演技派
ネルネの修業と調査は同時並行に進んでいく。とても、長いようで短い時間だった。
まあ、そう感じた一番の原因は私が分身体を使っていたからなんだけど。文字通りの同時並行で進めていたのである!
そのおかげで体感で二倍の時間が流れていたように感じるのだ。実際に経過したのは一週間ちょっとだったが。
「ネルネ!完璧よ!もう魔力操作もイメージも完璧!」
「ほ、本当?でも……」
ネルネが視線を向けた方向に私も視線を向ける。そこには穴がぽっかりと空いている一つの山と、その隣に山を完全に消し去った後があった。
「あの……お世辞にも力の差歴然って感じだけど?」
「全然問題ないから!むしろ、ネルネが一週間でここまで強くなったことを誇るべきよ!」
そう、最初は山の一つも破壊できない程度であったが、一週間で山に大穴開けちゃったんだからすごいことこの上ない。
《山の一つも破壊できない……感覚が壊れています》
何とでも言えばいい。私は私基準でしかものを語れないのでね!
「ということで、予定通りお願いね。あとで、おやつを私が作ってあげるから」
「え?ベアちゃんの手作り!?」
「そうよ?」
「やったぁ!」
あれ?私、料理を作ってあげたことあったっけ?なんでこんなに喜んでいるのかわからないが、嬉しそうで何よりである。
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「これ以上、何の結果も出せないと上が何を言うか……」
「大丈夫、今日で任務は完了よ」
「一体何をしたんです?」
隊長とこそこそ耳打ちをしている。なぜか、わからないけどこの隊長は私に協力的だ。
それもそのはず、私が直接山を破壊するところを目にしたのだから。将軍は確かに恐ろしく強く、幕府にも逆らったら何をされるかわからない。
だが、目の前で見せられたわけじゃない。
将軍が強いというのはあくまでうわさとして知れ渡り、幕府にはまだ実害を与えられていない隊長は、現時点で最も恐ろしいと思われている私の言うことを聞くほかないのだ。
まあ、不幸中の幸いなのかな?
「隊長!」
その時、隊員の一人がこちらに駆け寄ってきた。私たちは今、調査している山の一つを登山中である。
これがまあまあ大変で、一日一つ登るのがやっとというペースである。
「この山の地下から強烈な魔力反応が!」
「なんだと?」
隊長は私の方に一瞬目をやる。
ネルネは手はず通りにやっているようだ。
「先を急ごう」
その一言で、隊員たちは行軍のスピードを上げた。私の言うことは一つも聞いてくれないのに……。
《随分と嫌われていますね》
進んでいく先には、徐々に強くなる魔力反応。とても禍々しい魔力が頂上から発せられている。
「着きました!」
隊員たちの到着の報告を聞くと同時に、全員は目の前にいる少女に目を奪われていた。
清らかな魔力というわけではないのだが、ネルネはとても神聖な感じのオーラを纏っていたのだ。
魔力の性質だろうか?
魔力の性質というのは、簡単に言えば本人の魔法の適性を表す。これは、火魔法とか、風魔法とかそういうものだけではなく、操作や統制など……魔法とは関係なさそうなものまである。
ネルネは差し詰め、聖力と言ったところなのだろうか。
ネルネがぱちりと目を開ける。
「何用ですか」
っ!?
「ここは私の山、無断での立ち入りは一切許しません。許しなくして入ったものは、全員……殺す」
やっべーネルネ演技派だった!?
普段の声音と口調はどこへやら、とてつもなく『仙女』って感じだ!
いつものハスキーな可愛い声がどうしてオクターブ下がるのだろうか?そして、その演技力は一体どこで鍛えた!?
ある程度事情は察したであろう隊長は臆することなく前に進み出る。
「私どもは日ノ本幕府軍の調査隊と……冒険者組合の合同調査隊です。我々の話を聞いては頂けませんか?」
「ふむ……よかろう、我は暇なのだ」
我!?我だって!
《笑いを堪えてください》
「私たちが知りたいのはただ一つです。あなた様は将軍様、ひいては幕府に反抗する意思があるのかどうかということです」
今回の調査で幕府が知りたかったのはこの回答だろう。もし、仙人という伝説の守護者が幕府に反抗したら、幕府は多大な被害をうけるだろう。
今まで仙人たちが俗世の人間たちに手を出してこなかったのは、あくまで興味がなかったからであり、長い時を暇に過ごす仙人に遊びで襲われてはたまったものではないのだ。
さて、ネルネはどう回答するのか……。
「ふん、私がそんなことをするように見えるか?」
「それは……つまり?」
「私は『盟約』を守り、この地にいる。『神』が命を廃棄しない限り、私は人間たちを襲わない」
盟約?
《でたらめですね。咄嗟によく思いつきました》
女神……ではないということは、前の創造神のこと……ってネルネは神のことを知らないんだった。
もしここで女神と言ったらツムちゃんがキレてたな……。
《当然!》
「さて……質問は以上?もう用がないのなら……」
ネルネが腕を横に凪ぐ。そこには魔力が介在していた。
魔力を纏った腕は空気を切り裂き、私たちの頭上をかすめた。後ろに生えていた木はスパッと切られ、大きな音を立てて落ちた。
「帰れ」
「……ご協力、ありがとうございました」
そう言って隊長は頭を下げた。
頭を上げた隊長が、私の方を見て、色々聞きたそうな顔をしている。さて、どうしたものか……。