海の旅
一面の水色、空を見ても海を見てもそこには美しい景色と水平線が広がっている。広い大海原は波風が立たずに船の進む音だけを響かせている。
ただ一つを除いて……。
「おえぇぇ……」
「お嬢様お気を確かに!」
波がないだと?じゃあなんでこんなに揺れているんだ!もうなんなの?馬車揺れとは比較できないほどの大きな揺れが体に襲ってくるのですが?
甲板につかまってなんとか耐えているのが現状、景色を見る余裕なんてあるわけがない。水平線が広がっている?見れるかそんなもん!
「大丈夫ですお嬢様!この苦しみもあと一日程度で終わります!」
それじゃダメなんです!きつすぎるんです!そんな願いも虚しく派手に揺れまくっている船の船内から、料理が運び出されている。
「お嬢様、お食事ですよ!」
「無理ぃ……食べれないそんな余裕ない……」
「でもお嬢様。今食べないと次ご飯が回ってくるのは明日ですよ?」
「なんで明日……」
「海上なので食糧の補給ができません、なので食材は多めに残しておくのがセオリーです」
要するに食べられるうちに食べておけってことね……。
「わかったわよ、食べる」
「じゃあ早く行きましょう!」
並べられた食事の量はかなりあるようだが、ここに乗っている乗客員全員で食べるとなるとちょうどいい量なのだろう。料理の種類は肉や魚、野菜以外にもフルーツやドリンクまで様々なものがある。
「これは、どう食べればいいの?」
「食べたいものを好きなだけとってください。誕生日パーティでやりませんでした?」
「あの時は、殿下の相手と暗殺者の相手で手一杯だったよ」
うん、可愛らしい殿下……ラウルが満喫できて幸せでした。私も馬鹿だよね、前世で私のことを嫌いと言っていた人に近づいて……未練タラタラだから。
でも、最近のラウルは色々とスキンシップが激しくてちょっとギャップ萌えを感じたり感じなかったり。
「お嬢様これなんてどうですか?」
「ん〜?何その白いやつ」
「イカのお寿司ですね。これから向かう日ノ本ではオーソドックスなメニューのひとつだそうで」
白いペラペラしたイカ?を醤油に通して一口食べる。
「おいしい!」
「わさびもつけてみます?」
「わさび?よくわからないけどつけてみたいわ」
そして、緑色のわさびというものをつけてまた一口……。
「辛っ!何これ……」
「ふふん!お嬢様にはまだこのよさがわかりませんか!」
ドヤ顔やめんか!
「じゃあミサりーも食べてみてよ!」
「いいでしょう」
ミサリーに大量のワサビを乗せた寿司を食べさしてみる。が、ミサリーは動じた様子を見せずにセレを美味しそうに食べていた。
「まっ、お嬢様も大人になったらわかりますって」
「くぅ……大人気ないわよ!」
そういえばミサリーは何歳なのだろうか?でも、私が生まれた年からずっと私のお世話をしてきているのだから、少なくとも二十台はもう……。
「お嬢様、何を考えているのかよくわかりませんが、私は永遠の二十台ですから」
「あっはい」
思考が読まれた!?
変なところで勘がいいなうちのメイド……。
と、そんなことを考えつつ食べられるだけ食事を摂っていると、再び大きな揺れが襲いかかってきた。またか……と思いつつ気にしないようにしていると、乗客員の叫び声が聞こえてくる。
「クラーケンだ!」
その声で、船内にざわめきが起き始め、鐘がカランカラン鳴らされ危険を知らせてくる。
「クラーケンって何かしら?」
私がふとそんな疑問を口にすると、近くにいたミハエルが教えてくれた。
「クラーケン……タコやイカのような見た目をしている巨大な怪物です。その足で船を締めつけ、船員ごと深い海溝の底まで沈めて喰らう化け物ですよ!」
珍しくミハエルが焦っている。
「うーん、タコやらイカやらよくわからないわね……まあでも、イカに似てるならクラーケンも美味しいのかな?」
そういうと、まるで変人を見るような目で周りの乗客員が私の方に視線を向けてくる。昼食をとっているとなんだか気持ち悪さも無くなってきたので、クラーケンも美味しそうに見えてきた。
「あの目の前にいるギョロギョロとした目玉のあいつよね?」
「え、ええ……」
「ミサリー、ちょっとあいつを仕留めてきてくれない?解析鑑定の結果はミサリーよりも弱いわ」
「了解です、お嬢様!」
クラーケンのステータスは9000弱。それに対して、うちのミサリーはオールステータス10000超えである。
「あ!サポートいる?」
「問題ありません、食材の相手は私一人で十分です!」
そう言って元気に船から飛び降りるミサリー。
「みろ!海の上を走ってる!」
「どうなってんだ!?」
と、乗客員は口を揃えて驚いていた。
そして、ミサリーがクラーケンの元まで到着すると、その巨大な目玉に拳を一撃放った。クラーケンとミサリーの体の比率から考えてクラーケンは20メートルぐらいの巨体だ。
その目玉に小さな拳が食い込み、潰れる。
「〜〜〜〜ッ!」
言葉にならないような叫び声をあげながらクラーケンが逃げようとする。が、ステータスに1000近い差があるミサリーから逃げられることはできない。
「叩きのめしてくれる!」
そして、ミサリーが一瞬にして加速し先ほどよりも素早い一撃を持ってそのクラーケンを上から真っ二つにした。
と言っても綺麗に真っ二つにしたため、血が吹き出す暇もなく、片方は海に沈んでいってしまったが。
「あああ!?食材が!」
「ミサリー!半分でいいから持ってきてー!」
「か、かしこまりました!」
私が船の甲板から叫ぶと、これまた異様なものをみたというような表情が私たちに向けられる。
「これがSランク冒険者たち……海の怪物をこんなに簡単に倒してしまうなんて……」
「流石は『俊足』のSランク冒険者だな」
という会話が聞こえてきたが、俊足ってもしかしてミサリーのことだろうか?
「ミハエルさん、ミサリーって俊足って呼ばれてるの?」
「はい、その機動力はSランク冒険者の中でもトップクラスで、なおかつ任務を受理してから達成するまでの期間があまりにも短いからそのような『二つ名』で呼ばれるようになりました」
「かっこいいな〜」
私のは全然そんなんじゃないし、『神童』って呼ばれても子供扱いされてる気しかしないし、『塵殺』と呼ばれても私が大量虐殺者みたいに呼ばれてるみたいでなんか嫌だ。
それに比べてミサリーの二つ名めちゃくちゃ羨ましい。
「うーん……何かあったのご主人様?」
「あ、おはようユーリ。こんにちはかな?随分とぐっすり寝てたわね」
と、船内からユーリが人型の姿で出てくる。その服装と見た目から若干男どものいやらしい視線が向いた気がするが、騙されるな愚かな男ども。そいつは男だ……。
「うん!今日はもう疲れたから!」
「まだお昼なんだけど……疲れるの早くない?それと、レオ君は?」
「まだ寝てる!」
おいおい呑気だな。まあ、いつも通りか。
「海で最強の魔物を相手にここまで呑気とは……」
「次元が違うなありゃあ。これがSランク冒険者のチームか」
そんな声に若干照れくさくなりつつ、運ばれてきたクラーケンの半身を見て私は宣言する。
「よっしゃ!今日の夕飯はイカずくしよ!みんなで食べましょう!」
「「「やったー!」」」
……………その後、乗客員にもイカを分けて夜が明けるまで宴会をしたのはいい思い出になった。