将軍
「始めましょう」
聞こえてきた声は女の人の声だった。
(将軍様って女の人だったんだ……)
感情のこもってなさそうな挨拶と共にその顔合わせ?は始まった。
「領主一同二十五名全員集合しました」
「ご苦労」
兵士の一人がふすま越しにいる将軍にそう言い、領主たちはその場で軽く頭を下げた。普通であれば一国の主を前に軽い会釈をするのは不敬にあたるのだが、どうやらこの場では……見逃されるらしい。
将軍は敬意などというものには興味がないようだ。
「明日の会議に向け、内容のすり合わせを行う。ひと月ほど前に将軍様が住まう本城へ忍び込む不逞な輩がいたとの報告があった。明日の会議では忍び込んだ輩……おそらく命知らずの忍が一体どこの誰なのかを調査する」
どこの誰、という単語に領主たちは戦慄している様子。将軍様に喧嘩を売ったのは誰だとか、どうやらかなり怯えている。
「将軍様の言うことは絶対であり、誰にもその考えは曲げられない。忍を差し向けた人物は一族諸共死刑になることだろう」
……なおさらバレるわけにはいかないじゃないか。というか、ここまで厳しく規制するくらいならもっと侵入されないように警備分厚くしろよ!
「説明は以上だ。なお、領主とその控えは一組ずつ別室にて将軍様に挨拶をするように」
そう言って、領主の一人が早速連れていかれる。その時にはすでに将軍の姿をした影はどこにもなくなっていた。
「挨拶をって、その時に将軍様とは対面できるんですか?」
いざ将軍様の政治を変えようとは言っても声だけしかわからなかったら、後々困る。
「いや、対面はできない。将軍様の顔を知っているのはこの場には誰もいないからな」
「いない?それで今の人が将軍だと誰が分かるんですか?影武者だったりするかも……」
「何を心配しているんだ?ともかく、将軍と対面できるのはそれ相応に国に貢献し、実力のある者だけだ。私は国に貢献なんて一切していないからな……会うことはないだろう」
実力の部分は否定しないんですね……まあ、実力があるのは認めるけど。
(そろそろ期限的に危うくなってくるからな……強硬策取らないと、王国の方が危ないのでは?)
忘れちゃいけないのが、王国の物流の問題。このまま日ノ本の国からのレールが止まってしまうと、王国は食糧難になってしまうのだ。
貯蓄はある程度あるが、それでももう何か月か経過したのでそろそろ危うくなってくるはず。
(明日の会議が終わったら革命軍を立ち上げて、その名を全国に知らしめる。幕府に攻め入る口実づくりもしないと)
別に将軍を殺そうとか、そういうことを言っているわけではないからね。将軍だって一国を預かってここまでやってきたわけだし、それなりにうまくやってきたとは思う。
だけど、やはり全員平等には出来なかったようだ。
(まあ、政治のことはお兄様に丸投げしようかな)
大丈夫大丈夫、私たちの体の中にはステイラル王国王族の血が流れているし……。
不安に思いながら私はため息を吐いた。子供一人に背負わせる重さじゃないってこれ……。
そんなこんなしているうちにミアさんが兵士に呼ばれた。
「あら、じゃあそろそろ行ってくるわね。コウメイ殿、またいつか」
「ああ」
「お気をつけて―」
お気をつける要素があるのかはわからないが。
嫌な予感がするのだ。
そうこうしている間に、遂にお兄様が呼ばれた。
「よし、行くぞ」
「はい」
私もその後ろをついていく。改めて兵士さんに持ち物チェックをされて、武器を所持していないことを確認される。
中に通されると、暗い通路のような場所を通らされた。光が一切なく地面がしっかりあるのかすらわからない程暗い。だが、お兄様は慣れているからするすると通っていった。
私もそのあとに続く。
その先にはふすま越しに明るい部屋が見えた。不自然なところがあるといえば中の光がこちらには一切差し込んでこないということくらいか。
「しゃがめ」
そう言われて、私はその場で片足をついた。
「お久しぶりでございます将軍様。氷室家現当主、氷室孝明と申します」
お兄様が自己紹介を終えたあたりでその影はいきなり現れた。部屋の中が見えたとは言ったが、中ははっきりと見えるわけではない。
少し透けて見えるがどこから将軍が現れたのか私には一切わからなかった。
ツムちゃん、今のは見えた?
《『次元移動』を確認しました》
次元移動?
《わかりやすく申し上げますと、転移魔法の強化版です》
そりゃあわかりやすくて助かる。ちなみに、今の私にはできる?
《一応は可能です。ですが、次元系統の魔法に慣れていないため不安定なものしか扱えないかと》
おっけ、とりあえず今の段階では将軍はただの「化け物」という認識で済んでいるぞ。
みんなから化け物呼ばわりされる私ですら次元魔法には手を出していないというのに、将軍はそれを顔合わせのためだけに使っているのだ。将軍以前に相当な実力者……というよりも将軍の名に恥じない実力者と言ったところか。
「一年ぶりですね。あなたたちを集めたのは」
「はっ!」
「今後の『働き』には期待していますよ?」
「ご期待に添えるよう努力してまいります」
二人そろって感情のこもってなさそうな言葉を繰り返す。特に将軍はまるで決められた言葉を発するかのような淡々とした口調だ。
《生命反応を感じるため、生きていることは確かです》
お兄様と将軍の顔合わせが終わり、私たちは部屋を去ろうとした。
だが、
「おかしいな……」
「どうされたんですか?」
「普段ならこっちに道が出来ているはずなんだが……」
お兄様が指さすのは真横にある特に何の変哲もない真っ黒な壁だ。その会話に将軍が入ってくる。
「まだ帰っていいとは言っていません」
「っ!」
「そこの少女、顔を上げなさい」
「は、はい!」
顔を将軍がいるであろう方向に向けた。
「その顔……その『魂』……私たちが忘れるはずがありません」
「え?」
「あなた、『選抜者』ですね?」