女神の愛し子は神獣をモフモフしない!
『モフモフしないのか?』
「なんで? 嫌よ!」
何故この娘は我をモフモフせんのか……若い娘は我のような愛くるしい小動物をモフモフするのが生き甲斐ではないのか!?
「若い娘でひとくくりにしない! そういうのが嫌な子だってごまんといるわよ」
そうなの!?
〈話は少し前に遡る〉
「貴方達、私をメイベル・サザーランドと知っての凶行ですか」
「サザーランド侯爵令嬢? 知らんなぁ。お前は既に家から放逐された、ただのメイベル。ここで人知れず死ぬだけよ」
灯りもない薄暗い夜の街道を往く一台の馬車を取り囲む野盗と思しき一団。
(その正体はとある輩に彼女を殺せと命じられて野盗のフリをしている騎士団だな)
サザーランド侯爵令嬢と名乗るその娘、メイベルがお付きの者もなく、こんな時間に1人で馬車に乗っていたのは、今から修道院に送られるため。
彼女はこの王国の王太子ジョゼフの婚約者であったが、これに不服な王太子は己が寵愛する彼女の異母妹を正妃とするために、メイベルが異母妹を殺害しようとしたと冤罪をかけ、婚約破棄の上追放したのだ。
(それだけに飽き足らず、命まで狙うとはな……)
愛の無い政略で結ばれた夫婦の下に生まれ、粗略に扱われた上の子と、愛人との間に生まれて幼い頃から可愛がられた下の子との確執。よくある話だ。
(我も長く生きてきたから、こういうことは何度も見てきた。一々介入していたらキリが無いが、愛し子とあればそう言うわけにもいかん)
「死ねっ!」
一人共をしていた御者も仕込まれていた者であったのか既に逃亡し、孤立無援のメイベルに向け凶刃が振り下ろされたそのとき、野盗の群れ目がけて雷光がほとばしり、その爆風で一団をまとめて吹き飛ばした。
「な……なに、今のは、いったい……」
『怪我はないか愛し子よ』
戸惑うメイベルの脳内に直接語り掛ける声。念話と呼ばれるその行為は、一部の上級魔導士にしか使うことが出来ぬ業。もしかしたら高名な魔導士が通りすがりに助けてくれたのかと思い周囲を見回すが、目の前にいるのは1頭の子犬のような何か。
『何をそんなにキョロキョロしている。話しかけているのは我だ』
「え? 犬が喋った!」
『犬ではない! 我は女神さまの使いの神獣である』
◆
『そこから「わー神獣! 可愛い! モフモフさせてー!」ってなるのではないか普通は』
「こんな死屍累々の状況でそんなことする人間なんて、頭がイカれたとしか思えません」
死の際に追いやられたときはいささか取り乱してはいたものの、この娘、今はすでに落ち着きを取り戻して状況を理解しつつある。それでこそ愛し子よ。
「その愛し子って何?」
『そなたは女神さまの愛し子。よって、女神さまの使いである我がそなたの元へと遣わされたのだ』
「意味が分かりません……」
そうであろうそうであろう。我もすでに神獣として生きて六百有余年、多くの愛し子を見てきたが、みな最初は訳が分からぬという顔をしておった。
だが愛くるしい我をモフモフしているうちに仲良くなっていくのだ。
『なので遠慮なくモフモフするがいい』
「だから嫌ですと申したはずです」
『なんで!?』
「命を助けていただいてこう言うのも失礼ですが、私、犬畜生が好きではありませんの」
えぇ~、そうなの~!
『ならば姿を変えよう。猫でも兎でも、小鳥でも変化出来るぞ』
「申し訳ありません。犬畜生と申しましたが、動物全般がダメなのです」
ならば……これでどうだ! (ボフンッ!)
「これならどうだ」
「……最低」
「え?」
「服くらい着なさいよ」
しまった! 人化したはいいが、服を着ていない。ただの変質者ではないか! (ボフン!)
