やり直す為には
「……おはよう」
ヒノがラルナーの家から出ると、そこにはロウが待ち構えていた。
綺麗な黒髪のロングポニーテールに学園の制服。日焼けしたような褐色肌。
どこか戦場のような鋭さを感じさせる彼女が、鞄を両手で持ち、姿勢よく立っていた。
朝の冷たい空気が漂っていた。
「……」
「……おはよう」
彼女の2回目のおはようがヒノを襲った。
何故ここにいるのか考えていたヒノも、ようやく口を開く。
昨日の戦いが頭をよぎった。
「あぁ、おは……よう。えっとー、なんで居るんだ?」
「ラルナーさんの家、ちょうど私の家から学園までの道のりにあったから」
「……待っていた理由は?」
「……君と話がしたかったから」
「話って……まぁいいか」
ヒノは少しめんどそうな仕草でそう言うと、歩き始める。
ロウも隣に並んで歩き出した。
「話って?」
「……………………」
「どうした?」
ロウの長い沈黙にヒノが確認を取ると、彼女の歩みが止まった。
静寂が二人の間に流れた。
「まず模擬戦のこと、ごめんなさい。勝手に君の力量を決めつけて酷い事言った」
ロウはそう言うと、ヒノに向けて深く頭を下げた。
その動作は貴族らしい礼節と硬い決意を感じさせ、昨日の戦いの重さを背負っていた。
彼女の謝罪は、過去の自分を見直すきっかけだった。
「……別に謝ることじゃないだろ」
「でも、君は怒ってた」
「挑発してたのは、そうしないと再戦してくれそうになかったから。最初に負けたのは気を抜いていた俺の落ち度」
「そう……なんだ」
「……その様子だと、身振りの仕方を変える気になったのか?」
「……」
ヒノの言葉を聞いた後、少し沈黙するロウ。
彼女の視線が地面に落ち、朝露に濡れた草がわずかに揺れた。
少し時間が経ち、彼女は口を開く。
「私のやり方じゃなくても、強くなれるんだなって思った。君のやり方で私は強くなりたい」
「俺のやり方? (なんのことだ)」
「そう、だからこれからはもっと君のことを知りたい」
「いや、それはちょっと……」
「でも、どうせ私達はペアになるよ」
「そうなのか?」
「貴族は学生でも仕事を任される。その時に決められた男女二人でペアを組まされるの。元々アンナと私がペアだったけど、君達が入ってきたから、恐らく君と私がペアになる」
「へぇ……なら、これからよろしくってことか」
ヒノはロウに右手を差し出し、握手を誘う。
このガーデンで覚えた挨拶が自然に出た。
ロウは少し驚いた様子で握手に応えた。
「こんな対応してもらえると思ってなかった」
「そうなのか? 単純にお前みたいな強い奴と組めると嬉しいと思うけど」
その瞬間、ロウの顔が少し嬉しそうに見えた、とヒノは感じた。
普段の冷たい表情とは違う微かな変化が、朝の空気の中で浮かんだ。
ヒノは強い味方ができたことに素直に満足していた。
昨日の戦いの激しさが頭に残っていた。
「うん、これからよろしく……」
「(こうも変わるもんかね。話しやすくなったから助かるけど)」
1日でこうも変わると驚いたヒノだが、前のロウと組むよりこっちの方がいいと受け入れた。
昨日の戦いの記憶が頭の中で薄れていった。
「そういえば、昨日の怪我とか大丈夫だったのか?」
「外傷はこれだけ」
ヒノが聞くと、ロウは髪を持ち上げ、頬の薄い赤い線を見せた。
昨日の拳の名残だった。
「(……謝ったほうがいいかな)」
ヒノは珍しく冷や汗を垂らし、悩んだ。
元いた世界で「女は顔が命」と聞いたことが頭をよぎった。
あの荒廃した世界では皮肉だったが、今は気になった。
「あのさ、悪かった。その……顔の傷は」
「なんで?」
「何でって、綺麗な顔してるから気にするかなって」
「……………大丈夫、私は全然気にしてない、どうせ生きてればそのうち傷だらけになるから」
ロウは少し瞳孔が開き、長い沈黙の後、冷静に言った。
その声には遠くを見ているような諦めと覚悟が混じっていた。
「ん、『私は』?」
「アンナとサヤが少しうるさかった」
「あぁ、そういう事か……(サヤって誰だろう)」
そのまま学園へ歩き、すれ違う人達から視線を感じた。
普段静かな田舎道なのに、今日は注目されている気がした。
「普段ってアンナと学園向かってんのか?」
「そう。今日はヒノと話したかったから――」
話してる最中、ロウが他のクラスの貴族らしき女生徒を見つけた。
道の先で立ち止まり、こちらを見ていた。
ロウは早歩きで近づき、声をかけ始める。
「ちょっといい?」
「え"!? アイリスさん!? な、なんでしょう?」
貴族の女は怯えた様子で、声が震えた。
ヒノは彼女が過去にロウにやられたんだろうとピンと来た。
訓練所でボコられた奴だろうと判断した。
「前に貴方に酷い事をした。私が間違っていた。ごめんなさい」
ロウは頭を下げて謝った。
その姿勢に、過去を切り捨てる決意が込められていた。
彼女の謝罪は、新たな一歩を示していた。
「えっ!? えっ?????」
相手は困惑していた。
「もう厳しい事はやめるってさ」
ヒノがフォローに入った。
「そうなんですか? 一体何が」
「考え方が変わった。ただそれだけ」
「そういうことらしい」
「そ、そうなんですか? あの、私はそこまで深刻に考えてませんから! 原因は私が弱かったからですし。では失礼します!」
早口で言い残し、女生徒は逃げるように走って行った。
ヒノは少し苦笑した。
「もしかして、今までやってきた相手にそれやってくつもりなのか?」
「それしか思いつかない……」
「確かにな……まぁ、頑張れ」
「うん」
「(今の奴は優しい奴だから良かったけど、そう上手くいくかな)」
ヒノはそう考えながら、ロウと歩き始めた。
ロウのこれからの道が簡単じゃないだろうと、頭の片隅で思った。




