交差点で馳せる思いは
「葵ちゃんと同じ中学に行きたい……けど駄目?」
小学四年生の娘が、遠慮がちに私と夫に伝えた様子を思い出しながら歩いていたせいか、いつもより歩調がゆっくりだったらしい。
気づいた時には目の前の交差点の信号が赤に変わっていた。
(あーあ、やっちゃった。ここの信号に引っ掛かると
あとに響くんだよね)
私は諦めて携帯を取り出そうとして、手を止めた。
信号待ちの車の先頭が、サーフボードをのせた車だったからだ。冬なのに日焼けした青年が、恋人らしき女性を助手席に乗せ談笑している様子が見えた。
――懐かしい
若い時にサーファーの彼氏に誘われてボディボードに挑戦してみたことがある。
全然上手くならなくて、それでも彼が根気強く教えてくれたおかげで簡単な技を覚えられた。
その時の「な?できただろ?」と自分のことのように喜んだ彼の笑顔と、その頃の自分の若さを思い出し、どこか憧憬に似た思いがよぎる。
過去に思いを馳せていた私は、どこかで鳴ったクラクションの音でハッと我に帰った。
少し後ろめたさを感じながらもその思いを振り払うように、視線を車から逸らす。
覗き見るつもりはなかったが、横に立つサラリーマンの持っていた携帯の待ち受け画面が目に入った。家族でケーキを囲んでいるもので、中心には我が子と同じくらいの女の子が満面の笑みを浮かべている。
――いい笑顔……
再び娘の願いを思いだす。
近所には公立の中学校があり、ほとんどの同級生はそちらに通う。けれど葵ちゃんの両親は教育熱心で、昔から私立中学への受験を公言していた。
我が家には私立受験をさせられるほどの金銭的余裕はない。それに今は親友と呼んでいても小学生の友情など、移ろいやすいものだ。
――娘には悪いけどできないものは仕方ない
娘のガッカリした顔を想像し、子どもに選択肢も与えられない自分に嫌気がさす。
ふと、未来を夢見た自分を思い出した。
サーファーの彼と、結婚したらと語り合った日、彼は海のそばに住んで子どもとサーフィンをしたいと言った。
そして今、
私が選んだ夫は、娘には将来を選ばせたいから受験をしたいというなら頑張ってみようかと言った。
私はもう、選ぶ方じゃない。
選ぶ道を示す方になったのだ。
一方通行ではない道を。
信号が青に変わり、直進したサーファーの車はあっという間に視界から消えた。
――頑張ってみるか
私は昨日までとは違う心持ちで足を踏み出した。