「すまん、しばらく人化していなかったゆえ失念していた。人の姿なら問題なかろう」
「え……イヤ」
なんで! この姿形、君の好みを全部集めた完璧仕様の男性なんですけど。
「何故私の好みをご存じなのですか」
「それは君に仕える神獣だから、君の考えは分かるさ」
「人の心を勝手に読むとか、デリカシーの欠片もありませんわね! そ・れ・に! 貴方がいかに私の好みの男性の姿をしたところで、元は犬畜生だったというのが頭から離れません! だったら犬のままの方が百倍マシですわ!」
わがままな娘だな。そこまで言うなら犬に戻ろう。(ボフン!)
『これでよいか』
「犬に戻ると急に念話に変わるのですね」
『人間の世界で犬が喋ってはホラーでしかないだろう』
「まあそうですわね。それで、私が愛し子と仰いますが、私にいったい何をしろと」
ようやく本題に入れる。
愛し子とは女神さまの寵愛を一身に受け、その御力を借りて世の繁栄を支える大事な仕事なのだ。
「女神さまの力?」
『先ほど見た雷光。あれもその力の1つじゃ』
正確には愛し子が願う思いを、我を通じて具現化した力であるがな。
『先ほどそなたは「死にたくない! 助けて!」と思ったはず。その願いが力となり、我を通じて具現化したのだ』
「その力って、私が願えば何でも叶うの?」
『ん? まあ大抵のことは』
「なら今すぐに王国を滅ぼしたい」
『それはダメ!』
愛し子の力はあくまで世の繁栄を支えるためのものなのよ。殺すとか滅ぼすとか、そういう物騒なのは契約の範囲外よ。
「さっき私を襲った奴らは滅したじゃない」
『あれは愛し子に身の危険が迫ったから。緊急避難的処置です』
それを聞いてぶーぶー文句を言うメイベル。ちょっと……この子、闇深くないですか?
「当たり前でしょ! 私は王太子妃になるために血の滲むような努力してきたのよ。それを……あんなポッと出のマナーも教養も足りない顔だけの異母妹の方がいいって! 頭スッカスカの男に十数年の人生を捧げた私の気持ちが貴方に分かるの!」
十数年……六百年生きた我からすれば些細な時間だけど、これを言うと怒られるのは前の愛し子で学習済みなので、黙って聞いておこう。
「そんな私に向かって愛し子だから国を、民を慈しめとか何の冗談よ。だいたい来るんだったらもっと早く来なさいよ! それこそ婚約破棄される前に来いっての!」
我は女神さまに指示されて来ただけだからそんなに怒られても困るんだが、仰ることはごもっともだな……侯爵令嬢の身分のうちに愛し子だと分かれば、国王も含めて下にも置かぬ待遇になったであろうから。
『ちょっと待ってろ。少し確認する』
『……あーあー、女神さま、聞こえますかー?』
<どうしたのキョロちゃん>
『そのキョロちゃんって名前いい加減やめてもらえませんか!』
<六百年もキョロちゃんなんだからいい加減慣れなさい。それで、愛し子ちゃんとは仲良くなれた?>
『知ってて言ってますよね! メチャメチャ不機嫌ですよ! しかもモフモフ完全拒否、仲良くなれる気配ゼロっす』
<そうは言ってもねえ……愛し子の選び方を変えて初めての相手だから、ま、そこは神獣六百年のベテランなんだから、経験を基に上手いことやって頂戴>
『ウン千年も女神をやってるオバ……』
<ストップ、それ以上はいくらキョロちゃんでも言ったらお仕置きよ。じゃあメイベルちゃん、キョロちゃんのことよろしくねー>
『ちょ、コラ、ババア! 勝手に話を終わらせんなー!』
『…………はぁー』
「何、何よ。今のって……」
『今のが女神さまだ』
「ホントに? 軽すぎませんか?」
我もそう思う。先輩の神獣様が「女神さまに仕えるは苦難の道ぞ」なんて仰々しく言っていて、「艱難辛苦どんとこい」なんて軽口を叩いたものだが、今ならその意味がよく分かる。
「で、さっき女神さまが言っていた、愛し子の選び方を変えて初めての相手ってどういうこと?」
『それはだな……』
古来から愛し子と神獣は一心同体。仲が悪ければ女神さまの力が顕現しても、その効果が薄れてしまう。
『だから神獣と愛し子は常に密接でなくてはならない』
「そのためにモフモフってこと?」
『そういうことだ』
我もそういうものだと思っていた。だが、最近の愛し子はモフモフし過ぎて「はぁ~極楽極楽」と、本来の愛し子の責務を忘れ、やれスローライフだの、やれ頼ってきてももう遅いだのと言って自由気ままに暮らす者が続出。
そんなわけで次はまともな愛し子を選んでくれと神獣たち全員で女神さまに直訴したところ、「そんなに言うなら最強の愛し子を選んであげる」と言われてやってきたのがこのメイベルなのだ。
『ただタイミングが悪かったよなぁ。絶対分かっててこのタイミングで遣わしたとしか思えない』
「そう……貴方も苦労しているのね」
『分かってくれたか愛し子よ。ならばモフモフ……』
「しないって」
なんで! 今ちょっと同情してくれたじゃん!
