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第1話 事実が真実とは限らない

「読みにくい」という指摘があったので、登場人物の誰かの視点で物語を進める形に変更しました。

「ここに来るのは久しぶりだな」


 僕の呟いた声は目の前のガラスで跳ね返る。

 ガラスの向こうに見えるのはこの国の全ての中心である王宮。

 

 王都のガイドブックで『必見』といわれる荘厳な建物は、千年前に造られても時代によって変化する文化や芸術を取り入れてきたので古臭いという印象はない。


 王宮の表の顔として建っているのが外宮。

 ここは皇帝が政務や外国の使節団との謁見を行う場であり、国家的な儀式もここで行われる。


 国家的な儀式の例としては皇帝の婚姻式。

 皇族の血をつなぐことは政治・経済・国家の信用のためにも重要なことで、皇族の筆頭である皇帝の婚姻となれば最上級の扱いとなる儀式。


 その重要な儀式がこれから行われる。

 それなのに僕は王宮が見えるところにいる。


「何でこんなことに」

「今回に限って場所を変えるなんて」


 王宮の官吏たちが走り回っている。

 彼らは国のエリートで、普段の彼らは落ち着いた風情で静々と王宮内を移動しているのだが、いまは『バタバタ』という音が相応しい状態になっている。



―――水の侯爵家のリディア嬢を皇妃に迎える。


 皇帝のこの一言は官吏たちをそんなに驚かせなかった。

 慣習に従えば想定内の宣言であっただろう。


 驚いた一部の者はリディアが皇帝陛下の元婚約者だったことを覚えていたからだろうか。


 それはさておき、皇帝がまた婚姻式を挙げることは必須事項だった。

 多くの者が『またか』と思っただろう。


 なぜなら今帝の婚姻式は今回の分を含めれば三十回目。


 三年間で三十回。

 最近少しペースが落ちたとはいえ、一時期は毎週のように式を挙げていた。


 五回目を超えたあたりから皇帝の指示は「いつも通りで」となった。

 官吏は優秀な者が多いため、十回目を超えたあたりから婚姻式の準備期間は従来の十分の一に短縮された。


 婚姻式のときに皇帝が着る衣装となれば文化の粋を集めた芸術品。

 一つでもそれなりの金額、いくつも作っていたら国庫に影響を与える。

 五回で累積された金額が結構なものになったので、それ以降の式については「適当に使いまわせ」という皇帝の言葉に衣装係は従っている。


 こんな慣れが今回の『バタバタ』を招いた。

 三十回目の婚姻式、官吏も侍従も『いつも通り』で準備していた。


 国の威信をかけた婚姻式が『いつも通り』で処理されるのもどうかと思うが、三十回目なのは事実だった。

 


―――婚姻式は離宮で行う。


 『いつも通り』で処理してきた皇帝が一体どうした?

 その場に集まっていた者たちがそう思うほど、皇帝のその宣言は青天の霹靂だった。


―――離宮で、婚姻式を行う……ですか?離宮で、婚姻式を、ですか?


 侍従長が聞き直したが答えは変わらなかった。


 一同『え?』と思っていたが皇帝の言っていることである。

 返事は「御意」しかありえない。


 頭を垂れた一同を満足気に見回した皇帝が玉座を去ると、室内はハチの巣をつついたような騒ぎになった。


 あの日から官吏たちの休みはなくなり、王宮はブラックな職場に早変わりした。


 皇帝が聖魔法の使い手なのも彼らの不幸だった。

 皇帝自身が準備の進捗を確認にくるという異例の事態に戸惑う彼らに、「苦労をかけるな」と労わる声とともに掛けられる回復魔法。


 体の疲れはとれるが、精神的な疲労感は消えない。

 それでも皇帝の聖魔法など一生に一度うけれるかどうかわからない名誉、体力は回復しているから馬車馬のごとき働きは継続しなければならない。

 


「官吏たちは疲れ切っているけれど、侍女や下人たちはそんなに疲れが見えないね。何年も無人だった離宮がこんなにきれいに、庭だって荒れていただろうに」


 離宮の管理費に十分な予算をあてられなかったため、この離宮はいつも薄汚れていて、壁や床などの老朽化をとめることはできなかった。

 しかし現在は新築同様にあちこちが光り輝いている。


「陛下御自身が陣頭指揮をとっていたこともありますが、侍女や下人たちについては式典に協力したいという者が多かったのです。多過ぎたため抽選が行われ、担当になれなかった者は休み時間や休日にボランティアで会場整備に協力したそうです」


