第12話 雁字搦めの幸せ
物語の大幅改修に伴い追加しました。
「私、リディア様が陛下のお気持ちを知らないとは思いませんでしたわ、いままで何をしていたんですの?」
「何って……」
「何も説明せずに夫婦の行為を強いていたと、最低ですわ」
風の宮の主人であるフィーアは四人いる皇妃の中で最古参。
俺より二歳年上の二十六歳、姉御肌の性格もあるからか俺は彼女に頭が上がらない。
「お二人は婚約者だったのでしょう?」
「まあ」
「相思相愛でしたの?」
「きっと」
「事実から目を背けてはいけませんわ」
痛いところを突く。
「好きと言われていない」
「あら、それではリディア様には政略的な婚約だったかもしれませんね」
「そんなことは」
「分かりませんよ、リディア様は顔で笑って心で泣くタイプですわ。ちなみに陛下は好きと伝えたのですか?」
「もちろん……」
言った……ん?
言ったか?
……言っていない気がする。
「なるほど言っていないのですね」
「なぜ分かった?」
「顔に書いてありますわ」
フィーアがため息を吐く。
叱られている気がする。
「幼馴染みってそういうこと多いそうですね。幼い頃から一緒にいるから時機が計れないとか、改まって言うのは照れ臭いとか」
それ!
言い訳だが俺とリディアが婚約したとき、俺は十二歳でリディアは六歳。
「可愛い子だな」とは思ったが、結婚相手としての認識は実感を含めてなかった。
俺がリディアを『女の子』として見たのは、リディアが十二歳か十三歳の頃。
背が急に伸びて、顔立ちから幼さが消えて。
花のつぼみがほころぶ様に、リディアは瑞々しい色香を放つようになった。
そのころ俺は成人していて。
手を繋ぐだけで満足なリディアに何ができるわけでもなく、俺はリディアが成人を迎える十五歳の誕生日を待ちわびていた。
その間については、まあ、いろいろ。
リディアの亡き母である水の侯爵は「娘はまだ幼い」と脅す分、理解のある女性との関係には目をつぶってくださったので発散はできていた……いや、思考が暴走した。
「お酒をご用意しましょうか?恋話ですし」
「不要だ」
テーブルの上には茶と菓子が置かれているが、俺はいつも口にしない。
その理由も説明はしてあるし、フィーアも理解はしてくれているが、「何も出さないのは気持ちが悪い」ということで置かれている。
万が一を警戒して何も口にしないのはここだけではない。
火の宮でも土の宮でも同じで、それぞれの皇妃たちには説明している。
人間として気に入っているから、彼女たちと万が一を起こしたくない。
「そうですか。まあ、私はお酒抜きでも十分楽しいですし。それで、リディア様の十五歳の誕生日にやらかして告白しそこねたと」
「そんなこと言っていない」
当たっているが。
「当たりでしょう?陛下は分かりやすい方ですわ。リディア様が成人なさったら解禁されると浮かれて、ウッカリ足元をあのレオノーラにすくわれたと」
当たっている。
あのウッカリで俺の人生は変わり、皇弟から皇帝にジョブチェンジ。
「四侯爵家の直系のご令嬢、将来の水の侯爵の婚約者を寝取るなんてレオノーラ様も根性があちますわよね。それで、リディア様の婚約話をことごとく潰して『売れ残り』としたのは誰なのです?」
「リディアに水の侯爵になられまいとするルードリッヒの悪足掻きだろう」
「そうとは思えない巧妙なブロックがあったとも聞いていますが……まあ、いいでしょう」
よかった。
しかし十八のリディアで『売れ残り』なら……
「私の年齢が気になりますか?」
「いやいや、まさかまさか」
女とは実に恐ろしい生き物だと思う。
「リディア様がこんなところで一介の夫人になるのは勿体ないと思いますの。離縁をお考えになりません?」
「絶対に考えない」
『一介の夫人』とは皇后のことか?
一介とはなんだ?
