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鬼灯の君

作者: 乾燥人生

月と僕の背丈が同じになった。

星は踊り木々は明日を夢見て優しく揺れる。

どこか淋しさを含んでいる波の音色は

行き止まりの僕の心を代弁してくれているみたいだ。

そんな夜だった

君を見つけてしまったのは。

砂浜から伸びた短い桟橋

果てしない道の先

星降る月夜に似合わない涙を流す君が居た。

「どうしたの」なんて言葉は必要無い。

君は僕を知っているし僕は君を知っているんだろう。

初めて見る君に何故かそんな思いを抱いて

僕は行き止まりの道を歩いた。


「また初めましてだね」

透き通るような柔らかい泣き声は僕の鼓膜を内側からも叩いた。


僕を見て君は泣く

過去を想って


君を見て僕は泣く

明日を望んで


「待たせてごめん」


僕の口から言葉が勝手に外へ走る

初めて会うのに

待たせるための会う約束もしていないのに

自然と言葉は駆けた


世界が眠り月が僕らと目線を合わせる時間。

そこから半刻

僕は鬼灯の恋をする。


何度目の偽りだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おーい早く行こうぜ」

餌をねだる犬のように忙しく身体を動かし不満を表しながら僕に向かってそう声を張り上げる男

「もうちょっと待てって!」

そんな犬を躾ける為にわざとゆっくりと準備をする男


佐々木翔太と僕、本田悠真

なんの取り柄も夢もない15歳のありふれた男子中学生だ


「早くしねーと祭り始まるって」

翔太は我慢できずに声を荒げる

そろそろ本気で怒られそうだな、なんてことを呑気に考えながら緩くなった靴紐と気持ちを締め直す

「お待たせ」

そうため息を含んだ返事をして僕は玄関を出た

「おせーよ」

不機嫌そうに呟いた翔太の言葉からは少し愉しそうな香りがした

何でこいつこんな元気なんだよ

「よっしゃ行くかあ」

そう言って長い坂道を歩き始めた翔太の背中を追った



瀬戸内海にある人口300人程度の小さな島

小学校と中学校はあるが俺たちの学年は全員で4人。

うち2人はあまりにも気が合わない為顔を見るのすら避けるレベルだ。

しかも最悪なことにこの島には俺たち以外に学生が居ない。

以前までは3つ下に男の子が1人居たが本土の方に引っ越して行った。

娯楽と言えば海と山と川。

あとは海沿いの公道にある1人の老婆が営む商店でアイスを買って食べることくらいだ。

つまらない。そりゃこんな生活一刻も早く抜け出す為に本土に行くよな。

14年もこんな生活を送っているといい加減嫌気がさしてくる。

変わらない毎日

変われない毎日

本当に時間が進んでいるのか怪しいくらいだ。

こんな島に永住している奴らはどうかしてる、なんて毎日この小さな世界への不満を翔太とぶつけ合って生きてきた。

そんな翔太が毎年この日になると不満を忘れる。

今も俺の横で

「早く始まんねえかなあ〜」

なんて信じられないほど情けない声を

気色の悪いにやけ顔で発している。

吐きそうだ。

こんな小さな島で行われる小さな祭りの何が楽しいのか俺には全く理解できない。

この祭りでは屋台がチラホラ出て2、3発花火が上がる。あとは島の伝統行事で海に鬼灯の花を流す事くらいしかしていない。

こいつ何が悲しくてこんなクソみたいな祭り楽しみにしてんだ?

変な奴だとは思っていたがやっぱり気が触れているらしい。

まあ15年もこの島にいればそうなるか。


そんなことを考えていると祭りの開始を告げる花火が上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「悠真どの鬼灯にすんの?」

