向かってくる軍
次の日になっても禁止令が解かれることはなく、私はいそいそと修行に明け暮れていた。
「もうゆっくりなら喋れるくらいには上達したわね」
バランスをとりながら高度を上下させ、さらにゆっくりなら声を出す程度のことはできるようになった。かなりの進歩である。
「この調子なら私魔法使いなれるんじゃね?」
私の専門は近接戦闘でも魔法戦闘でもない。だって、『話術師』だもの、話すことが得意分野なのだ。
そんな私でも魔法使いと名乗れるほど上手くなった気がする。
《ステータスを加味すれば、魔法使いどころか賢者も名乗れると思いますが?》
賢者と呼ばれるのは違うじゃん?『大賢者』という上位互換がいるからなんか、ねぇ?
とにかく修行によって私の魔力操作は上達し、さらには魔力量も増加傾向にある。緩やかながら徐々に増えていく魔力。
これ以上増えてどうすると普通の人なら思うだろうが、これではまだユーリには届かない。ユーリが呪いから解放され、ステータスに戻ったらそりゃあもう化け物の再誕だよね。
将軍……座天使のさらに二つ上の階級に位置する熾天使とやりあえるほどの強さと本人からは聞いている。それが本当なのだとすれば相当な強さだろう。
それに比例して魔力量だってとんでもないはずだ。
「将軍にすら苦戦しそうな私……まだまだ先は遠いわね」
将軍に昨日戦いを挑んで見てやはり経験の違いが伺えた。ユーリの時と似ている感じを覚えたくらいには経験の差で大きく左右される。
経験を積むためにはもっと長生きしないとね。
《個体名・ベアトリスの寿命は1000年を超えています。よかったですね主、長生きできますよ》
……相変わらず嫌味なところあるよねツムちゃん。
少なくとも1000年は生きられると……殺されなければ。それだけ生きられたら、最後にゃ誰も残らんのでは?
レオ君寿命そんなないし、ユーリだって言っちゃ悪いが魔族の寿命をとうに乗り越えてヨボヨボおじいちゃんだよ?
そう思うと、寿命があっても意味ない……むしろいらないまであるぞ。私の人生のほとんどがあの二人と一緒だったからね。
もう二人なしでは生きていけない気がする……。
《私がついていますよ》
まあ考えるだけ時間の無駄だからやめておこう。私にだってそのうちいい人できるだろうし……多分!
ラウルに恋して一回死んで、今世ではまだ誰とも恋愛していない。全て何もかも落ち着いたら恋人の一人くらいできないかな……できれば寿命が長い人。
「っと、魔力はまだあるけど……これ、大丈夫かな?」
私は喋るだけでなく、修行中に目を開けることもできるようになった。そしてそのおかげで周りの様子が見えるようになる。
山が常に成長しているとでも言いたげに、変化し続けているのだ。草木がウネウネと動いて魔力を受け取り続けている。
「これ、キャパオーバーとかになったりしないよね?」
《受け取りきれなくなるにはまだまだ容量があると思います。もし、上限を超えたとしても地上に主の魔力が流れ続けるだけです》
「それはそれでどうなんだよ……」
まだまだ禁止令が解かれるまで時間はかかるだろうし、おいおい容量はオーバーしてしまうことだろう。っていうか、禁止令が解かれないとかないよね?
人々の流通の問題もあるし、後持ったとしても一ヶ月で民衆の不満は爆発すると思うけど……私としては爆発して信用が落ちることより、革命軍を組織してしまった方が早い気もするから、どちらにせよ損得がある。
「今日はこのぐらいにするか」
魔力にはまだまだ余裕があるが、いざという時に魔力が空だと私のできることが半減してしまうのでね。ある程度は残しておこうと思うのだ。
べ、別に修行に疲れたからとかなんかじゃないんだからね!
そういうわけで、私が魔力操作を止めようとした時だった。
《主、侵入者です》
「し、侵入者?」
別にこの山は私の所有物じゃないんだけど……というよりも、ここに誰か入ってきたの?いかにもやばそうな見た目してる山に?
山の真ん中にはえぐられた跡があり、私が魔力を常に流し続けていたおかげで禍々しいオーラを放っている不気味な山へと変化していたはずなんだけどな。
《数は五十人程度。服装から見て幕府の正規軍かと思われます》
幕府の軍隊がここに何の用だろう?残念だがここには将軍はいないよー?
市場とかで遊んでると思うからそっち行ってきなー?
そんなことを考えていたが、
《いえ、どうやら目的は主のようです》
「え、私?」
《真っ直ぐ山の頂上へと向かってきます。さらに言えば、幕府軍の顔はまるで死地に飛び込む覚悟を決めたかのような顔つきです。明らかに主に会いに来ようとしています》
「失敬な、誰が化け物じゃい。死地でもなんでもないぞここは!」
それだけ私が恐れられてるってか?そんなことあるわけないじゃないか!
《いえ、側から見たら主は『魔王』のように映るかと思います》
魔王はユーリ一人で十分じゃい!
「いいだろう、私は怖くないということを証明してやろうじゃないの!」