【幕間】強かな皇妃たち
「緊張なさらないでくださいな、リディア様。借りてきたお猫様のようになってますわよ」
微笑みながらリディアに紅茶を差し出したのは、風の妃のフィーア。熱い紅茶がドレスにかかるお約束の展開はなく、適温の美味しい紅茶をすすったリディアはホッと息を吐いた。
風の一門は旅を好む者が多く、彼らは気の向くままに流れ着いた場所にすむ。そんな彼らの特性を活かした運送業を主とした商会の設立は侯爵家次女フィーアの考案だった。
そしてフィーアは国で一番運搬物が多いのは王宮だと悟ると風の皇妃の候補者に立候補していた。フィーアの父侯爵は権力欲がなく、先進的な物の考えをする上に娘のことをよく理解していたため、フィーアが皇妃になりたいと言ったときは喜ぶより「不敬過ぎる」と呆れた。
フィーアの商会が次に狙うのは支店の拡充。後に隣国までその腕を拡げたいと思っているが、まずは国内の主要都市に支店を置きたいと計画していた。
「リディア様、お作りになった野菜や薬草を、鮮度が高いうちにもっと遠くまで運びたいと思いませんか?」
予算問題を円滑に進めるなら国一番の権力者は確保しておきたいと、妖精のようなゆわふる系美女の外観を裏切る腹黒さでリディアに進言した。リディア本人の自覚はさておき、カダルのただひとつの寵愛がリディアに向けられているのは暗黙で理解されているのだ。
「あら利益を得るのはもちろん、遠くまで品質を落とさないなら薬草をクリーム状に加工するが宜しいのではなくて?水の宮の方々が使われているハンドクリームとか」
フィーアに遅れをとるまいと割り込んだのは、炎から生まれた女神のような妖艶な美女は火の皇妃のカサンドラ。
火の一門はとにかく気が強く、外観も武器と男女共に着飾る習慣がある。そして最近の女性の戦場は素肌の美しさ。あるとき装いの豪華さで負けた女性の「どんなに着飾ってもそんな老いた肌じゃ台無しよ」という捨て台詞から闘いの場は拡がったのだった。
火の侯爵家の四女に生まれ、年の離れた3人の姉から美について英才教育を受けていたカサンドラは薬草を原料にした美容品の開発に成功して商会を起こし、例の捨て台詞を追い風にして商会を大きくした。
カサンドラの次の狙いは王城で働く侍女たちである。火だの水だのの壁を越えられる上に、王城で働く彼女たちは行儀見習いが多いため将来の社交界での影響力が見込めた。
カサンドラが皇妃になった経緯はフィーアと似たり寄ったりであるし、若い頃は恋の花をたくさん咲かせた火の侯爵はカダルを見て「ありゃダメだ」と一門から皇后を出すのを諦めた。
カサンドラはもっと打算的で、侍女たちの歓心を一網打尽にするには大量生産が可能な施設が必要で、狙うならリディアを慈しみたい、ついでに自分好みに飾り立てたいと悶々としているカダルの懐だった。
「お二人の提案はとても素晴らしいですけれど、薬草作りは私の趣味で、うちの者たちは野菜作りで精一杯ですの」
「人材不足なら私が協力できますわ」
そういって微笑んだ土の皇妃のサシャ。風の一門と真逆で、生まれ育った土地で一生を終えることを好む土の一門は、旅人や流れ者から技術を伝え聞いて学び、力を身につけて一門を発展させていく能力に長けていた。
サシャにとって水の一門の野菜作りの技術はぜひ商会員に学ばせたい技術であり、可能ならばリディアから薬草について学んだ者を中心に薬草に関する教育機関を作りたいと思っていた。
薬草学を身につけた後継者がたくさん育てば、リディアが皇后になるときに憂いはないだろうと……すでにカダルを説得済みだったりする。だから今日のサシャの狙いはカダルの財布ではなくリディアである。
先に述べたように地の一門は自分の故郷が最高という者が多く、その一人だった伯爵家長女のサシャも王城に行くより伯爵領に隣接した貴族の次男辺りに嫁ぎたいと思っていた。
こうして皇妃になったのは土の一門で適齢かつ皇妃になりたいという令嬢が出尽くし、くじ引きで選ばれたからである。こうして選ばれて喜ぶわけもなく不貞腐れていたが、自分と一緒に来た一門の者が王城内で役立つ助っ人になっていることに気づいて人材を派遣する商会を起こし、そうこうしている間にリディアが来て「これが私がここに来た理由」と喜んだ。
