俺のなんちゃって皇妃(2)
本編完結後のストーリーです。
皇帝カダル視点です。
「陛下……お願いがありますの」
まるで燃え盛る炎のように妖しく、艶やかとしか言いようのない美女が上目遣いで俺に擦り寄るように近づく。
皇帝の御渡りは法律で週一と決められているため、火曜日の夜である今夜は火の宮に来てカサンドラと……なぜ向かいの席ではなく、俺の隣に座る?
いつもならここで向かいに座り、紙をばさばさっと……臨床結果や事業計画や予算案などを聞いて今日も立ち去る予定だったのに……
「陛下ぁ」
橙色の薄衣が華奢な肩を滑り落ち、白磁のように肌理細やかな肌が俺の目の前に現れる。青年期の男にとってこんな美女に甘えた声でしな垂れかかれれば極楽浄土の幸福……正直にいれば、俺だってリディアがいなければ誘いにのっていたかもしれない。
ただ、この美女が俺にしな垂れかかる反対側の手に算盤を持っていなければ。
「……狙いは何だ?」
「オンセン、ですわ」
初めて聞くものに首を傾げる俺にカサンドラはにっこり微笑み、すくっと立ち上がると俺の向かいに座って紙の束を差し出す。今日も朝から資料を読み続けたのに……細かい数字と文字に頭痛がするのだが。
「大きな天然の風呂ということか……この設備を作るのに必要な予算は?」
「試算で……このくらい?」
えへ、と美女が可愛らしい所作をしてギャップを見せたが、算盤で表示された数字は実に可愛くない……えげつない金額だ。
「この金額は後宮の運営費の1年分に相当するぞ?いくら仲良しと言っても、流石に他の皇妃たちが黙っていまい」
「分かっていますわ。でも……陛下の個人資産って、この10倍は軽くありますわよね?」
「俺の金で作るつもりだったのか!?」
何て恐ろしい女なんだ。これまでもリディアにオススメと言って山というほど美容品を買わせてきたくせに!
この美容品を買う行為のせいで、一時期は俺とカサンドラの仲をリディアに疑われた。
他の皇妃は国の役に立つ事業なので国から金を出していたが、カサンドラへはリディアへの贈り物という完全に私用だったので俺の個人資産から支払っていた。
これを俺の資産管理人が酒の席でうっかり漏らし、財務部で噂は加速。それを聞いた水の宮の使用人がリディアを俺から離し、使用人に理由を聞いたリディアには二週連続で「気分が優れず」とお断りを入れられた。
侍従長は「ヤキモチを焼かれて良かったですね」と言っていたが、リディア不足で不機嫌な俺への対応が面倒だったに違いない。
リディアに会えない2週間、俺は一生懸命働いた。資産管理人を首にし、小さな火種を大火にした財務官には厳重に注意した。
リディア断ち9日目、火の一門の伯爵令息が「カサンドラ皇妃と陛下の御子なら素晴らしく美人ですね」などと言ったときには笑う余裕もなかった。その伯爵令息は領地で療養することになったらしいが……ふんっ。
あのにやけた下世話な顔を思い出すと……またムカムカしてくる。確かにこのカサンドラの見た目ならば、男など簡単に手玉にとれそうだし、実際にとっても来ただろう。
しかし見た目が派手だから遊んでいる(遊べる)というのは大きな間違いで、カサンドラはそんな自分勝手な男は門前払いにしている。
カサンドラにとって大事なのは女に貢ぐ男で、その女が別に自分である必要はなくて、女を美しくするために大金を投じる男がカサンドラにとっていい男なのだ。
リディアのために貢ぐ俺も理想の男と言われた……確実に「金づる」という意味だった。
「陛下ぁ……ダメですか?」
甘い声で語りかける美女は、胸元を広く晒した自分の嫋やかな姿などそっちのけである。カサンドラは火の一門らしい燃え上がる熱い瞳で俺の財布を狙っている。
今回は後宮一年分の予算相当、甘えっぷりも半端ではない。
