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少年の昔話

 少し、昔話をしよう。


 ある時、一人の少年が生まれた。

 人間であった彼は、体は弱く、脆弱だった。


 そんな彼は生まれたのち、数年を生きた。

 生まれたからの数年で彼は気づいたことがあった。


 この地に、自分は生まれるべきではなかったということに気づいたのだ。

 そこは、暗かった。


 そらも大地も全てが淀んだ空間だった。

 そこに暮らしていた人間に近しい何かは、自分の存在を貶した。


 生まれて、物心がつくまで、どのように生きていたのかわからない。

 が、少年は物心がついてからというもの、人間に近い何かに殺されかけていた。


 そいつらは、少年を異端者扱いした。

 敵だと言った。


 少年は反撃したかった。

 蹴られて、殴られて、刺されて……。


 それでも、抵抗できなくて……。


 いっそここから逃げ出そう。


 そう心に決意した。

 人間に近い奴らにはどうあがいても勝てない。


 だったら、こんな腐った土地から逃げ出そうとした。

 だが、うまくはいかない。


 バレて、再び殴られる。

 死んでしまう。


 そう、死を予感した時、


『やめなさい』


 優しい声色が聞こえた。

 それは自分を殺そうとしていた奴らに諭すような声だった。


 そいつらは逃げていった。

 その代わりに、その声の主、青年は近づいてきた。


 だが、何も言わずに、ご飯を分けてくれた。

 今となっては何をくれたのか覚えていない。


 そして、逃げ出した。


 朝も昼も夜もボロボロの服のまま走り続けた。

 髪はボサボサ、見るに耐えない傷も、全て気にせずに走った。


 走りきった先には街があった。

 そこには自分と何ら変わらない人間がたくさんいた。


 これで助かった。


 そう思った。

 しかし、現実は甘い。


 人間は少年を忌避した。

 少年には何故だかわからなかった。


 受けるしうちも変わらなかった。

 路地裏で殴られ蹴られ。


 一体自分の居場所はどこにあるのか?

 少年はまた逃げた。


 行き先も分からずに走り続けた。


 そんな時、戦争が起きた。

 人はこれを『聖戦』と呼んだ。


 戦禍に見舞われる少年。

 彼の力は尽きかけていた。


 走り続け、全てから逃げた少年は残酷な運命のもとで、その命を終える。

 はずだった。


 少年は光を見た。


 戦争が終わったのだ。

 終わらせたのは、一人の青年だった。


 人間に近い……昔、自分をいじめていた奴らと同種。

 のはずなのに、彼は優しそうだった。


 どこか見覚えがあった。

 殺されそうになっているところを助けてくれた青年だ。


 彼はその力で馬鹿馬鹿しい戦争を止めたんだ。


 少年は感激した。

 人間であった少年は初めて嬉しく泣いた。


 彼は素晴らしい“人“だ。


 彼は善良な人で、彼は自分の救世主だと思った。

 戦争に見舞われ、もはや街すら入らせてもらうことができなくなっていた少年はその日誓ったのだ。


 “強くなって、彼のような善良な人間になろう“と……。


 それから時は過ぎた。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「おい、いつまで寝ている?」


 目を開ければ、そこは平原……いや、森の中だった。


 時間の感覚すら無くなっていたが、今が夜だということはわかった。


「あれ?“邪仙“君じゃーん!おひさー!」


「馴れ馴れしく呼ぶな」


 久しぶりにあった同僚は相変わらず冷たかった。


「ちっ、勝手にお前が死んだおかげで、こっちはだいぶ迷惑を受けてるんだぞ?」


「なに?なんかあった?」


「おおありだ」


 久しぶりの会話。


 長らく死んでいた。

 そう……確か、メアリ……じゃないな。


 キツネの魔王様に殺されてからだ。


(懐かしいな、やっぱりいくら鍛えても彼には届かないか)


 キツネのことを恨んでなどいない。

 むしろ、期待していた。


 自分よりも強いことを……。


 結果、それは叶ったわけだ。


「ふーん、で、ベアトリスは結局どっか行っちゃったんだ」


「他人事のように言うな!元々はお前が死んだおかげで、あの不気味なガキが好き勝手したんだぞ!」


 協力者の少女は今どこにいるから分からないそうだ。

 元々、怪しかったから、何とも言えないが。


 予想通りというやつかな。


「はあ……ボスが呼んでいた。さっさと戻るんだな」


 そう言って、同僚はその場から消えた。


 だが、同僚の話は上の空で、なにを言っていたのかあんまり覚えていない。


「長い、夢を見た……そんな気がするな〜」


 その場に体を起こして、木に寄り掛かった。

 長い夢……それは自らの過去。


 消したい記憶、素晴らしき誓い。


 忘れることのない思い出だ。


 彼は今、どこにいるのだろうか?

 第二次聖戦、それから何年も経った。


 何十年何百年……。


 自分を鍛え続けた。

 その結果、たどり着いたのは今の自分。


「変わったなぁ」


 本当に自分がこの姿を目指していたのか、そう聞かれたらすぐには肯けない。

 しかし、彼を目指した結果がこれなのだから文句はなかった。


 少年だった頃に、ある結論に至っていた。


 人間はどうしようもないクズしかいない。

 と。


 子供の心情なんてそんなものだ。

 嫌なことをされたら、そいつを一生嫌う。


 殺されそうになれば、そいつらは敵。

 だから、人間は敵だ。


 人間近しいあの何か……もちろん今ではその名称も知っている。

 だが、彼らには恨みもない。


 何故なら、命の恩人である彼がその種だったからだ。


「絶対に見つけるさ。大丈夫、彼は味方だからな」


 そう、心に言い聞かせる。

 心臓のあたりを押さえる手は震えていた。


「これで、間違ってないよな?なぁ?」


 人間が嫌いだ。

 人間を殺したい。


 だから、この組織に入った。

 自分の使命と組織の使命は果たす。


 さあ、仕事に戻ろうか。


 ——少年は、歩き出した。

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