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第3話 皇帝陛下の結婚ルール

「お時間でございます」


 空気を変えたのは近衛兵のその一言で、神父様は「それでは」と言って私より先に前室を出て祭壇の間に向かいました。


「本日はおめでとうございます」

「気が高ぶっていたようです、ありがとうございました」

「何のことでしょう?」


 知っているくせに知らない振りをする。

 貴族である彼に苦笑して、彼の開けてくれた扉から一歩踏み出す。



 祭壇の前に立つ陛下は今日も一部の隙もない美丈夫。

 その前に立つと白い手袋をはめた大きな手が差し出されました。


「リディア嬢」


 婚約者だったときよりも少し低くなった声。

 心が騒めきます。


 陛下とは婚約破棄後も顔を合わせることはあったが、婚約破棄後に会話をしたのはつい先日が初めて。


―――レオノーラの不祥事の始末としてリディア嬢に水の皇妃になってもらう。


 レオノーラの不祥事よりも、自分が水の皇妃になることよりも。

 陛下に『リディア嬢』と呼ばれた違和感のほうが大きかったと言ったらこの男性(ひと)は驚くでしょうか。


 『ディー』と呼んでくれたときのことを思い出したと。



「リディア嬢、手を」


 陛下の声にハッとして、差し出された手に手をのせる。

 すると陛下の手が私の手を強く握るから、『逃がさない』と言っているかのような強さに思わず苦笑が漏れました。


 逃げることなどしない。

 できるわけがない。



 皇帝になった者は四侯爵家から一人ずつ皇妃を娶らなければいけません。

 もちろん年の合う未婚の令嬢がいないこともあります。

 その場合は各侯爵家の下門の貴族家から娶ります。


 皇妃たちの中から皇后が選ばれるのですが、皇帝が皇后を選ぶまで皇妃四人の体制が続きます。


 皇妃になっても離縁することはできます。

 皇帝が皇妃に離縁を言い渡すこともできます。


 微妙に現代風の結婚制度を盛り込むのでややこしくなるのですが、離縁は自由なのに皇妃四人を維持する制度は有効なので代わりの皇妃が必要になります。



 この融通がきかないほど頑固な皇妃四人体制の原因は、貴族たちの政争を起こしたことで皇族が一人になってしまったことがあるのが原因です。


 ベルンハルト帝国を作った五人の魔法使いは仲がよかったですが、当主が代替わりを重ね続けると友情は薄れ、四侯爵家は「自分たちだって皇帝を名乗る権利がある」と思うようになりました。


 皇帝になったのは五人の魔法使いの話し合いですからね。


 歴史書を読むと最初は会議場での争いでしたが、それが次第と武力を使った闘いになり、諍いは政争へと瞬く間に発展。

 激しさを増した政争により謀殺と誅殺で貴族が激減。


 特に皇族は多くの者が命を奪われ、直系がひとりになってしまいました。


 皇族の持つ聖魔法が一番得意とするのは結界。

 結界が破れたら王都で死人が出る。

 そして直系以外の魔力は直系の持つ力とは比べものにならない。


 一人になったことで価値が爆上がりした最後の皇族。

 つい最近まで血で血を洗う争いをしていたことを忘れ、貴族たちは一丸となって皇族直系の血を守ることを決意。


 ついでに皇帝の外戚になって権力を握ろうという思惑もあり、仲良くするという誓いが嘘だと断言できるほど白熱した話し合いを展開した結果、皇帝の結婚に二つのルールを設けました。


 ひとつは四侯爵家から皇妃を出すルール。

 もうひとつは皇帝が選ぶ皇后については文句をいわないというルール。


 公平っぽいけれど皇帝が最終決定権を持つルールです。


 四侯爵家からの干渉を当時の皇帝がかなり嫌がっていたことがわかります。

 一時期最後の皇族となってしまったこの皇帝は『ロマンチストな好色家』と歴史書で評されています。


 この二つのルールが皇帝の結婚に関する基本であり原則です。

 そして皇帝の結婚には時代に合わせて細則が追加されてもいます。


 例えば皇帝や皇妃が望めば離縁は可能な点。


 当時の皇帝は即位したときすでに五十歳を超えていて、そんな皇帝の皇妃になった十代のご令嬢たちは彼の心を傷つけた。

 「あんなお爺ちゃんはないわ」という本気の拒絶とか、「生殖機能のほうは大丈夫なの?」という本気の心配とか。


 気落ちした皇帝が「もう少し年齢を重ねた令嬢のほうがいい」といったところに全皇妃が賛同し、全員離縁して、三十代の貴族令嬢が彼に嫁いだ(諸事情あり)。

 この皇帝とその後選ばれた皇后は仲睦まじく、三人の子宝にも恵まれ、皇帝夫妻はおしどり夫婦として歴史に名を残しています。


 その後、女性の人権を擁護する運動の影響を受けたことで皇帝の子を懐妊していないことが確認とれれば皇妃から離縁の請求は可能となりました。


 時間と煩雑な手順はあるものの、女性側にも一定の選択権が与えられたということで当時皇妃たちは喜ばれたそうです。

 それを喜ばれた当時の皇帝陛下の心中はお察ししますが、政略結婚を覚悟している貴族ご令嬢でも生理的に無理な皇帝だって存在するのでしょう。


 こうして皇帝の結婚については平和なシステムが擁立。

 これに合わせるように皇帝の庶子の扱いについても決まりました。


 皇帝の庶子を名乗ったら例外なく死刑。

 理由を問う必要も、弁明を聞く必要もないとされる過激なルール。


 こんなルールがあるのは皇帝陛下には絶対に庶子ができないからです。


 初代皇帝の時代までさかのぼっても皇帝の庶子はおらず、全員が皇后もしくは皇妃が産んだ嫡子です。


 これは聖魔法の特性が関係しているそうです。

 このことを暴露したのは一時期最後の皇族となった皇帝の手記で、そこには四人の侯爵に対する罵詈雑言と日に日にます責務の重さに対する愚痴、そして「侯爵たちが先帝の庶子を探し始めた。奴らは聖魔法使い独特の特性を知らない。ははは、ざまあみろ」という記述があったそうです。


 この一文は他よりも大きな字で書かれていたそうです。

 そうとう四人の侯爵に腹を立てていたのでしょう。


 そしてこの異様な特性の原因について研究者が調べに調べた結果、初代皇帝の祖父が受けた女神の呪いと判明。

 彼は結婚と貞節の女神を弄び、その代償として結婚した女性の間にしか子が生せない呪いを受けたそうです。


 「我が子孫よ。少子化で血が絶えることになったら私のせいだ、すまない」という謝罪でその記録は終わっているとのこと。

 何とも言えない長年の謎の解明でした。



 その手記を解析した専門家には女性もいたそうですが、彼女は記者からの質問に対して「彼は不幸だと涙する男性研究員を虫けらのように思った」と発言したそうです。

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