翔太が真剣な表情で俺に問いかけてくる。

「別にどれでもいいだろ」

あまりの真剣さに呆れて笑ってしまった俺がそう告げると

「馬鹿!お前俺らみたいに周りに女の子が婆さん以外いない男は鬼灯の言い伝えに縋るしかねーだろ!」

と意味の分からないことを意味の分からない剣幕で告げてきた。

「鬼灯の言い伝え?何言ってんのお前」

なんだそれ。何の伝説だよ。こいつ飢えすぎて頭おかしくなってんな。

そんなことを考えていると

「お前去年もその反応だったよな、毎年忘れたフリやめろよみっともないぞ」

と逆に呆れられてしまった。

フリも何も覚えてねーよ1年前のことなんて。

「鬼灯に宿った神様と恋に落ちれるチャンスだろうが、全力で取りに行くぞ俺は」

熱い。翔太の生温い熱が夏の風に乗り伝わってくる。気持ち悪すぎる。

しかしこの真剣さが翔太の面白いところだと再認識している自分がいる。

「お前も早く選べよ」

そう笑いながら睨んでくる翔太に押されて

「分かったよ」

だるそうに俺は返事をして適当に鬼灯を選んだ。



本当に適当だったのだろうか



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「頼む!!今年こそ!!俺に春を告げてくれ!!!」

春が終わったばかりの初夏の空へ向けて翔太は喉を枯らす。

やっぱり馬鹿だ。

祭りが終わり参加者で鬼灯を海に流しに来たところでこいつは1人叫んでいる。

毎年恒例なのだろうか、島の住民たちは「また始まった」と言わんばかりの顔で笑っている。こいつは毎年こんな事してんのか?


「うまくいくといいな」

煽るつもりで舌を滑らせた言葉を翔太は前向きに受け取り

「お前いい奴だな、任せとけ」

といい笑顔で返してくれた。


傑作だ。

鬼灯の神様とやらが本当に居るのなら言いたい。翔太をこんなに馬鹿にしてくれて本当にありがとうございます、と。


「お前も早くその鬼灯海に流せよ」

そう言って翔太が視線を落とした先、つまりは俺の右手には周りのものよりも元気そうな鬼灯が握り締められていた。

「あー忘れてたわ」

そう言って適当に選んだ鬼灯を適当に海に投げ入れた。


俺の鬼灯は最後まで別れを惜しむように浅瀬を泳いでいた。


「じゃあまた明日な」

「おう、また明日」

お互いに別れを告げ俺たちはそれぞれ家路についた。


今日は疲れたな。

久しぶりにこんなに笑ったからだろうか。

もう寝よう。


そんなことを思いながら鉛のような身体を布団に沈めゆっくりと目を閉じ眠りについた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あなた名前は?」


何年も昔の満月が綺麗な夏の夜

海辺で少女は僕にそう尋ねた


「…本田悠真」


俺はぶっきらぼうに返事をした


それが出会いだった



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あ!また来てくれたんだ!」


決まって満月の日、月が低くなった頃に海辺に行くとその少女は1人で泣いていた


「いっつもこんなとこで何してんの?」

俺は素朴な疑問をぶつけた

当然だ。自分と年齢があまり変わらない女の子が夜中に1人で海を見ながら泣いている。

普通に考えて心配になる。


「いいからいつもみたいにまたお話してよ!」


変なやつ

そう呟いて隣に腰を下ろしいつものように今日あったことや面白かったことを話す


そんな日々を繰り返してもう1年くらいになるだろうか。

俺が見る彼女はいつも泣いている。

理由を聞いても教えてはくれない。

ただ座って話をしたあとは俺が家路に着くのを見送ってくれる。

そんな関係が心地良くていつしか楽しみになっていた。

彼女もそうだといいな、なんて考えるようになったのはいつからだっただろうか。


そんなある日、いつものように泣いている理由を聞くと彼女は答えてくれた


「願い事とそれの代償を考えてるんだ〜」


「…はい?」

意味が分からず俺は聞き返す


「信じてもらえないと思うけど私さ、この島に祀られてる存在?なんだよね。この島って鬼灯の花大事にしてるでしょ?そのお陰でなんか宿っちゃったみたいでさ!今日までは人の姿でいられるんだけどもうダメみたいなんだ〜」

少女は笑いながら意味不明な事を言った


「…はい?」

俺が何も理解できないままにもう一度そう返すと


「ん〜とりあえず一旦聞いてもらえる?」

そう言って彼女は続けた


「私ね人間になりたいの」

「だってそうでしょ?ご飯は美味しいし色んなところに行けるし友達も作れる!」

まるで明日遠足に行く小学生のように嬉々として続けた。


「それに、君にも会える」


「でもね、願いを叶えるのには代償が必要なんだって。」


「代償?」

よく分からない話の連続でゴチャゴチャになった俺の頭でもそれが良いものでない事くらいは分かった。


「そう、代償」

「願いに紐付いた何かを犠牲にしなくちゃいけないんだって」


「紐付いた何かって何さ」

もっと聞く事はあったが何故か気になって聞いてしまった


「ん〜例えば1億欲しい!って願うとするでしょ?そうしたらね、1億稼ぐ為に必要だった時間を支払わなくちゃいけないの。それが代償。」

少し悲しそうに彼女は続けた


「私が人間になりたい理由は貴方。失わなければいけないものは貴方の記憶。今までの記憶も、これから先の私との記憶も全部その日に忘れてしまう。それでも私は年に一度しか貴方に会えない。」


