お別れ
雷は水滴を通って私と悪魔へと流れ込む。だが、水滴で少しながら濡れていた私は、雷が体の内部まで入ってくることはなかったが、外骨格を持った水を弾いてしまう上位悪魔はそのまま体の内部まで痺れてしまったようだ。
悪魔の体の中がどのような構造になってるのかは知らないが、気を失ったかのように体から力が抜け、そのまま落下していく。
「や……った!」
声を出そうと思ったが、少し出づらかった。と思った束の間……私の体は力を無くしたかのように落下し始める。
悪魔と同様に私の体は痺れてしまったのだ。
「残りの魔力は……」
もう魔力はカラッカラ。これっぽっちも残っていない。
「えー……」
現実味がないせいで恐怖が湧いてこない私はおかしいだろうか?いや、むしろ死にかけているからこそ冷静なのだろうか?
全身が痺れているため、受け身も取れないというのに私は何を考えている?
と、そうしているうちにナターシャたちが戦っていた戦場まで戻ってきていた。
戦いは既に終結している。命令が破棄され、身動きひとつ取らない下位悪魔たち。
魂が抜け落ちたかのようになっている悪魔たちはもう脅威とはなり得ないだろう。
「えっと……結構不味くない?」
まずは自分の心配をしろって話。この速度のまま落下したら普通にペシャンコになるよ?
「……誰か助けてー!」
悲しいかな。喉の中は乾燥して思った以上に声が出ない……ナターシャたちにも声は届いていないようだった。
「せめて木の上に……」
木の上に落っこちても無事だったと……『賢者の冒険譚』的なタイトルの本に書いてあったはず!
幸い下は木で覆われている。後は、うまく木の上に挟まってくれるかどうかだ。
地面へどんどんと近づき……あと数秒で結果がわかる。
目を瞑り衝撃に備えようとしたが、体に走るはずの衝撃はふわりとした感覚だけだった。
「おはようベアトリス」
「あっ……」
「おいらの顔に何かついてる?」
目を開けると、木々の中に突っ込んでいく前にターニャがキャッチしてくれていた。
全く、その「どうよ!」みたいなドヤ顔はなんとかならないのだろうか?
「助かったわ……」
「そうとも!おいらがいなかったら危なかったでしょ?」
ターニャは身軽に木の上に止まり、開けた場所にジャンプする。私の体を持っているのに……鬼族の身体能力は凄まじい。
「お帰りなさい」
出迎えたのはシル様。にこやかな笑顔で出迎えてくれるのはいいけど……なんだろう、そんなに心配されていなかった感が否めない。
もう少しね?大丈夫だった!?みたいな反応が欲しかった気もする……。
「今回もこれで一件落着ですね」
「あとはシル様のお父さんの反応次第だけどね。それさえうまくいけば、完璧なんだけど……」
被害者は結果的にゼロ。私たちの完全勝利。
悪魔の撃退も成功したし、万々歳ではあるものの……あの悪魔の少女に居場所がばれたのは痛い。
だが、私はここに留まるつもりはない。
すぐに逃げればまた姿をくらませることができる。よって、龍族のみんなとはそろそろお別れだ。
「できるだけ、急いだ方が父上の機嫌もまだマシでしょう」
シル様とターニャは一足先に獣王国へと帰還する。
おそらく、すぐにでも鬼族を集めて撤収することだろう。
「じゃあ、私は『お使い』を終わらせますか」
「では、また今度」
「バイバイ、ベア!」
元気に挨拶するターニャ。そして、シル様……そのまた今度っていつになるのやら。
他国の王子がそんな簡単に国を跨げるわけでもないし、短くて一年後とかかな?
「まあ、いつかは会えるし……いっか!」
私は龍族の方たちの元へ戻っていくのだった。
♦️
「もう、行ってしまうのか?」
「まあ、『お使い』ももう終わったし」
グラートたちは名残惜しげにつぶやく。
悪魔たちが襲来した日から、数日が経過した。その間に、部族の柵の修復や二部族の和平……さらに、私のお使いも全て完了した。
理事長がなぜこんな素材を必要としていたのかはいまだにわからないが、そろそろ帰らないと怒られてしまう。
一週間不在にしていた罪はでかいのが教員だ。
なんだ、あの時間外労働は!?授業が終われば次の授業が始まり、学校のPR作成から生徒たちの課題のチェック……さらにはクラブの監督と夜中まで定期テストの作成。
もっとひどい先生は部活の朝練に放課後の部活の後から、出張に行かなければならなかったりする。
なお、勤務時間である朝の八時から午後六時以外は、サービス残業……賃金実質なんとゼロ!
わーお得。
とまあ、そんな生活を一週間近くサボっていたのだから、さぞかし仕事が溜まっているだろうから、早めに帰らなくては!
「お使いの内容はこれであってたのか?」
「うん、大丈夫。精霊の鱗粉も私が回収したから、これで足りるわ」
「わかった」
素材たちは収納済み。
これですぐにでも帰れる準備が整った。
「お姉ちゃん!」
「どうしたの、ルー?」
グラートの足元にしがみついているルーがこちらを見上げてくる。
翼をパタパタさせながら嬉しそうにいうのだ。
「少しだけだけどね、飛べるようになったよ!」
「ほんと?よかったね!」
「えへへ……」
尊い……グラートとドラウとはえらい違いだ……。
「なんか言ったか?」
「へ!?なんでも?」
ドラウがそう聞いてくるとは思わなかった。龍族の勘の良さは恐ろしい……。
「もう行くのか……」
「はい、族長もお元気で」
族長はあの戦いの後、体調を崩してしまったため、今は松葉杖をついている。私のせいが半分あるのは確かだけど、当の本人は娘が看病してくれてとても喜んでいるようだ。
「早く治してよね、面倒みるこっちの身にもなってみて!」
「ははは、すまない」
いまだに反抗気味だが、父親が倒れたのは流石にこたえたっぽい。少し口調が丸くなった。
「じゃあ、長老もナターシャも元気でね」
「ええ、また来てくださいね」
「もちろん……すぐにはこれそうにないけど」
あの悪魔の少女にまた見つかったらたまったもんじゃないからね。
「じゃあ、みんなも元気でね!」
私がそう声をかけると、手を振りながらみんなが見送ってくれる。
これが私が守れた命……と思うと、少し感動してしまう。そんなことを思っているうちにみんなの顔は消えて、よーく見慣れた校門が目の前にそびえ立っていた。
また今度……(意味深)
戦っていた女悪魔さんの行方はまたのお話で。