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旧敵と仇敵

 薄暗くじめじめとした部屋の中には、これといって何もなかった。誰かの声が響くこともなければ呼吸音すらも薄い。


「もうくたくただよ……」


 そう嘆くのは『傀儡』と呼ばれている一人の男だった。白い肌は今にも死にそうな感じ……というよりも死んでいる。


 なにせ彼は死体を操作して自分の体としているのだから。


 実質的な不死である。


 だが、そんな彼にも悩みの一つや二つはあった。


「どうしてうちの幹部勢は誰一人として言うことを聞いてくれないのかねー?」


 うちの幹部勢は集会には来ないわ、あちこちで騒ぎを起こすわ……挙句の果てには『新人』すらも好き勝手に国政にいそしんでいる。


 唯一まじめだった白装束の裏切り者がいなくなったことで、もはや組織と呼べなくなってしまった。


「ったく、こっちの苦労も考えてほしいんだけどな」


「あなたの苦労に興味を持つ人なんていないと思うけど?」


 独り言に対してそんな返答が聞こえてきた。


 それは茶髪の幼い少女が出す声だった。どこからともなく現れたその悪魔の少女は敵対している今でもそんな軽い口調で話しかけてくる。


「いつからいたの?」


「どうしてうちの幹部勢は~辺りから?」


「はぁ……言っておくけどお前が原因だからな?」


「あら?口が悪くなったわね、お仕置きが必要かしら?」


 彼女から発せられるオーラがより強大になる。


「やめておきなよ、俺は君に傷一つつけられないかもしれないけど、君だって俺を完全に殺すことはできないだろう?」


「今はね」


「どういう意味だよ」


 薄笑いを浮かべる彼女は本来この世に存在していい人物ではなかった。悪魔界……次元が違うと感じる程の別世界で過ごした彼女は現世において対抗できる人物などほとんどいない。


 いくら傀儡が強かろうが世界最強には勝てないのだ。


「はぁ……もうちょっとでベアトリスの体が取れたのに」


「なに!?見つけたのか!?」


 組織が一丸となって捜索している少女。二年前、忽然と姿をくらましてしまったがようやく足取りがつかめた……と、喜ぶべきなのか、敵に先を越されたと考えるべきなのか。


「でも、その様子を見る限り、奪えてないっぽいね」


「ええ♪だけど、収穫はあったわ」


 ベアトリスに対して執着が強い彼女は、少しでもベアトリスが成長していると嬉しくてたまらないようだ。


「ベアトリスの魂の中に変なものを見たのよね~」


「変なもの?」


「なんていうのかな?そう!光!」


 傀儡には魂が見えないからわからないが、なにかすごいことなのだろうというのは見当がつく。


「かなり小さかったけど、あれは勇者の証ね」


「は?」


「嬉しいわ♪これでまた一つ、あの憎たらしい母親に近づけたのね!」


 彼女は世界最強である。しかし、メアリという女性には勝てなかった。その娘をすぐ殺さないのは……やはりそういう理由なのか?


「それと、どうも監視されてる気配がしているのよね、さっきから」


 そういうと、彼女はこちらのほうを見てくる。


「あ?ボスは今この場にはいないぜ?」


「知ってる……。そして、この気配も私は知ってるわ」


 何が起きようとしているのかよくわからないが、身の危険を感じた傀儡は防御を固める。


「出てきなさい」


「あれ?バレた?」


 軽い口調で大人びた女性の声が会話に乱入してくる。その声の主は、世間でもかなり有名な賢者様ではないか。


「マレスティーナ……メアリが率いてたパーティの魔術師。『世界眼』の持ち主」


「お?私ったら有名人!もしかしてファンかな?」


「黙れあばずれ女」


 なんとも険悪な気配が漂っている。何しろ、マレスティーナ……大賢者は彼女が憎いメアリの仲間だからだ。


「聖女やらあの鍛冶師やらはいないの?」


「ああ……あいつらはもう隠居生活始めてるよ。年を考えてごらん?」


 と、言っている本人の見た目はどう見ても二十台半ばほどだが、この状況でその点について聞く勇気は傀儡にはなかった。


「さっきから覗き見してたみたいだけど、なんか用?」


「用?そんなものはないけど、一応久しぶりに顔を見にね」


 軽い口調の中には明らかに殺意が混じっている。


(あぁ……早く終わんねぇかな……)


 そんなことを考えながら隅っこにいた傀儡は、マレスティーナがこちらを見ていることに気づく。


「そう、あなたね?私の『友達』殺したのは」


「え?」


「亜空間に放り込んで永遠の暗闇の中で焼き殺してくれる」


「ええ?」


 いきなりの発言に戸惑いながらも、その場から転移で逃げようとする。だが、転移は阻害されており無駄だった。


「死ね」


 思わず、人間的に目を瞑ってしまうが、それは不要だった。


「殺さないの?」


 横から少女が問い返す。


「視えた、魂だけで逃げるつもりだったんでしょ?」


「あ、はい……」


 なぜバレた?


「やっぱりその眼って便利よね。()()()()()()()()()()()()()()


 なんだよそのチート!


「今の私には魂を壊す力はない。いいわ、殺さないであげる」


「は、はあ……」


「ただし、魂を破壊する方法を見つけたら真っ先に君で実験をしよう」


 ダメだ、こいつも頭がおかしい。


「で、あなたは私に喧嘩を売りに来たの?一人じゃ私に勝てないくせに」


「私らに一度負けてる人が何言ってんだか……」


 再び会話の流れが戻る。


「今日は一つ、面白いことを伝えに来たのよ」


「へぇ?それを伝えることで何かあなたにメリットがあると?」


「もちろんさ、少なくとも悪魔ちゃんはそれを全力で阻止したくなると思うけど」


「私?」


 目を細めて警戒する少女にその女性は告げる。


「近いうちに、この組織のボスが戦争起こすそうだ。ま、くれぐれも楽しんでくれたまえ!それじゃ!」


 時空が歪んだように、目の前の女性は消え去る。転移ではない。


 魔力の動きが見えなかった。


「戦争ですって?あのバカ……私への嫌がらせ?」


「あ、俺は何も知らないからね?」


「わかってる!ちっ……戦争が起きたら、私が怒られるのよ?」


「それは……」


 一瞬、珍しくも「はっ……」と、言ってはいけないことを言ったかのような表情をする少女。


「こっちの話よ。もう!これじゃあしばらくベアトリスに会いに行けないじゃない!」


「ははは!その間に俺たちが捕まえておくよ!」


「ふん、まだどこにいるかも知らないやつがほざくんじゃないわよ!」


 そんな捨て台詞を吐いて、少女は転移する。


「戦争か……」


 子供のころ、一度戦争が起きた。その頃の思い出を振り返りながら考える。


「案外悪くないかも、今度ボスに計画聞こうかな!」

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