実践授業④
入学の季節ですね~。学生生活万歳!
「は?」
人影の正体は、どうやらこの女性のようだった。赤い髪色に寝不足なのか目の下にクマが出来ている。
前回であった時は、このような髪色に見えなかったのはおそらく夜だったせいだろう。
それはいいとして、今一番重要なのはフォーマが勝手に死んだ扱いにさせられていたことだろう。
勿論のことながら、私は殺してなんかいないし、今は生きているかどうかわからないが、あのフォーマが簡単に死ぬわけないのは間違いないのである。
よって、目の前の女性は何かを勘違いしている。
魔術で操作されたのか、という疑問のものも残らなくはないが、それよりもまずはその誤解を解くことが最優先だ。
しかし……
「お前の話を信じられるわけなかろうが!」
そう言って、牙を剥く。
至近距離で私は少し気も緩めていたが、十分避けきれる。が、その前にレオ君が前に出てくれたので、その牙は私に届くことはなかった。
「レオ君?それ痛くない?」
「あ、ああ大丈夫」
文字通り牙を剥いて襲い掛かってきた女性の口に腕を通して止めるとはなかなか痛そうな光景だ。
だが、獣人の筋肉量を舐めたらいかん。
こんな小柄でも成人男性以上の筋肉がついているのである。
そう過信していた。
「……」
「レオ君?」
少し痛そうに顔を歪ませているレオ君。おそらく私とユーリにしかそれは分からなかっただろう。
そんな些細な差であった。
「あなたに勝ち目はないわ。大人しく話を聞きなさい」
「くっ……」
不意打ちが通用しなかったのだ。もはや、どんな攻撃をしても無駄……そう判断した女性は大人しく私の言うことを聞いてくれた。
「殺すなら殺せ」
「少しは話を聞いてくれない?」
話を聞く気はいまだになさそうだが、一応場は収まったといえよう。
ちらりとレオ君のほうを見ると、噛まれた腕に違和感があるようでグニャグニャ動かしている。
「とりあえず、ヤンキーたちー?生きてるー?」
「死んでないわ!」
「そかそか、ならよかった。あー、こいつは私が倒しちゃったから君たちの加点はないけど、頑張ってねー!」
この女性と戦っていた間にも、他の班はどんどん魔物を狩っている。そのうち、ここらで狩れる魔物はいなくなってしまうのでは?
そして、私の意図に気づいたナナや他生徒がすぐに袋を手に走り出していくのであった。
「あれはなんだ?」
ふと女性がそんなことを聞いてくる。
「私の生徒……教え子ね」
「お前のか!?じゃあ、いずれ貴様のような化け物に!」
「それはないかな……うん」
ナチュラルに化け物認定は悲しいものがある。これでも、一応人間なのだが。
「それで、あなたは捕まったわけだけど、少しは話を聞いてくれる?」
「ふん、狂信嬢様が生きていると?私はちゃんと見た!お前たちに殺された狂信嬢様を!」
「死体は?」
「は?」
「死体は見てないでしょ?」
暗がりでの戦い……そう、見間違いだ。
「あなたの尊敬するフォーマがそんな簡単に死ぬわけないでしょ?だから、生きてるわ……多分」
最後に小さく「多分」と付けたが、女性には聞こえていなかったらしく、
「やはりそうか!お前たちに殺されるほどあの方は弱くない!」
「そう、その通りよ!」
「じゃあ、今はどこにいるんだ?」
「うぐっ……」
そんなこと言われたって、古い転移魔法陣を使用した上、半分しか踏み込んでいなかったフォーマがどこへ飛んでいったのかなんてわかるわけない。
それもこれも悪魔の少女の仕業だが……。
(思い出したくもないわね……)
思い出すだけで、思わず殺意が湧く。
遊び半分で、私の大切な――!
「ベアトリス?」
止めたのは意外にも赤髪の女性である。
心配そうなまなざしではないが、止めてくれたことには感謝し、私は頭を振って忘れる。
「あなた、名前は?」
「アネット」
♦♢♦♢♦
目の前にいるベアトリスという名の少女の言い分はこうであった。
狂信嬢様は死んでいないが、現在はどこにいるかわからない。
もっと詳しく言えば、狂信嬢様は自らが負けたことを認め、ベアトリスに仕えると宣言した上で、共に生活していたらしい。
そして、ある日のこと、いきなり悪魔の襲撃者が訪れ、それを撃退するために共に交戦し、共にどこかへと逃げ延びた。
ただし、転移魔法陣に完全に体を入り込ませることが出来なかった狂信嬢様は、ベアトリスにもわからぬどこかへと飛ばされてしまったらしい。
少し説明不足な気はするが、おおむね筋は通っていた。
狂信嬢様が信じる『神』とやらは、自らよりも強い存在と定めている。
曰く、強者すべてが神に等しいというわけだ。
弱者からしてみれば、自分を窮地から救ってくれるような人物を『善神』と呼び、危害を与えてくるのが『邪神』それ以外がただの『神』という認識だと聞き及んだことがある。
相手がベアトリスであったとしても、神に逆らうことは絶対にしない、それが狂信嬢様である。
(そうよ、あの方が簡単に死ぬわけがない。それに、ベアトリスたちがわざわざ私を騙す理由もない)
もし、狂信嬢様を本当に殺害していたのであれば、私なんぞサクッと殺されて終わりだ。
生かしておく理由もないので、彼女たちを信じても平気だろう。
「あなた、名前は?」
「アネット」
私の名前は狂信嬢様がつけてくださった名前で、これを名乗ることは一種の誇りである。
「そう、アネット。あなたに少し提案があるのだけど、聞く気はないかな?」
そんな問いに、少し困惑している自分がいる。
その理由はもちろん、敵が提案を持ち掛けてきたからだ。
利用価値もないのに、どうして?
だが、元来人間たちに『英雄』と語られる人物は総じてこんな性格をしていたのを思い出す。
「あなたを大学院で匿ってあげる!」
どうしようもなくお人好しだったのを――。
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