旅立ち
今週もお疲れ様です!
壊れた玉座が寂しげにたたずんでいるこの部屋から二人が消えた。
無論それは、強欲と傀儡の二人である。
「え、え?」
話の流れに私はついていけなかった。
まず、傀儡が色欲を解雇した。
え?
「色欲って、黒薔薇の人?」
「そ、そうよ……な、なにか、悪い?」
「ちょ、ちょっと!立ち上がらなくていいから!」
刺された箇所を抑えながら立とうとするものだから、あわてて寝かせた。
少年の方もあまりよろしくなさそうだ。
だけど、少年も色欲も吸血鬼なので、時期に治る。
色欲を解雇して、強欲を仲間に引き入れた。
そして、強欲はそれを二つ返事でオッケーした。
そのあとから、私は二人が何を言っているのかよくわからなかった。
気づいたら、二人は転移?でいなくなっていた。
多分、話についていけなかったのは、強欲が完全に敵となってしまうことを考えていたからだろう。
かろうじて、私は気に入られているらしいので、すぐに殺されたりはしないだろうと思っていた。
だからと言って、慢心はできなさそうだ。
「強欲は、この国を支配したかったのか?ふん、回りくどいことをするな。彼女の本当の性格を知っている人物は最初からいなかったわけか」
憤怒さんは舌打ちをする。
残りのメンバーの反応は人それぞれだった。
ネルネは特にひどい。
「怠惰?娘?私は……普通の吸血鬼で……」
今すぐ、慰めの言葉をかけたいが、私が言っても逆効果だろう。
私には罪人の娘と呼ばれるつらさなんてわからないから。
罪人は権力の象徴であり、強さの象徴であり、罪の象徴なのだ。
「おい、色欲。あんたは大丈夫なのか?」
「な、なにが、よ」
「なに、結構ケガの治りが遅かったから、な……」
「ふ、ふふ。あなたが私の、心配、を、するなんてね」
「ちっ、うるせえよ」
そんな声が聞こえてきたのもあって、私は回復魔法を使う。
手をかざして、魔力を流せば大抵の傷は治せるのだ。
病気なんかは治せないけどね。
「あ、あ?なんで?」
色欲はさぞかし不思議という顔をしていた。
「別に。仲間が傷つけられたりしたんならまだしも、あなたから攻撃されただけで怒るほど、短気じゃないわ」
「それを私は甘いといってるのだけれどね……。でも、ありがとう」
照れたように顔を隠した。
もちろん、少年も治療したので、律義にお辞儀をしてくれた。
「ベアトリス、あなたはこれからどうするつもり?」
「どうするって?」
「もちろん、あの二人のことだよ。強欲は『無欲』だと思ってたから、害はないと思っていたけど、あそこまで欲望だらけだったなんて知らなかったし……」
強欲の強さはよく知っている。
攻撃の無力化から、一撃で相手を仕留める術も……攻守ともに隙が無い。
「強欲を殺すのであれば、権能が使われるまでに殺すしかない。正面から戦っても負けるだけだ」
「そ、でも、ひとまずは安心してもいいんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ?あのヤバそうな男とくっついてどっか行っちゃったんだよ?」
「……わかってる」
一番危ない状況にいるのは私だ。
狙われているのは私。
ついでに言うと、悪魔関係のトラブルもまだ解決していないし。
私は、黒薔薇と悪魔の二つから狙われているわけだ。
「強欲はすぐに、こちらに戻って国を統治する。だから、あなたたちは早く逃げたほうがいいわ」
「あれ?心配してるの?」
「っ!ふん!私に殺されなかったことを喜ぶがいいわ!」
わかりやす。
「ありがと。でも、斬りかかってきたことは許さないけどね」
「ああ」
ひとまず話は纏まった。
私たちはすぐにでも逃げよう。
強欲はここを色欲に代わって統治することになるだろうから、ここにいたら時期に見つかる。
悪魔からも逃げなくちゃいけないので、早々にまた身を隠さねばならない。
「色欲、あなたはどうするの?」
「私は……二人で隠居でもするわ」
そう言って、弟の頭をなでる。
少年の仲介などもあってか、一応和解はできたのかな?
さっきまで敵対していたのに、急展開すぎるけど。
そして、憤怒さんの方を見れば、察したのか答えてくれた。
「私は、特にすることは決めてない。そのうち決めるさ」
「そう、分かった」
そして、もう一人。
ネルネにも今後どうするのか聞きたかった。
私は結構仲良くなれたので、一緒にいたいと思わなくもないが、事情が事情なのでね。
そう思って、後ろを振り返った。
目を見張った。
「ネルネは?」
その場所から、ネルネが消えていた。
♦♢♦♢♦
(私はなんなの?)
怠惰?
意味わかんないよ!
罪人の娘なの?
そんな……。
走った。
わけもわからず走った。
この亜空間は穴だらけになっていて、抜け出すのは簡単だった。
ずっと走り続けた。
「罪人の娘なんて……」
そんなんじゃ……。
「お客さん……ベアトリスさんに顔向けできないよ……」
事の発端はすべて私。
私の宿に入ったせいで、私が嫌がらせを受けていることを話さなければ、ベアトリスさんが危険な目にあうことも、ローブの少年が刺されることもなかった。
全部全部私のせいだ。
「宿は、もうやめよう……」
やめてどうする?
「旅にでも、出ようかな」
もう一生会うことはないだろう、ベアトリスさんとは。
やがて、自分の宿までやってきた。
もうここも、やめるわけだが。
親から宿を引き継いで、精一杯やってきた。
ただ、実際に親に会ったことはない。
育ての母に、継いでほしいといわれたから、継いだだけなんだ。
未練はない。
「さようなら」
私はまた走り出そうとした。
「おい、いいのかよ?」
「!」
後ろから声をかけられた。
振り返れば、『憤怒』と呼ばれていた人がいた。
「憤怒……。なんですか?私に何の用ですか?」
「お前、ベアトリスたちと一緒にいたかったんじゃないのか?」
「いたかったですよ!でも、私にはそんな資格なんてないです!」
あの三人に混ざれる気がしない。
どこまでも、私は腰抜けだな……。
「宿、やめるのか?」
「やめます」
「旅に出るのか?」
「でます!」
「じゃあ、私も連れてけ」
「は?」
突拍子もなくそんなことを言われた。
「お前、一人じゃなんにもできないだろ?知識も何にもないくせにいっちょ前に旅に出るとか馬鹿じゃん」
「ば、バカって!」
「だから私を連れてけ」
「……………」
私はまた、走り出した。
♦♢♦♢♦
何がしたいかなんて、決めてなかったけどさ。
ベアトリス、あんたのおかげであの封印から出られた。
色欲も別に恨んじゃいねー。
たくさんの知識をあそこで得られてからな。
でも、ベアトリスは気づいてなかった。
私が、百年間も封印されてて、久しぶりに話した相手があんたなんだ。
どれだけうれしかったか、わからなかっただろうな。
そして、封印から出られた。
人としゃべれる。
それがたまらなくうれしいんだ。
(だからよ、お前の大事な奴は私が守ってやるよ)
それを恩返しとしてくれないかな?
ネルネ、怠惰の娘。
そいつのことは私は知らない。
封印されていて、あったこともない。
だけど、いい奴だったんだろうな。
「走っても無駄なのにな」
そして、私も走り出す。
空は、夕焼けに染まりつつあった。