「あの……なぜこんなに皆様、仲が良いのですか?」
リディアの言葉に皇妃たちはキョトンとし、次の瞬間ホホホッと笑った。
***
「未だにリディア様がそんな誤解をしていたとは知りませんでしたわ」
「陛下も意外とヘタレなのですわね」
「女性相手ならば百戦錬磨という見た目ですのに」
コロコロと実に楽しそうに笑う皇妃たちに囲まれながら、リディアは侍女に持ってこさせたハーブティーをカップに注ぐ。ふわりと心地よい香りが漂う。
リディアがブレンドした茶葉で、疲労回復と美白効果があると聞いて3人の目が輝いた―――実に商魂逞しい。
「最初の頃の皇妃様たちは陛下の皇后になりたいと無駄な努力と怪我をしましたが、20番目辺りからは婚活に来ていらしたわね。実際に私たちもそうですし……まあ仕事が楽しくて婚活を疎かにしていたので私など長く皇妃の地位にあるのですけれど」
そう言って微笑むフィーアだが、長いといっても2年くらいである。
「最初の頃の話は陛下やテオから聞き、酒の肴にしておりますの。特にうちの火の一門は気の強いものを送り込みましたからね。レオノーラ様相手にめげなかったそうですが……陛下のつれない対応に白旗を上げて実家に帰ってきた者多数ですわ」
裸で迫っても一切反応しないカダルにプライドを傷つけられた最初の火の皇妃は憤慨しながら離縁状を叩きつけ、泣きながら実家に帰ったものの、今まで自分の美貌を鼻にかけて威張っていたため待っていたのは他の令嬢たちの嘲笑だった。
「うちの姉たちが『最後は男よりも女友だち』と言っていた意味を痛いほど理解しましたわ……あれからもう少しで3年になるのに、いまだに火の一門の集まりでは嘲笑されていますわ。
「…火の一門は手厳しいですわね」
先の皇妃たちが泣きながら出戻って来るのに、皇妃候補が絶えなかったのはカダルの極上の容貌による。自分なら大丈夫と、自信家の令嬢たちはどんどん挑戦しては砕け散っていった。
「それで皆様、まあそれまでの過程で陛下のことが理解できたのでしょうが、婚活に切り替えていったのですわ。王城は夜会よりも将来有望な方が集まりますものね」
「そこが不思議なのですが……王城でどうやって皇妃が婚活しますの?」
リディアの疑問は最もだった。皇帝の妻である皇妃は立派な(?)人妻であり、火遊びにしても7親等全て処刑という罰則はリスキーと言えるレベルではない。
「陛下に直々に御願したそうですよ。その方は陛下が付けた護衛騎士に恋したそうで、あの方と結婚したいから離縁して欲しいと正々堂々正面から言ったそうです。命懸けだったかもしれませんが……結果オーライですわよね。陛下が仲介して熱烈アタックの末にその方に下賜されたそうです。後宮を出られるときの足取りはスキップに近かったとか」
素敵なロマンス♡と頬を染める3人の皇妃。
あまり気合は入れていないが彼女たちも婚活中であり、カサンドラは「高位貴族」「次男以降」「腕の立つ騎士」、フィーアは「後継ぎではない」「商人でも可」「外交官なんて理想的」、サシャは「実家の伯爵領から近いところに領地のある家の次男以降」と条件を既にカダルに伝えているらしい。
「ここだけの話ですが……私、リディア様がいらっしゃるまで陛下はあっちの方の能力はない方だと思っていましたの」
1人の爆弾発言にリディアはハーブティーを吹き出しかけ、他の2人は“うんうん”と力強く頷いた。
「な、なぜそんな風に……」
「大きい声では言えませんが、皇妃様たちの中には陛下に媚薬を盛った方も多いですのよ?出所確かな安全かつ効果も確かな媚薬もあったそうですが、盛られた陛下は一切変化なしの無反応だったそうですの」
「そうそう。私も聞きましたが、その薬の効果は確かという話で、僧侶だって……そうなる、抗うなんて絶対無理な代物だそうですよ?反応するモノが無いって思うのが自然ではなくて?」