そしてカサンドラは俺の財布の留め具を外す合言葉を知っている……なんでここまで分かっていて外れるのか不思議だ。
リディア以外に使い道がないのが問題なのかもしれないが……まあ、それを言っても仕方がないのだろう。
「陛下、オンセンとは「温かい泉」と書いて温泉と読みます。この温泉の湯には様々な薬効成分が含まれ、不調の改善や健康維持に役立ちます。効果として多いのは美肌、女性が患う不調の改善、子宝に恵まれやすくなる温泉なるものもあります」
「……子宝?」
資料によると火の一門の領地には温泉が多いらしい。学者の仮説ではあるが火の魔力に地中の水が反応しているのではないか……と。
「この薬効成分とは薬草とは違うのか?」
「はい、土や岩に含まれる鉱物の作用と考えられています」
「……子どもができやすくなる鉱物、か」
「温かい湯に浸かる点も良いのかと……リラックス効果もありますし、お風呂でイチャイチャとマンネリ防止にもなります」
……まだ10代の淑女がイチャイチャって。
いや、何でここで頬を赤らめる?健康男子を前に……それを臭わすなんて卑怯過ぎる。
「温泉施設として、当初の予定では外部の者が入れる湯殿がある一の棟と、宮に勤める者や後宮の妃たちが入れる湯殿がある二の棟を考えていましたが……陛下と皇后専用の別棟も作ったらよいかもしれませんわね」
別棟追加と膨大な費用にガンガン上乗せされているのに……払いそうな自分が怖い。
いやいや、冷静になれ。さすがに資産1割の投資はもっと慎重に……
「そもそもだがらそんな広大な施設を作れる、立地条件のよい場所がないだろう」
「ここの傍にフィーア様の商会の倉庫群がありますよね?あれをまるっと一帯、格安で譲って下さるそうです」
「フィーアの狙いはなんだ?」
「さすが短期間でご自分の資産を何十倍にもなさった方、実に細かいですわ。運送業には立地が悪いそうで、王都の入口近くにある街道沿いの広大な土地を買い取りたいそうです」
あの皇家の土地か……ずっと手をつけずにいたが、誰の土地だ?
「陛下の大叔父君名義です……まだご存命ですよね?」
「祖父と大叔父は親子ほど年が離れていたからな……って、所有者まで調べて買う気満々じゃないか」
「はい、それもこれも陛下の財布の口次第なのです」
皇帝に金品を貢ぐのはよく聞くが、皇帝に金品を貢がせるのは珍しい……いや、一応でも皇妃だから珍しくないのか?
いや、それよりも温泉だ。
大きな風呂……リディアと二人で、は無理だろうが……夢は大きく楽観的にが持論。
「事業としてこれは福利厚生に役立つだろう」
「そうですね、ついでに子孫繁栄の役に立てば帝国も安泰です」
「それなら国政費と後宮運営費で予算を組むように。皇帝専用の別棟については……俺が全額を出そう」
「足りない分については?」
「楽をするな……火の一門でいま領地で療養している伯爵家の嫡男がいるだろう。あれの御母堂は土の侯爵の妹、あれは格好いいという理由で火の魔法使いを名乗っているが、土の魔力の方が相当強いらしい。土木費用の削減に役立つだろう」
カサンドラの目がキラキラ輝き、俺はまあ……その尊敬している者を見るような視線に気分はよくなる。まあ、それも泡沫の夢だが。
「これ以上陛下の資産に頼るもの申し訳ないですものね、お父様と話し合いますわ。あとは人材はサシャ様に格安で融通していただきます。リディア様とも薬湯の仕入れ値についてお互い勉強しなくては」
シャッシャッとならす算盤の音が力強い。皇妃たちの共同事業……本当に仲がいいな。
そして……彼女たちは俺の愛も情も求めず、小切手帳のような扱い……リディアに癒されたい。
「別棟だけ先に作ることはできるか?」
「御相談承ります」
嫣然と微笑んだカサンドラが算盤を鳴らす。明日にでも俺の新たな資産管理人が執務室に飛び込んで来るだろう……仕事、頑張ろう。




