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第14話 何度でも求婚

人生初の風邪に倒れて目を開けたらリディアがいた……なぜか城下町で人気の新妻向けエプロンをつけて。


夢かと思って思わず頬を抓りかけたとき、鼻を強烈な刺激が襲った……夢じゃないのは嬉しいが、アレを飲む未来を思うと嬉しさが少しだけ減る。


兄上の薬を作っていたときも思っていたがリディアの薬は強烈だ……効果も、臭いも。効率を重視するあまり必要な効果の薬草を全部混ぜるのが原因に違いない……なんて思っていると、案の定「消化不良を改善する薬草」とやらを追加しようとしていた。


拙い……そう思ってリディアをとめようと手を引いたら、必死さ故に力が入り過ぎて寝台に引き倒してしまった。ついでに圧し掛かるというお約束の展開。


そして耳環の正体を知られてしまった……3年間毎日元婚約者への未練を身につけていたと知られるのは恥ずかしかった。


でも……俺の耳につけた耳環に、物欲し気な視線を向けるリディアに俺の中の勇気が一気に膨らむ。うん、悪いだけじゃない……そしてここが頑張りどころ。


「リディア……俺の皇后になってくれないか?」


本当ならしっかり正装して、王城でも一番景色の良いところで食事をしながら伝えるつもりだった。決して夜着姿で、汗で濡れてぐしゃぐしゃの髪形で、さっきまで寝ていた寝台の上で言いたかったわけではないが……運命の神様、というか俺の勘が今だというのだから押し通す。


「もう知っているだろう?そなた以外の皇妃は本当の妻ではない。白い結婚……どちらかが望めばいつでも婚姻を白紙にできる、そんな関係だ。私にとって妻はそなただけ、妻にと願ったのは生涯リディアだけだ」

「どうしましょう……泣きそうです」


……泣けばいいのに、リディアはこういうとき強情で人前で泣くことはない。そんなリディアを頼もしく思いもするが、彼女を愛する男としては少々寂しさもある。


「……皇后になるのは嫌か?」

「正直、複雑です」


……だよな。


「まあ、ゆっくり悩んでくれ。俺はいつまでも待てるさ、リディアは俺の後宮から一生出られないのだし」

「法律では妃が願えば出られるはずです」

「皇帝の許可は必要だ。そして俺は許可しない……というわけだ」

「陛下は相変わらず……ううん、カダルは虐めっ子だわ」


3年前のように、幼馴染の婚約者として気安い口調に改めたリディアに気分が高揚する。


「リディアを手に入れるためなら法律だって利用する」

「法律は個人の欲のために利用してはいけないわ」

「リディアの石頭」


俺も幼馴染の婚約者だった時のように、少年の頃と変わらない口調で文句を言いながらリディアを抱き寄せる。腕の中におさめたリディアは体を固くして……未だ完全に信頼されていないことにほんの少し切なくなる。


