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元婚約者は私を四番目の妻としてご所望です。  作者: 酔夫人(綴)
本編

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16/23

第13話 風邪とお約束

 気づけば季節が二つ過ぎ、寒い土の季節になりました。


 その間にレオノーラが死産したという連絡がきましたが、心境は複雑です。



「リディア様、陛下がお倒れになりました」

「あらまあ、侍医は何と?」


 普段なら毒の混入など誅殺.謀殺を警戒しますが、土の季節は流感が流行る季節。


 陛下も流感を患ったのかと思ったのですが、事態は全然違うところが問題に。


「侍医が不在で、原因不明の高熱としか」


 侍医が不在。

 見舞い用の花を見繕うように指示しかけた私には戸惑いしかありません。


「なぜ侍医が不在になるの?万が一のとき、このような事態のために常に待機しているのが侍医なのでは?」


 侍医は町医者とは違います。

 侍医は皇帝陛下を筆頭に皇族を診るのが主な仕事、町医者のように往診はなく常に医局にいるべきなのですが、


「先代の火の侯爵閣下お倒れになりまして、年齢が年齢ですし、侍医のマブダチ宣言により陛下が往診を許可されました」


 聞けば「俺は大丈夫だから」と送り出したらしいのですが……根拠は?


「陛下は幼い頃から一度も風邪をひいたことがありませんし、一日二十時間働いてもピンピンと元気な方なので」


 そうでした。

 ええ、そうでした、そうでした。


 生まれてから一度も風邪をひいたことがない。


 ええ、それが自慢だと聞いたことがあります。

 記録を更新していたのですね。


「一日二十時間労働がよくないのでは?」

「後継となるお子様が成人されるまで頑張るそうです。ちなみにリディア様に兆候は?」


 そこからですか?

 問い質したいですが、喜色満面なテオに何も言えません。


 言いたいことはありますよ。

 でも善意に好意ですし、陛下の計画は短くても十五年はかかるので労働環境の改善は当分……いえ、違います。


 そうではありません。

 問題は現在(いま)です。


「それででして、侍医の代わりにリディア様に診ていただくことはできないかと。もちろん侍医の元に人を送りますが、火の侯爵領までは距離がありまして」


「他に医師はいないの?」

「陛下が倒れるという緊急事態において、陛下の寝所に入れるのはそれぞれの部門の長と四侯爵のみなのです」


 なるほど。


「簡単な対処療法でよければ」

「それで十分ですよ。陛下は健康優良児なので、熱冷ましと滋養強壮の薬ですぐ治ります」


 健康が一番です。

 健康優良児……優良人、まあ、どちらでもいいですね。



「こちらが陛下の寝室です。侍女たちはこのように廊下に控えておりますので、遠慮なくお申しつけください」


 テオの説明に侍女たちの目がこちらに向いたので「お願いね」と声をかけて部屋の中に入ります。


 陛下の寝室は後宮と同じ外宮にありますが、陛下が皇妃たちの宮に通うのでここに来たのは初めてです。


「水の侯爵様」


 テオの言葉に、皇妃としてではなく侯爵としてきたことを思い出して姿勢を正します。



「熱があるわね。侍女長、水分補給を小まめにお願い」


 私の手の冷たさが気持ちよかったのか、陛下が手に顔を擦りよせました。

 可愛らしいです。


「咳は?」

「時折咳き込んでおります」


「解熱効果のある薬草と鎮咳効果のある薬草を入れましょう。陛下が最後に食事をしたのはいつかしら?」


「昨日の昼餉です」

「薬草粥にします、ここで作ることは?」


 調薬ではなく調理に変更したのですが、皇帝付きの侍従長とテオが揃って調理コンロとエプロンを差し出しました。

 優秀です。


「それでは調理の間に陛下のお召し替えを」

「分かりました」


 侯爵令嬢ですが母の教育方針で家事全般一通りできます。

 それにしてもこのエプロン、可愛いですが装飾過多というか非実用的というか、誰が着るものなのかしら?