俺は黙って話を聞くしかなかった。


「でもね、もう良いんだ!私は人間になりたいけど貴方に忘れられるのは辛い。もう貴方に会えない事よりずっと、ずっと辛い。」


「だからね、今日で会えるのは最後。」


「大丈夫だよ、私は貴方を想う時間があればどれだけ寂しくても辛くても耐えられるから」

作り笑顔の彼女は涙と一緒に言葉を流す

その涙は目を奪われてしまうほどに綺麗で俺の胸を締め付けた。



「いいよ。記憶、無くなっても。」

震える声、流れる涙

俺はみっともなく彼女に伝えた


「…えっ」

俺の返答に彼女は驚く



「何度繰り返すことになっても、どれだけ時間がかかっても俺はきっと君を思い出すから。俺を待ってて。」



「うん…待ってる。ずっと待ってる。」

大粒の涙を流しながら呟く彼女の声は震えていた


「ありがとう」

彼女がそう振り絞ると急に眠気が襲ってきた

薄れゆく意識の中確かに


「いつまでも貴方を待ってる」


そう聞こえた。

目の前が暗くなる。



朝日が目を開かせた。



……あれ?

俺こんな時間にこんなところで何してんだ…?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



夜半、夏特有の蒸し暑さで目が覚めた。

「あっつ、、、」

汗ばんだ身体を起こしベッドを降りる。

「喉渇いたな」

そう思って俺はリビングに飲み物を取りに行った。

一歩踏みしめるごとに軋む階段の音は小さい頃から聞いている筈なのに、何故か未だに恐怖を感じる。


…何か夢を見ていた気がする

海辺で少女と話す夢

夢?懐かしい記憶?

どっちなのかは分からない

よく分からない夢のはずなのに苦しくなる

なんでだ…?


冷えた水が喉を潤し火照った身体を冷やす


「ちょっと歩くか…」

変に目が冴えてしまっていた俺は軽く散歩をすることにした。


「今日って満月だったんだ」

田舎の良いところは星空と月

あとは海くらいか

なんてことを考えながら歩いていた。


海沿いの道を歩いている最中

少し強い風が吹く。

砂浜に目をやると

少女が1人涙を流しながら立っていた。


しばらく目を奪われていた俺の足は

自然と彼女の方へ向いていた


夏の蒸し暑さで頬を汗が伝う。

頬を伝い口に入った汗は

何故か塩辛くなかった。


その少女は涙を流しながら言う


「また初めましてだね」


意思と反して口は勝手に動いた


「待たせてごめん」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



月が低くなり水平線で揺れる時間。

静かな波の音が鼓膜を揺らし

夏らしくない風が身体を撫でる時間。

私は貴方に見つけてもらう。

何も知らない、何も覚えていない貴方に。


罪か呪いか

私は私であることを願えば

私でありたい理由を失う。

失った理由を取り戻すために

次の年月も私は私を呪う。

もう繰り返して何年だろう。

大人になって行く貴方は

いつまで私と出会ってくれるのだろうか。

いつか来る別れの時も

貴方は私を覚えて夜を越えることはない。

それが私の願いであり呪いだから。


もうすぐ貴方が来る

毎年決まってこの時間

貴方は私を見つけてくれる


鬼灯の花言葉は「偽り」

その通りに私は声を絞る


「また初めましてだね」

震える声は記憶の中の貴方に向けたもの

私の中の貴方を偽るためのもの


私は涙を流す

過去を呪って今に縋って


貴方は涙を流す

記憶を辿って道に迷って



世界が眠り月が私達と目線を合わせる時間。

そこから半刻

鬼灯の私は偽りの恋をする。



もう何年も



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今年も春が終わりを告げ夏がきた。


「おーい早く行こうぜ」


翔太の声が今年も聴こえる


「……」

道に咲く一輪の鬼灯に目を奪われる


「どうした?」

翔太が不思議そうに見てくる


「いや、、、別に、、、」

自分でも何故目を奪われたか分からない俺は言葉を詰まらせた。


「は?なんで泣いてんの?」

翔太が驚いたような声を出す


自分の頬に触れると確かに滴が伝っていた。


「え?は?あれ、なんでだろ」

止まらない雫は誰に届くのだろう

誰を想って流れていくのだろう


分からない


でも


この鬼灯からはどこか懐かしい匂いがした


「今年も貴方を待ってる」


ぼんやりとする頭の中に

そんな声が響いた気がする


少し遠くで花火が咲いた


夏祭りが始まる


坂を下りながら誰かに向けて俺は呟いた


「もう、忘れないよ」



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