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第5話 命と矜持を天秤にのせる

「リディア様。エレナ大公妃から届いた花はどちらに飾りますか?」


 そういう侍女が持つのはエレナ様らしい優しい色合いの花かご。

 華やかでありながら気遣いに満ちています。


「私の宮に運んでください」


 エレナ様にお逢いできないのは残念でしたが、ご懐妊中では仕方がありません。


 懐妊。

 あの日、陛下が言ったレオノーラの罪も懐妊でした。


 最初は陛下の言葉が理解できませんでした。

 なぜなら後宮で暮らす皇妃たちは皇族の血をつなぐのが最重要事項。

 子を孕むことはめでたいことなのに、なぜそれが罪になるのか。


―――レオノーラの孕んだ子は俺の子ではないからな。


 後宮にいる皇妃がなぜ皇帝の子以外を孕めるのか。

 私は不思議そうな顔をしていたのでしょう、陛下は「後宮は隣国のハレムとは違う」と笑って説明してくださいました。


 後宮は皇帝以外の男子禁制の女だけの場所だと思っていまいたが、この国の後宮は数代前から普通に男性の使用人や商人も出入りしているとのこと。

 公にされてはいないが皇帝以外の子を孕んだ妃はレオノーラが初めてではないそうです。


 不義密通の罪ならば七親等以内の親族は処刑。


 いまでは継父ですらないのですが、それを聞いた当時の私は書類上はレオノーラと姉妹で処刑対象内。


 水の侯爵家の最後の末裔として処刑されるわけにはいきません。

 しかも嫌いな家族のとばっちりです。


 レオノーラを信じているわけでは一切ありませんが、私は陛下に証拠を求めました。


―――証拠は十分ある。しかし七親等以内の親族が処刑となると、他の家門も反対してな。


 それはそうでしょう。

 水の侯爵家は建国の一門、七親等の親族となればどこまでいくか。

 火・土・風の侯爵家も他人ごとではすみません。


 このとき私の頭の中にはずらりと並ぶ三十個以上の生首が浮かびました。


 自分の首も大事ですが、これが実行されたらいくら罪があるとしても皇帝の大虐殺。

 歴史に黒い名前が残ってしまいます。


 それにしても、


―――レオノーラが陛下を裏切るとは思えません。陛下がお渡りの際は夜明けまで皇妃様を可愛がるご執心振りだとうちの者から聞いております、きっと何かの間違いでございます。


 あれはありませんわ。

 ルードリッヒは帝国語が理解できないに違いありません。

 陛下は「証拠はある」と明言なさったのにあの発言。


 案の定、陛下は「夜明けまで可愛がるねえ」と鼻でお笑いに。

 私と陛下は幼馴染でもあります、長い付き合いはダテではございません。

 あのお表情(かお)はこちらが白旗をあげるしかない証拠があるというお表情(かお)です。


 この表情をみるまでは、私も言い逃れの可能性を考えていました。

 不義密通の場面を陛下が見たと仰っても、見間違いかもと苦しい言い訳をしようと思っていました。


―――手違いでレオノーラと俺の婚姻が成立していなかった。だからレオノーラが皇帝の子を孕むことはあり得ないんだ。


 それにしても陛下の言葉は予想の遥か斜め上でした。

 あの言葉に思わず私とルードリッヒは同時に「はい?」と聞き直してしまいました。

 私の人生で初めてルードリッヒと気が合った瞬間です。



 聞けば婚姻式のときの宣誓書に書く名前を間違えたと。

 虫干しをしようと神官たちが運び出したとき、偶然目にした神官長(今回の式で神父を務めてくださった方です)がお気づきになったと。


 陛下のお名前は長いですからね。

 途中で二回、ペン先にインクの補充が必要なほどです。


 この国の、これまた法律で決められているのですが、皇族は「先祖からの加護を得るため」と言う理由で名前に過去の王たちの名前を四人以上いれます。


 普段の文書にかかれる陛下の署名『カダル・フォン・ベルンハルト』は略称。

 正式な御名は『カダル・ヴェルティゴ・ヨハニウス・サンドーロ・ラシュアン・ベルンハルト』。


 綴りも複雑です。

 正直、間違わないほうがおかしいと言える御名です。


 たった一文字間違えただけでも宣誓書は無効です。


 聞けば最初の婚姻式だから緊張していたとのこと。

 二回目からは間違えていないのだが、というのは最初の皇妃になるのだと一番に固執したルードリッヒへの皮肉でしょう。


 このときルードリッヒは魂が抜けて呆然としていたので皮肉も通じなかったでしょうが。


 とにかく宣誓書が無効なので婚姻は不成立。

 皇族に女神がかけた呪いによって皇帝は庶子をもてない。

 つまりレオノーラが懐妊したならば、その子が皇帝の子ではないことは確実。


 あの状況に何も言えない私とは違って、帝国語を理解できないルードリッヒはある意味、流石でした。


―――き、奇跡!そう、奇跡に違いありません!!


 奇跡ときました。


 呆れはしましたが気持ちは少し分かります。

 陛下は男性の出入りはあると言いましたが、それは昼の間だけ。

 外から来た者は十五時の鐘と同時に後宮の外に出なければならない決まりがあります。


 皇妃にそれぞれの宮があっても昼の間は侍女の出入りもあります。

 男女の秘め事といっても、懐妊するほど何回もとなれば不審な行動は目立つはずです。


 それに陛下はレオノーラのお腹の子の父親が誰か知っている感じです。

 面倒が起きそうなので誰かは聞きませんが。


 「まだ父親が分からないのか」と呟いていらっしゃったからルードリッヒも知っている?

 いえ、あの驚き方は本当でした。


 それならなぜ?



―――今回については俺にもうっかり間違えたという非がある。だからリディア嬢が皇妃となり、俺との間に生まれたこのうち一人を水の侯爵とすることで手を打とう。そなたにはまだ婚約者もいない、悪い取引では無いと思うが?


 水の侯爵家の継続と三十人以上の助命、悪い取引ではありません。

 でも、婚約破棄された相手との結婚には複雑な心境です。


 それに、悔しさのあったのです。

 だから……あんなことを。



―――婚約者はおりませんが、好いた方はおります。もちろん私の恋心など多数の命と天秤にかければ大したものではありませんが、せめて今回のお話は皇帝陛下の命令にしていただけませんか?


 ケチなプライドです。

 私を捨てたあの方に、ほんの少しでも傷をつけたかったのです。



―――命令だ、皇妃となりできるだけ早く水の宮に入るように。

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