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第9話 「好き」に対する答え

大幅改修に伴い追加しました(短めです)。

「また来る」


陛下の背中が閉じた扉の向こうに行くと、私は体の気怠さに負けて枕に寄りかかる。首を巡らせて窓の外を見れば既に明るく、使用人たちが1日の活動をし始めている気配も感じる。


いつもなら私も動きやすいワンピースを着て、彼らに混じって農作業をしているところ。


皇妃になったら農作業なんて無理だと思っていたけれど、陛下には4人の皇妃以外の愛妾がいらっしゃらないので、4つの宮の他の宮殿は庭も屋敷も荒れ果てていて、陛下はそこの3つを私に下さった。おかげで私は皇妃として義務のあるとき以外はそこで過ごしている。


……皇妃としての義務。


皇后ではない皇妃には外宮に関わることはありません。ただ陛下の妻として……私たちに望まれるのはこの国の守りの要である聖魔法の跡継ぎを産むことです。皇帝にはこの国を繁栄に導く義務があり、子を成すことは重要です。私だって水魔法使いの直系、後継ぎとなる子を成す重要性は理解しております。


肌を合わせるのはそのため……私の名を熱く呼ぶ陛下を思い出しても虚しいだけです。あの方は私だけの御方ではありません。


「また……あと何回来るのかしらね」


ここには私の他に3人の皇妃がいて、他の皇妃様とも夜をお過ごしになります……法律だから仕方がないのだから、と自分を慰めるには彼女たちはとても美しい方々です。


私がここに来るまでいらっしゃった26人の元皇妃様は苛烈な性格の方が多かったそうですが、今の3人の皇妃様は皆様おだやかな性格の方たちのようです。どこの家門も苛烈な性格の御令嬢、侍女たち曰く『肉食系女子』とやらを出し尽くしてしまったのでしょう。


陛下と他の皇妃様のことを知っても……仕方がないので耳を塞いでいるのに、なぜか聞こえてくるのです。後宮は皇帝陛下の寵を競う女の戦場……情報戦もあるのです。


後宮に配属されている王宮の騎士様たちや出入りの商人は情報通です。


この前は火の皇妃様の宮に陛下が三刻ほど滞在したとか、その前は風の皇妃様に陛下がたくさんの贈り物をしたとか……そんな話を聞くたびに心がぎゅうっとなってしまうのは……初恋の君との結婚を喜んでいた私の中の少女の仕業でしょう。


私と陛下の間にあるのは法律と義務感……そして契約。


陛下は水の魔法使いの子を欲しがる理由は言いませんでしたが、恐らく皇族に強力な水の魔法使いがいないからでしょう。水の侯爵家の直系は母や祖父のように一対一の恋愛結婚を好む方が多かったので、法律のせいとはいえ一対多数を余儀なくされる皇帝陛下との結婚には眉を顰め続け……その結果、実は水の皇妃になった直系は私が初めてだったりします。


それに……先代水の侯爵である母への恩義もあるかもしれません。


陛下と私はワケありの契約結婚……それなのに……なぜ陛下は私の心に甘い熱を残していかれるのでしょう……こんなのつらくなるだけですわ。


火曜日の夜、夜空に浮かぶ白い月を見ては、陛下の手が火の皇妃様の肌に触れるのだと思って心が痛くなります。


金曜日の夜、夜空の漆黒に陛下の髪を思い出し、風の皇妃様の指が陛下の髪に潜り込むのを想像して切なくなります。


土曜日の夜、闇夜を照らす灯篭の中に灯る火を見て、土の皇妃様の赤い紅をさした唇に陛下の唇が触れるのを思って涙が出ます。


理屈じゃありません……ただ無性に泣きたくなるのです。


何も知らない少女のままだったら良かったのに……陛下が私に灯した燻る熱が恨めしい。


私に「好き」なんて感情はもういらないのです。私は陛下に恋などせず子ができたらその子と一緒に陛下を愛そうと思っていました……愛なら……家族愛とか夫婦愛とかいろいろな形があるので受け入れられやすい……。


私はカダル様に恋をしている……3年前から、今も。


ほんの少しだけ目元を崩すカダル様の笑顔が好きでした。カダル様によく似た陛下の笑顔は私の胸を苦しくさせます。


優しい言葉をかけるときだけ少しだけ口調がゆっくりになるカダル様の声が好きでした。目を閉じればカダル様の声が聴こえるから、陛下の気遣う声は私を切なくさせます。


『ディー』と愛称で私を呼んで差し出されたカダル様の手は……私の肌に触れる陛下と同じ手なのに、私を『皇妃』としか呼ばない陛下に涙が出そうになります。


陛下は無情な方ではないので、褥を共にする皇妃に一片の情を見せない方ではありません。


義務だと分かっているのに、小さな蝋燭に灯る火だけが照らす閨で私をぎゅうっと抱きしめる腕の力に愛情を感じることがあります。肌に触れる唇は熱く、その甘さに理性を溶かされて「好き」と言いそうになったことは数えきれないほどあります。


ワケありで皇妃となった私が「好き」と言ったらこの関係に障りが生じてしまうかもしれません。ただでさえ幼馴染の元婚約者の私を持て余しているはずで……陛下はお優しいので、私が「好き」と言っても聞かぬ振りをするか、嘘と分からない表情で「嬉しい」と言って下さるかもしれません。


そんな答えはいりません……そんな優しさも……皇帝と皇妃として「好き」が正しく受け入れられるくらいなら、男と女として拒絶されたいです。


……でももう男と女にはなれない。この関係には、私を含めた多くの方の義務と期待があるのですから。未だ陛下の温もりが残る寝台さえ憎いと感じてしまう私を陛下がお知りになることは決してないのです。


「好き」の答えは永遠に望めない……まさかこんなに辛いなんて。

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