 五年前まで皇帝だった僕の侍従長と秘書官を兼任してくれていたナダルの言葉に口許が緩む。


「小さな頃からここに出入りしていたリディア姫を知る者が多くて驚きました」

「人懐こくて誰とでも仲良くなる子だったからね」


 本人にその自覚はないし、


「若い官吏たちその辺りの理解が足りないようだ」


 扉の向こう、廊下を行き交う若い男性の声に苦笑する。


 暴虐妃の後釜。

 あの美人の妹。

 中の上。


「歴史の理解が足りないね、ゆとり教育の悪影響かな」

「あの者たちは私が直々に教育し直します」


 そう言うナセルの表情をみて、ナセルもリディアを「姫」をつけてまで可愛がっていたことを思い出す。

 明るい将来がこの瞬間に霧散した顔も知らない男たちに少しだけ同情した。



「いらしたようですね」


 扉の向こうが賑やかになり、ナセルの言葉に頷く。

 自分の服装に乱れがないか確認し、その間にナセルは傍仕えに相応しい場所に立つ。


「兄上」


 扉を開けて入ってきた男に笑いかけて、臣下の礼をとる。


「帝国の太陽である皇帝陛下……」

「止めてください、兄上」


 苦笑する声に顔をあげると、今帝であり実弟であるカダルが苦笑していた。


 我が弟ながら恐ろしいほどの美形。

 窓から射しこむ陽光が艶やかな黒髪に上で踊るように煌めいている。


 金髪の僕とカダルは色だけでなく顔立ちも似ていない。

 いや、僕も美形の部類ではあるけれどジャンルが違う。


 全く似ていないけれど、僕とカダルは同父同母の兄弟。

 カダルなら異母兄弟でも仲良くできたと思うし、僕と亡き母の関係を思い出すと「彼女()とは()さぬ仲でありたかったな」と思うけれど……。


 やめよう。

 亡き母とのことは晴れの日に思い出すことではない。



「義姉上はお元気ですか?」

「エレナは元気だよ。彼女も式に出席したかったが、まあ、他の妃の親族たちの目があるから我慢するそうだ」


 僕の言葉に苦笑したカダルの表情が心配げなものに変わる。


「兄上、顔色が優れませんが体調が?それとも、やはり離宮(ここ)にいるのは気分が悪いですか?」


 ほんの少し泣きそうな表情。

 カダルも同じことを思い出しているのだ。



 この離宮は僕とカダルにとって悪い思い出も多い。

 カダルの泣き顔ばかり思い浮かぶのがその証拠。


 まあ、五歳を過ぎた辺りから人前で泣かなくなったが。

 

―――薬ができるまで頑張って。


 幼い頃のカダルの声が蘇る。

 思わず目の前に立つカダルの手を見て、大きくなって手に「昔は可愛かったな」と思った。


 食べ物や飲み物に毒が混入されるのはいつものことだった。

 我ながら『いつも』というのもどうなんだと思うが事実だった。


 毒を飲んで死にそうになるたび、深淵に落ちていく僕を引き留めたのはカダルの小さな手。

 幼い子どもの手は小さいのに、すがるように握れば想像以上の力で握り返されたことを覚えている。


 毒を飲むのが日常的過ぎた。

 毒によってもたらされた苦痛は一分が一日のように感じる地獄なのに、「今回の毒は結構強いな」なんて思えるほどの余裕があったりした。


 そんな僕とは対照的にカダルはいつも大泣き。


 「兄上ぇ」と僕にすがりついて泣くこの弟のために僕は死ねないと思った。

 そういう意味では僕を生かしたのはこの弟だったのだろう。



「昔は可愛かったのにねえ」

「やめてください」


 そう言って笑うカダルの、こんな笑顔は久しぶりだった。

 安堵する気持ちに「手にかかる弟だ」と思えることが嬉しい。


「ナセル、疲労回復薬を二本持ってきてくれ。今日は最後まで参加したい」

「珍しいですね、いつもは不味いといって嫌厭なさるのに」


「ここにいたら、あれよりはマシだと思ってね」


 僕の言葉にカダルは笑う。

 カダルもリディアの作る解毒薬を思い出したのだろう。


 母君から教えてもらったというリディアの解毒薬はよく効くのだが、こう……刺激臭が漂う「これのほうが毒っぽい」と思わせる代物。

 「鼻を擽る」とか「ほのかに漂う」なんて可愛らしいものではなく、全ての嗅覚を奪って殺すような、叩き付けるような刺激臭。


「ここ十数年はお世話になっていないのに思い出すと悪寒が」

「疲労回復薬と一緒にワインをお持ちしますね」


 そういってナセルは部屋を出ていく。


 待つこと数分。

 部屋に戻ってきたナセルの持つ盆には疲労回復薬と銀杯が二つずつ。


 まずは黙って疲労回復薬を飲む。

 んー、薬草で作られているからと分かっているが微妙な草の味。


「やっぱり不味いね」

「それでもリディア印よりはマシです」


 リディアの名前をカダルが口にするのはずいぶんと久しぶり。

 でも音に混じる重さは変わらない。



 この弟が『女狂いの皇帝』とはねえ。

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