……恐怖心や拒絶でないことを喜ぶべきだ。


「指輪は?」

「皇后の冠を用意してある」


俺の瞳と同じ空色の宝玉をふんだんに付けた女性用の冠だ。


「……重いですわ」

「それじゃあ指輪を直ぐに用意しよう……まあ、逃げられないのだから冠も無駄にはならないだろう」


侍従長を呼ぼうと立ち上がりかけた俺の手にリディアが手を重ねる。寝台の上での、その親密な仕草に俺の心が跳ねる。


「陛下、何かなさる前にまずは食事とお薬です」

「……治った」

「治っておりませんわ。陛下と違って私は風邪の経験者ですもの、こんな直ぐに治らないのは身に染みて分かっておりますわ。お薬を飲んで安静になさってくださいませ」


兄上は薬を飲むと気絶するように寝込んでいたな……安静は強制か。


「俺が寝込むと業務が滞る」

「それでは私が皇后(仮)として業務を代行しますわ……侯爵位を持つ妙齢の令嬢は私しかいませんもの、少しいき遅れですけれど」


最後の台詞は照れ隠しか……可愛い笑顔でそう言って去っていくから、呆然としてしまった……侍従長が持ってきたリディアの薬で強制的に現実に引き戻されたが。


「風邪が治らなくてもいいと思わないか?」

「名実ともに皇后様になるよう我々が力を尽くしますので、まずはご政務に復帰することに注力してください……ほーら、新妻のお手製ですよ?」

「あのエプロンはお前の趣味か……」


 ***


 コンコンコン


「リディア、何か俺にお願いはないか?」

「寝所でのお願いは国が荒れるもとだそうですわ」


抱き寄せたリディアの体から力を抜けるまでの時間が少しだけ短く感じ、そんな小さな進歩が心底嬉しい……恋は厄介だが、日々は充実している。


「先日の看病の礼だ……そなたの薬のおかげで2日で治った」


ほとんどはリディアの薬の味に悶絶して気絶していた時間だが……それは言わない。


「この先も私以外を愛さないで下さい……と言ったら聞いて下さいますか?」

「随分と可愛らしい……それでいて切れば血が吹き出るような熱いお願いだな」

「……忘れて下さいまし」


夜の甘い余韻が残っていたのか?


リディアへの愛しさが募って華奢な体を抱き寄せれば、ぎゅうっと抱きしめる直前に胸の前に置かれたリディアの手に力がこもって距離を取られる……浮かれて早計だったか?


 コンコンコンコン……コンコンコンコン……


いや……あんな可愛い情熱を見せるリディアも悪いだろう?


「すまない」


それでも惚れた者は常に敗者なのだ……と落ち込む俺の首に細い腕がかかり、俺の視界のリディアの顔が大きくなる。俺が驚いている間にリディアは顔の端を緩めて悪戯っ子のように笑い、俺の首に回した腕に力を込めた。


最近のリディアは幼馴染の婚約者だった頃に見せた表情を時折見せてくれるようになった……なんて感慨にふけっていたら、俺の唇に柔らかい感触が、軽く短く触れるのを感じた。


……不意打ちは卑怯だ。


リディアからのキスなんて初めてで顔に熱が集中するから、必死に隠そうとして混乱する脳は婚約者時代の懐かしい愛称を引っ張り出す。


「ディー」


しまった……と思う間もなく、視界一杯に広がったのはリディアのとても嬉しそうな笑顔。


 コンコンコンコン! コンコンコンコン!


「さっきから煩い奴だな」

「朝陽も上がって大分経つのに、いつまでもここでゴロゴロしている陛下が悪いんですわ」


そう言ったと思うとリディアは掛布を奪って立ち上がり、素早く体に巻きながら寝台を降りようとする。


「お仕事に行ってくださいませ」

「未だ大丈夫だし……仕事なら皇妃のリディアにもあるだろう?」

「あら、皇妃の仕事は十分しました」


そう言って首筋の赤い痕を指で刺すリディアに、「仕事」と言われたことに、悔しくなって俺はリディアの体に巻かれた掛布の端を引っ張り、再び俺の腕の中にリディアをおさめる。


 コンコンコンコン!!……コンコンコンコンコンコン!!


「そんなに素早く動けるなら其方そなたの体力は未だ余裕なようだ……昨夜は手加減し過ぎたか?扉の外にいる無粋な奴にしつこい男は嫌われると言われたのだが……もう少し大丈夫だったか」

「そんな話を執務室でしないでくださいな……いい加減に行ってくださいませ。その方が押し入ってきそうで落ち着きませんわ」

「……そうだな」


俺はため息を吐くとリディアの体にしっかり掛布を巻いて、リディアを抱き上げてバスルームの中まで運んで扉を閉める。


「そんな君を見た男の目は残らずくり抜かないとな」

「物騒ですわ」

「君限定だ……それじゃあ、また来週」


俺の言葉にリディアはカチャリと扉を開けて、顔だけをひょっこり出して頭を下げる。


「お待ちしております」

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