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宿の主人

金曜日万歳!

 いつもと変わらない仕事。

 暇になってしまう。


 この宿を経営してきて、もう何十年……。

 一大イベントをちょくちょく目にしてきた。


 反乱があったり、人間狩りがあったり、罪人たちが隠居したり……。

 でも、そんなの私には関係ないと思って過ごしてきた。


 この日までは。


「すみません、メアルさんいらっしゃいますか?」


 ノックもなしに開いたドアの奥を見れば、小さな少年少女が数名いた。

 それだけ見れば、冷やかしかと思い、追い返すところだが、私の目には見覚えのあるものが映った。


(へー、()()()()()()()


「私がメアルだ。して、ノックもなしに何の用かな」


 書類を机の脇に置き、腕を組んだ。


「単刀直入に言います。ベアトリスがどこにいるかわかりますか?」


 代表して、灰色の獣人が聞いてきた。

 オレンジ色が毛先に交じっていて、かなり独特……


(いや、混ざり者か)


「それをどうして私に聞く?」


 ベアトリス……哀れにも『強欲』に目をつけられていた少女である。

 あれほど忠告はしたのに、結果として()()は変わらなかった。


「僕たちにはここしか手掛かりがないので来ました。見たところ、この宿は上流階級のものに人気があるようで。なのであれば、裏にも精通してると思った次第です」


「ほう」


 裏に精通している……。

 彼らの言う裏が貴族の裏側なのか、この国の裏側なのかは知らないが、私はもともと彼らに教えると決めていた。


「ベアトリスの居場所か。もちろん知っている」


 そう言った瞬間に、隣にいた黄土色の髪をした獣人が怒ったように爪を立てた。


「なんでお前が知ってんだ」


 気づけば、机の上に立っており、そこから私に向かって爪を立てていた。


「なに、お客のことについてはすべて把握しておく……宿屋として常識だ」


「そんな常識聞いたことないですけど……」


 前に会った際、ネルと名乗った少女はそんなことを言った。


「ともかくとして、私は面倒事に巻き込まれるのはご免だ」


「な!」


「まあ待て、だからと言って、君たちの仲間を助けてやらんこともない」


「「「!」」」


 驚くその反応を見るところ、私のことを信用していなかった様子。


(初めから実力行使のつもりだったわけか)


 人を見極める能力は人一倍ある私。

 まずいと思ったら喧嘩を売らないのがモットーだ。


 ことは安全に……その時が来るまでは。


 そして、今がその時である。


「私が、案内をしようじゃないか」


「それは……」


「ああ、わかっている。なぜ居場所を知っているのか疑問なのだろう?その所は安心してほしい。私が、君たちを騙すメリットなど雀の涙ほどなのだから」


 ベアトリスという少女が、いかに危険な状況に置かされていて、それがどれだけ一大事なのか、私にはわからないのだ。


『強欲』から気に入られていることも知っている身である私としては、彼の罪人を敵に回すのはデメリットでしかない。


 メリットとデメリットを比べた時、デメリットが大きいのは目に見えている。


 そのことは少年たちもよく理解しているようだった。


「さあ、わかってくれたら、そろそろそこをどいてくれないか?書類がぐちゃぐちゃだ」


 端っこに置いてあった書類はバラバラに散乱していた。

 まだ、頭に何かが引っかかるが、しょうがなく……というように、その少年は退いた。


「では、教えてもらってもいいですか?」


 一番の常識人だと思われる灰色獣人。

 彼はまだ冷静だ。


「残念ながら、今すぐに教えることはできない」


「なぜ?」


「ここには、ベアトリス、を誘拐した者も宿泊している。そんな中、私が勝手に動けば、変に疑われかねない。貴族たちの監視の目もある。すぐに動くのは難しい」


「……………」


 実際はそんなことあるわけないがな。

 強欲が自分程度の存在を気に留めることもないだろうし、貴族たちは強欲という名の罪人に熱を上げているので、私のことなんて知らないだろう。


(今がその時……だけど、まだ橋が下りてないの)


 渡るための橋がね。


 それさえできれば、今すぐ彼らを案内することが出来るだろう。

 私は、一枚の紙切れを彼らに渡した。


 空中でくるくると回るそれを一番背が低い少年がキャッチする。


「それには魔法が込められている。いつでも連絡してくるといい。それと、もし彼らの居城に乗り込むのだとしたら、そこの小さい少年と、ネルは鍛えたほうがいいだろう」


 それだけ言い残して、私は雑務に戻ろうとする。

 なかなか帰らない少年少女をシッシを追い返す。


 納得がいかないという表情の者も、鍛えるという単語を繰り返しつぶやく者も部屋から出ていき、最後に残った灰色の獣人が聞いた。


「あなたは、誰ですか?」


 その質問は大雑把で、核心をついていた。


「そうだな、誘拐を試みた彼らが罪人であり、裏社会の立役者なのだとすれば、私は、表の立役者といったところだろうか」


 そう言ったが、少年は理解できていない様子だった。


「時期にわかる。さあ、愛しい女性のために奮起でもするがいいさ」


「へ?愛しい?」


 キョトンとした後に、少し顔を赤くしながら、お辞儀をされた。

 全員が出て行った後の部屋はやけに静かで、物が散乱していた。


(ようやくか……ここから先は私でもわからないぞ、ベアトリス)


 少女の顔を思い出す。


「あなたは気づかなかったようだけど、私はちゃんと気づいたわ」


 さて、橋が架かるまで、仕事でもすることとしようか。

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