エピローグ
「あら、旦那様。そんな良い報せでしたの?」
弟から届いた、浮かれきっている様子がよく分かる文面の手紙を丁寧に封筒にしまったナディルは妻に向かって微笑んだ。妻の腕の中の息子が自分に向かって手を伸ばすので、ナディルは手紙を机の上において腕を伸ばす。
触れた子どもの手はとても熱かった。
「あまり甘やかすと我が儘に育ちますわよ?」
「甘やかしているつもりはないよ。ただこの子には私の愛を疑われたくないんだ。」
「疑いようもありませんよ。御存知ですか?この子は泣くと直ぐに旦那様に手を伸ばしますの。旦那様が絶対にその手を取ってくれるって解ってるんですわ」
妻の言葉に「そうなのかい」と微笑みながらナディルは腕の中の息子の、まだまだ小さな手を取る。あの日、毒にうなされ朦朧とした意識の中で伸ばされた手も小さかった。
昏い深淵に落ちそうになるたび、「大丈夫?」と小さな手がナディルの手を強く握り、「兄上」と年の離れた弟が泣きそうな声で何度も呼んでくれた。
とにかく生きるために呼吸することに集中していると、弟の手よりふた回りは小さい手がコップを持って現れる。見た目は天使のような女の子が手にもつコップの中の液体の色は毒々しい。
少女は「これで治るよ! 頑張って。」と自信をもって断言するが思わず腰が引けた。しかし涙で潤む青い無垢な瞳を無下にできず、年上の矜持プライドとやけっぱちでコップを傾け飲み干した。
もう二度と飲みたくないという味だった。
解毒、味が原因ではないはずだ、解毒のために悶絶したあと、自らの聖魔法で疲労を回復して目を開ければ「良かった」と自分に向けられる4つの青い瞳。
みるみる間に4つの瞳には涙が溢れ、泣き声の二重奏が始まる。まだ小さな女の子はもちろん、いつもは何処か大人ぶっている弟も幼子のようにわんわんと声を上げて泣いていた。
世界で一番優しい音楽に、ナディルの心はじんわりと温かくなった。
「カダルがようやくリディアに指輪を渡したそうだ。未だ身につけてはくれないそうだが、時々それを嬉しそうに眺めていることを侍女から聞いて幸せだと。」
「あら、良かったですね。私の元にもお二人の仲睦まじい様子が届きますわ。御子が生まれるのもすぐですわね」
「そうだね。……その頃にはリディアはカダルを愛しているかな。」
「旦那様の苦労も報われますわね……随分とあちこちに手を伸ばした。」
「君はずいぶんと耳が良い……ほんの少し、ルードリッヒ殿とレオノーラに与えられた罰を厳しくしただけさ。可愛い弟と妹を傷つけた罰だよ。カダルに頼まれたとはいえ、リディアへの縁談をつぶし続けたときより楽だったよ?」
ふふふ、とナディルの妻は優しく微笑む。そんな妻の腰を抱き寄せたナディルも微笑むと、
「私は彼らを愛してる。だから守ってあげるんだ、永遠にね」
ご購読ありがとうございました。
番外編で二人のその後などを書けたらいいなと思っています。
 




