探し物に太陽を添えて
転子を拾ってから一週間が経過した、ある休日のこと。
俺は休日の昼から、人の多い公園へ足を運んでいた。家には両親がいたが、どちらからも、何も言われなかった。
「暑いな……」
「そうか? マサヤは暑がりだな!」
まだ春の半ばとはいえ、すでに気温は三十度近くまで上がっていた。コンクリートの道路が日差しを蓄えているせいで、上下から焼かれている気分になる。
こんな気温にも関わらず、転子の服装は暑苦しそうな着物だった。
本人が我慢している様子は無い。着物や妖怪の身体は、特殊な構造だったりするのだろうか。
「で、お前の母上ってやつは居るのか?」
「まだ見つからない……それっ!」
「人を転ばせてる場合か」
彼女の掛け声と共に、向こうで遊んでいる子供が盛大にずっこけた。間違いなく転子の仕業だろう。
見た目は五歳くらい。ちょうど転子と同じくらいだろうか。
転んだことで泣き出した子供に、保護者らしき女性が駆け寄る。
子供に怪我がないか確認したあと、その子を抱えて公園を出ていく。その一部始終を、転子はずっと見つめていた。
「……お前の母上、見つかるといいな」
俺の言葉に、転子はただコクリと頷いた。
遡ること二時間前。
「マサヤ! 外に出る!」
「は?」
ウキウキした表情で言い放つ転子を前に、俺は顔をしかめた。
「外って……まだ午前だぞ? もっと暗くなってから」
「違う! いま出たい!」
もう待ちきれないといった様子で、転子は足をドタドタ鳴らす。
彼女は身体を動かすのが好きなようだった。転子くらいの年齢なら妥当かもしれない。
「こんな昼間から出なくていいじゃねえか。しかも休日だし」
「マサヤ、休日とか関係あるのか? いつもゴロゴロしてるし」
「なっ、お前、人には人の事情が……」
事実とはいえ、転子の言葉に反論しようとする。
だが、それを押し退けるように転子が言葉が紡いだ。
「それに、母上は太陽が好きだったから。探すなら今だと思ってな」
視線を俺から窓へ移しつつ、転子は続ける。
「マサヤはいつも夜に動くからな。もし母上が昼にテンコを探してたら、入れ違ってるかもしれない!」
「お前……」
確かに転子は、毎晩かかさず外を出歩いていた。そんな彼女のことを、俺は『動き回りたい年頃なのだろう』程度にしか考えていなかった。
だが転子は、自分ができる方法で家族を探していたのだ。その事実に気付かなかった自分に、少しだけ腹が立つ。
「それに、マサヤと一緒にいるとジメジメして嫌だ! たまには太陽を浴びたい!」
前言撤回だ。
コイツ、結局は遊びたいという欲望に忠実じゃねえか。
「はぁ、分かったよ」
とはいえ、転子の意外な一面が見れたのも事実。
せっかく彼女が意思表示をしてくれたのに、それを無碍にするのは失礼な話だろう。
「今から出るぞ。ただ、夜みたいに走り回るなよ。あと俺に対する態度ももう少し改めろ、それから__」
「マサヤは話が長いな! 早く行くぞ!」
「きっ、貴様ァ……!」
俺の反応を見るより先に、転子がスキップしながら部屋から出ていく。
おそらく、彼女の口調は狙ってやっているわけではない。しかし、いやだからこそ、言葉の教育も行うべきだろう。その必要性を、頭の片隅にそっと留めておいた。
その気になれば『勝手に一人で行ってこい』と言い放つこともできた筈だった。
それをしなかったのは、転子に対する愛着からだろうか。それとも保護欲みたいな、自己満足めいたものからだろうか。
__そんなわけで現在、俺と転子はわざわざお天道様の下を歩き回っている。
「なあ転子。その母上って人、何か特徴とかあんのか?」
「母上はな、転子と同じ綺麗な髪だ! 着物も転子とお揃い!」
「なるほどな……」
着物なんて場違いな格好をした奴がいたら、転子同様に目立つはずだ。少なくとも、見逃すという最悪の事態は起こっていない。
「そういえば、家とかはどうなんだ? 家で転子を待ってるって可能性は」
「いつも通ってるトンネルの近く。いつもなら母上が待ってる」
トンネルというのは、言わずと知れたあの因縁の地。俺が転子に二回も転ばされて、這いずり出る羽目になったトンネルだ。
そして今ちょうど、俺達はそのトンネルの入り口に辿り着く。
「ほら、そこ」
トンネル横に生い茂っている草むらを指差す転子。
なんの変哲もなさそうな雑草だが、よく見ると穴状に道が続いている。まるで子供が作った秘密基地の入り口だ。
「え、ここ通るのか……? 虫めっちゃいるんだけど」
「マサヤは気にしすぎだ!」
「お前らが気にしなさすぎなんだよ……」
転子に続いて、膝をつき草むらへと入っていく。
通路の先には、半径三メートルほどの小さな空間が広がっていた。真ん中には机代わりなのか切り株が放置されている他、棚やバケツ等の人工物が無造作に置かれていた。
「なるほどな……確かに生活の跡はあるが」
「母上ーっ、父上ーっ!」
周りを調べる俺の横で、転子が声を上げる。だが返事はない。
「どうだ、お前の母上とかがいた形跡は?」
「……ない。転子がマサヤと会った日から、なにも変わってない」
転子の反応を見て、俺もつい気分が落ち込んでしまう。
まだ目新しい変化が見つかっていれば、ここに留まって転子の家族を待つことができる。だがそれが無い以上、ここで立ち止まっていても転子は家族と合流できない。
下手すれば、転子を探しに遠くまで出向いている可能性もある。
「探せるところは探したし、どうする? 今日は家に帰るか?」
「嫌だ。もっと探す」
「だよなぁ……」
それからも、俺は転子と一緒に道路や公園、住宅街や神社なんかを歩き回った。だが結局、転子の家族を見つけることはできなかった。
転子と歩いていると、嫌な予感が頭を過る。
ひょっとすると転子の家族は、既にこの辺には居ないのではないか。どこか遠い所へ、転子を置いて行ってしまったのではないか、と。
その予感は後に、最悪の形で的中することになる。