 選び出した薬草を切って煮込んで、用意してもらった野菜を食べやすいようにすり下ろして。

 懐かしいです。


 寝込んだナディル様のために、陛下と私で薬や簡単なスープを用意して。

 そうそう、幼子が薬草を扱うのに驚いたのか傍を通る使用人たちは一様に驚いた顔をして、


「何か?」

「い、いいえ!」


 なぜかテオも彼らと同じような顔で鼻をハンカチで押さえています。


「テオも体調が悪い?それならこれを二人分作る……」

「いいえ!結構です!その、リディア様が手ずから作られたものを私などが口にするなど畏れ多い」


 余計な提案をしてしまいました。

 つい令嬢時代のように気やすく……あら?令嬢時代もよく断られたような……


「み、水の侯爵様。疲労回復の効果のある薬草を追加なさってはどうでしょう」

「そうですね」


 疲労回復の効果のある薬草。


「先日手に入った新種の薬草は効果は折り紙付きなのだけどニオイと味が少々個性的で」

「陛下なら大丈夫です、お願いします」


 そうですね。

 陛下の体が悪い気に負けたのは日頃の疲れの蓄積かもしれませんね。


「みんなも疲労回復の薬だけでもどうかしら?」

「いいえ、本当に結構です。新種の薬草は貴重ですし、ニオイだけで十分元気になれそうです」


「そうですか?みんなも倒れたら大変なので、疲労を感じたら遠慮なく言ってね」


 あら、侍女長のお顔が。

 「洗ってまいります」と言って手ぶらで廊下に出ていかれましたし。


「やっぱり疲労回復の効果がある薬を」

「侯爵様、お召し替えが終わりましたので陛下を起こして頂けますか?」


 陛下の侍従長の言葉に首を傾げます。


「起こすからお召し替えのときに起こしたほうがよかったのでは?」

「私の顔を見たら仕事のことを思い出して無理矢理起きて仕事をしようとするでしょう」


「それはだめね、体調不良をおして仕事をしても非効率的ですわ」

「そうです。ですから我々全員あの衝立の向こうに隠れます。侯爵様、よろしくお願いいたします」


 そういう間にみなさん衝立の向こうに隠れて、最後に侍従長。

 まあ、かくれんぼみたい。


 さあ、私は私の仕事を。

 普段は黒や紺ばかりで、白い寝衣を着る陛下を見るのは初めてで病人のように見えます。


 いやだわ、紛うことなき病人なのに。


「陛下、起きて下さいませ。……陛下!起きて下さいませ!」


 起きませんね。

 これ以上の大声は抵抗があるので、この広い寝台の中央に寝ていらっしゃるし、端っこに座らせていただきましょう。


「侯爵様」

「テオ?」


「お名前で呼んでみては?」

「名前でって、カダル様?」


 ……さすが、テオ。

 薄っすらですが目が開きましたわ。


 普段は冷たく感じる空色の瞳がキョトンとしていて、可愛らしい。


「体調はいかがですか?」

「……たいちょう?」


 理解できないという表情に思わず笑いが漏れます。


「風邪をひいたんですよ」

「これは夢だ」


「現実逃避したい気持ちは分かりますが、無病記録はここで止まりです、しっかり風邪です」

「あ、はい……え?」


 何を思ったのか陛下は慌てた様子で起き上がり、周り見渡しています。

 衝立は、うん、しっかり隠れてますね。


「このニオイは?」

「薬草粥を作りました」


「作った、リディアが?」

「はい、食べられそうですか?」

「無理だ、胸がいっぱいで……」


「まあ、胸が。消化不良でしょうか、それなら薬草の追加を」

「待て、待って」


 寝台から腰をあげようとしたとき、カダル様が私の手を引いて、


「カダル様?」


 思ったより強い力に驚いて。

 背中の柔らかい布団の感触と、覆いかぶさるような形になったカダル様に驚いて。


「……名前を」

「あ、申しわけありません!」


 さっき名前を呼んだ名残でつい、


「いや、咎めたわけではなくて、どうしてここにいるか……は、さっき聞いたな。このニオイも、薬草粥だとさっき聞いたな」


 順を追って状況を理解することは大切ですが、大切ですが、


「陛下、あの、その、……そろそろ退いて」

「え?は?え?いいのか?」


 なぜ許可を?

 退いていただけなければ起き上がれない……なぜそんなお表情(かお)を?


 え?


「リディア……」


 まるで閨でのことを始めるみたいに……カタッ?


 カダル様の手に顔を囚われているので、視線だけ音のした方をみると……衝立?

 あ!


「カダル様!待って、ストップ、ストップ、落ち着いてください!って、ひあんっ!」

「リディア」


「持ってってっ、いやっ」

「痛っ!」


 首筋に埋められたカダル様の顔を掴んで力ずくで引き剥がせば、カダル様の痛みを訴える声と、


 カツンッ


 ヘッドボードに何か硬いものがあたる音。


 あれは、指輪?

 いえ、耳環?

 ああ、いつもカダル様の耳についている、


「あっ」

「申しわけありません。いますぐに取って、あら、金具が……『リディアへ』?」


 リディアへ 愛を込めて カダル


「これ、は?」


 思わず耳環を両手で捧げ持つようにして訊ねると、カダル様はいろいろ唸り声を上げて、最後に溜め息。

 なぜかその音が『降参』と言っているようで、


「あーもー!これ、リディアの誕生日に贈ろうと思っていたやつ」

「誕生日に?耳環を?」


 痛そうだなと反射的に耳を覆って隠すと、カダル様は「違う」と少し悲しそうな音で呟きました。


「元は指輪で、リディアの十五歳の誕生日に渡して求婚しようと思っていたんだ」

「十五歳の、誕生日?」


 その日まで私はカダル様の婚約者だった。

 それなのに、求婚?


「俺たちの婚約は政治都合で始まったけど、俺はリディアが好きだった。リディアと結婚できるのを、リディアが成人する日を楽しみにしていたんだ」


 そう言うとカダル様は指輪を準備した経緯を教えてくださいました。

 ナディル様とエレナ様に教えてもらったそうです。


「渡せなかったから耳環にして、こうやってつけていたんだ」


 カダル様は私の手から耳環を取ると、慣れた仕草で鏡も使わず耳につけます。

 器用だなと思いますし、服ひとつ着るのにも侍従の手を借りる皇帝が自分で宝飾品を身につけるなんて。



「三年間毎日やっていれば慣れるさ、誰にも触れさせたくなかったからな」

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