「モフモフって絶対なの? むしろそのせいで愛し子が仕事しない原因としか思えないけど。それとも、本当はそんなの関係なくモフモフして欲しいの?」
『いや……むしろやらなくていいなら勘弁してほしいんだが、女の子はモフモフしたいのではないのか?』
今までだって愛し子だけでなく、訪れた先々で小さい子に「わぁ~モフモフ~」ってされ続けたんだが……
「そりゃあ飼い主と思われている愛し子がモフモフしていれば、そういうのが好きな子は寄ってくるでしょう。動物が苦手な子はそもそも寄ってこないわよ」
『そうなのか……我はてっきりそれが絶対のコミュニケーションだと勘違いしておった……』
「刷り込みって怖いわね」
そうであったのか……だがそれでは我は主と如何にして仲良くなればよいのだ。
「信頼関係が築ければいいんじゃないかしら?」
『信頼関係?』
メイベルはそう言うと、我に助けられたのは事実であり、これから生きていこうにも貴族籍を失った自分が一人で生きていけるわけでもないから、我と共に行くと言う。
「今はまだ心の整理が付かないから、貴方の言う愛し子としての責務が本当に果たせるかは分からないけど、一緒に付いてくるなら受けた恩くらいは返してもいいわよ」
『良いのか。犬畜生は苦手なのではないか』
「生きるか死ぬかの瀬戸際で贅沢は言っていられないでしょう。死ぬよりかはマシよ」
『リアリストなご令嬢だな。まあそういうことならよろしく頼むぞ』
「ええ、よろしくねキョロちゃん」
『その名前やめて……』
「じゃあどうしましょうかしら……それならモフちゃんにでもしましょうかしら(モフモフ)」
……モフモフしおったぞこの娘。なんだかんだ言ってやはりモフモフしたいのではないか!
「違うわよ。確認しただけ」
『確認?』
「あなたの毛、たしかに上質だわ。いざとなったら皮を剥いで売りさばけば、いいお金になると思ってね」
『怖っ!!』
「そうならなようによろしくねモフちゃん」
とんでもねえ愛し子に当たってしまったな……まああのババ……女神さまが選んだだけはある。
『とりあえずどうする?』
「うーん、襲ってきた奴が全滅したことを知られれば、私が生きていると思って追手が来るだろうから、どこか違う国に逃げてほとぼりが冷めるのを待ちましょうか」
『その間にスローライフとか思ってます?』
「大丈夫よ。貴方に受けた恩義の分だけはちゃんと愛し子の仕事をするわよ」
その後、愛し子メイベルが悪徳商人から村娘を守ったり、野獣の群れを撃退して辺境伯に愛を囁かれたり、女神の加護が消えた母国の苦境を助けたりするのは別の話……のはず。
『ホントにモフモフしなくてもいいのね』
「そのときは貴方の皮を剝ぐときよ!」
『怖っ!!』
お読みいただきありがとうございました。
プロローグ短編みたいな形で恐縮です。モフモフしない令嬢が書きたかっただけなんですが、面白かったよと言っていただける方はポイント評価してくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。