将軍の正体
「な……?」
一番最初に頭に浮かんだのは、なぜ将軍がそのことについて知っているのか、だ。
《先に申し上げておきますと、『将軍』は選抜者ではございません》
それはわかっている。こんな悪意に満ち溢れている声を出しておいてそうなわけがないしね。
お兄様はただ一人話においていかれているようだが、今お兄様にこの話を伝えるべきじゃないだろう。
「出口を作って」
「なぜでしょう」
「お兄様はこの場にいる必要はないわ。わたしたちだけでお話ししましょう?」
「……いいでしょう」
ゴゴゴという音がして暗い廊下に灯りが差し込んできた。横に通路のようなものができそこの先にミアさんが待っている。
ミアさんはこちらに気づいて手を振っている。
「先に宿に戻っていてください」
「ベアトリスは?」
「大丈夫だから」
そう言ってお兄様を無理やり出口に押し込んだ。その瞬間、将軍が作った出口が途端になくなった。
私のことは逃してくれないようだ。
「やっと本音で話せますね」
「本音?嘘っぱちなくせに……姿を見せてみなさいよ。話はそれから」
そう言ってその顔を拝んでやろうとすると、襖がゆっくりと開いた。
そこから出てきたのは予想通り女の人で、すらりとしていて背は高く、髪は肩甲骨の辺りまで伸び、軽甲冑を所々に身につけている。
髪色はもちろん黒髪だ。顔はまるで作りもののように整っていて、目からは生気を感じない。
「さて、ゆっくりと話し合いましょう」
「……まず最初に聞かせて。選抜者についてなんで知ってるの?」
選抜者はこの世界に選ばれた人たち。スキル『世界の言葉』を持っている人のことだ。持っていないのに選抜者という単語が出てくるのは絶対におかしい!
「昔からいるのです。そこらの野中を歩き回り、日ノ本の土地を汚す愚か者が」
「……もう一度聞いておくけど、話し合いなんだよね?」
「ええ。話が通じればですが」
通じなかったらこの場で排除する気満々だな……これは。
「わかった、今は大人しくしておくわ」
「話の通じる人でよかったです、無駄な殺生は嫌いなので」
将軍がこちらに向かって歩いてくる。私は引くわけにもいかずその場で将軍を睨むだけにとどまった。
(話し方からわかる……この人は絶対に狡猾に生きるタイプだ)
ふざけたように本城に偽の資料をばら撒いたのも、何か理由があるのかも。
「それで、話って何?」
「簡単ですよ、なぜ選抜者がこの国に来たのか……単純に気になったのです」
「なに?その含みのある言い方は……」
私がわからないでいると、将軍は気づいたように顔を動かす。
「そうですね、あなたは選ばれてまだ間もないようですね」
「?」
「道理で私のことを知らないわけです」
「どういうことよ」
「この国はどこかおかしいと思いませんでしたか?」
「え?」
おかしい?どこか辺なところがあっただろうか……。
だが、将軍がわざわざ意味のないことを言うはずがない。つまり、他国とは違う何かがある。
「島国?」
「違います」
「じゃあ……将軍が国を治めていること……とか」
「違います」
「じゃあなんなの?」
将軍は一言でそれを片付ける。
「文化です」
「文化……確かに、日ノ本の国は色々とおかしいわね。他国と交流があるのにも関わらず、他国の文化が一切入ってこない。そして、日ノ本の文化も独特……ね」
レンガや石で作ったりせず全てが木造建築だったり、あの……人力車?というものも他国にはない。
「でもそれは、文化を守ろうとすればできることよね?別に不自然じゃないわ」
「確かに、文化を制限すればそれは可能です。しかし、問題なのはこの国の文化がどこ由来のものなのかという話です」
「由来?」
「この国の文化の由来は異世界なのです」
「っ!でも!それは異世界人がこの国を建国した時に!」
「違います。この国は世界が誕生した時から……いえ、神が交代した時に建国されました。この意味がわかりますか?」
神が交代したって……なんでただの一国の主人が知っている?いやこの際問題はそこじゃない。
言葉の意味はなんとなくわかった。
「あの女神が造ったとでも?」
「ふふっ」
将軍はそこで初めて心からの笑顔を見せたような気がした。
「な、何がおかしいのよ!」
さっきから不自然な言動ばかりの将軍に若干キレつつ聞いてみる。しかしその返答は、私の敵対心が強まるものだった。
「女神の使徒を前に選抜者がよくもまあそんな喧嘩が売れるものですね」
「なっ!?」
その瞬間、暗闇に包まれていた廊下が明るく光り始めた。その光は将軍の体を包み込んでいく。
包み込んだ明かりと共に、将軍の頭の上には金色の輪っかができ、背中にとても美しい純白の羽が生えた。
「まさか……」
《女神の使徒……主人、警戒してください》
将軍は全身を光らせながらゆっくりと飛翔した。
「改めて自己紹介をしましょう」
光は止まることを知らないように廊下を全て光で埋め尽くした。
「偉大なる世界の支配者である女神様に仕える座天使。名前はないので、お好きにお呼びください」