「リディア様の自由をジャマせず夫になる者は在野にたくさんいますのに」
「地位、財産、容姿全てが俺以上の者がいるか?」
「陛下、同性のお友だちはいます?」
「甘やかされた弟らしい発言ですわ」とフィーアはコロコロ笑う。
女のコロコロ笑いほど怖いものはない。
「リディア様はどなたかが新しい恋の芽を摘み続けたせいで年齢よりも純粋ですわ。素直に愛を唄ってくださる方のほうが幸せになれると思いませんか?」
「俺はリディアを愛している」
「それをご本人にお伝えなさいませ、これだからヘタレ様は」
ヘタレたくなくても、ヘタレる理由が十分ある。
俺の皇妃になるけれど皇帝の命令にしてくれとリディアは言った。
好きな男がいるからと。
「陛下、女は男が思ったより数十倍早く失恋から立ち直るのですわ。焼け木杭には火が付きやすいといいますが、女側の恋心が残っている間だけです」
……そうなのか。
「陛下に頼まれたこととはいえ、リディア様が好いた方と結婚なさるのを私がジャマをしてしまった可能性がありますのよ」
本にしたら売れそうですわね、とフィーアが微笑む。
「陛下は恋のジャマをする悪役ですわね。悪の皇帝なんて使い古された設定ですが、最近は悪役令嬢とかが人気なのでクラシカルなジャンルはよいかもしれませんわ」
悪の皇帝。
好いた男がいるリディアにとって俺は悪でしかないだろう。
リディアが恋した男、どんな男なのだろう。
「素敵な方ですわよ?財力もあって、容姿は私の好みではありませんが」
「知っているのか?というか、どうして俺の考えていることが分かった?」
「私、超能力が使えますの」
「嘘をつくな」
「ええ、嘘ですわ」
……もうイヤだ。
リディアとの出会いで女運を使い果たしたに違いない。
「リディア様に聞いたのです」
「何を」
「陛下が嫌いか」
パワーワードをぶっこんできた。
「あのな、もう少し薄布に包んだ優しい聞き方はなかったのか?」
「薄布は誤解を生むことがあるから嫌いですの」
優しさが欲しい。
「普通聞くなら陛下が好きか聞くんじゃないか?」
「そこは私の優しさですわ」
優しさ、どこに?
「好きかと聞いたら『好きではない』と言われますが、嫌いかと聞けば『嫌いじゃない』と言われるでしょう?」
ん?フィーアが天才かと思えた。
俺、疲れているのか?
「で、答えは?」
「ナイショです。妻たちの内緒話は知らないほうが幸せですわよ♡」
妻たちが仲が良いのはいいこと。
いいことだよな?
「私は陛下が嫌いじゃありませんわよ、お金持ちですもの」
***
「陛下はあのリディア様を捨ててレオノーラ様を選んだのですよね、趣味が悪いのですねえ」
「分かっていてそれを言うそなたは性格が悪いな」
「私、これでも恋に憧れる純粋な十八歳ですのよ?リディア様と同い年」
「そういえばそうだな」
「好きな本は『ざまあ』ありならなんでも」
ざまあ……
「『ざまあ』はなかった」
「リディア様は優しいですわ。私だったら虐げた義家族の墜落に高笑いして、陛下よりハイスペックな男性と組んで退場しますわ」
俺もざまあの対象だった。
恋多き火の一門、容赦なさ過ぎだろう。
想像の中でしかないけど、リディアと腕を組む男に殺意がわく。
「私、皇弟時代の陛下とリディア様のことを応援していましたの」
「俺に婚約者がいないとそなたも参戦する羽目になるからな」
「そうですわ。サウザンド公爵閣下は私よりひと回り上だったので厄介なのは陛下だけ。火の粉を被らぬことだけを願っていたのに」
「厄介者で悪かったな」
「本当ですわ」
皮肉を華麗に受け入れたカサンドラ。
私が幸せなら良いと言い切る姿は羨ましいほど清々しい。
「まあ、こうしてリディア様とお話する機会を得られたので良しとしましょう」
「何でそんなに揃ってみんなリディアが好きなのだ?」
「ご自分の胸に手を当ててくださいな」
うん、リディアは傍にいて欲しくなる人だ。
可愛いとか、優しいとか簡単な一言ではない。
ずっと隣を歩いて欲しい、水のような女性。
婚姻式のとき、リディアを『中の上』と言った官吏がいたと報告を受けた。
ああいう男にはがリディアのいいところは一生見つけられないだろう。
ちなみに官吏たちは色々な者からお仕置きされていた、俺の出番かま回ってきたときには『もういいかな』と思う状態になっていた。
リディアは輝石の原石だ。
彼女のいつも一生懸命で、尊敬している。
優しいけれどお人好しではない。
他人のために頑張るけれど、自分が犠牲となるような真似をしない。
どうしようもなくなるまで必死に抗って、無理だとわかったら潔く諦める。
人の上に立つ人間の器があったら、きっと彼女の容をしているのだろう。
彼女の好きな男が、彼女を中の上と評価するようなバカな男なら良いのに。
それなら、そんな男なんて忘れてしまえって言える。
いや、言えないな。
言いたくない。
ほんの一瞬でもリディアにその男を思い出して欲しくない。




