐った世界でも、物語を描き続ける者がいることに、ヒノは驚きを隠せなかった。
内容は、少女が不思議な力で汚染された世界を救う話だ。
「こんな能力あったら苦労しねぇよ」
「夢がないなぁ」
「そんなのとっくに捨てたんだよ。いや無いが正しいか」
話していると、自動ドアが軋みながら開いた。
男が慌てた様子で現れ、息を切らす。
「キョウヤさん! またあいつらが来ました!」
「懲りない奴らだな」
「キョウヤ兄……」
「心配すんなよ、いつも通りやっていつも通り帰るだけだ」
ヒノは立ち上がり、メイの不安げな視線を背に受けながら、いつもの戦いへと向かった。




