ベアトリス、教官になる
最初は良かった。
最初は……。
みんな私がどこから現れた存在なのかわからないせいで、警戒していた。
それでちょうど良かった。
だが……
「教官!」とか「トリスさん!」とか呼ばれるようになってしまった。
それには私が、真面目に教官としてエルフたちに教育しようとしていたかららしい。
警戒して真面目に話を聞かないエルフたちも次第にその姿に心を打たれたとは、この時のベアトリスには知る由もなかった。
「めんどくさい役回りになっちゃったわね……」
目の前には、訓練をしているエルフが何人もいる。
槍の使い方も様になってきている。
私も槍を使ったことはあまりないが、知識として学んでいるため、教えることは容易である。
素振りや組み手をしている私の……生徒?からは時々、ここはどうすれば良いですか?という質問も来るようになった。
大人たちが私に助言を求めて来ているところを見た、子供たちも私のもとにやって来ては、色々いたずらをしてくる。
正直、面倒……だけど、楽しくもある。
「ユーリ!任せた!」
「ええ!?僕!?」
疲れて来たら、こうやってユーリに丸投げすれば良い。
そして、レオ君と駄弁りながら訓練を眺める。
それが一番楽。
「トレイルめ……絶対に許さないわ」
「まあまあ……トレイルさんだって悪気はないわけだし」
「悪気があったら逆に問題よ!」
「あはは……そうだけどね」
私の愚痴に付き合ってくれるレオ君、まじ優し!
「あーあ!私もレオ君みたく優しくなれたらなー」
「十分優しいと思うよ?」
「くっ……その笑顔が逆に辛い……」
そんなことを話していると、いつも通りユーリという囮を掻い潜って来た猛者(子供)がやってくる。
「トリスお姉ちゃん!おはよう!」
「うん、おはようー」
返事を返すだけで、喜んでくれる……。
この少女は近くの家に住んでいるため、こうして遊びに来ている。
父親が私の監督の元、訓練に励んでいることもあるため、父親に差し入れを持ってくるというのも理由の一つだろう。
(なんで私なんかの訓練受けてくれるんだろう?)
エルフの年齢は見た目で決まらない。
つまり、若く見えてももしかしたら年寄りかも?ということが多いのだ。
少女の父親以下生徒諸君は、もしかして私のこと年上だと思ってたり……。
だから、訓練にも真面目に……。
「あのね!今日はちょっとお願いがあって……」
「うん?どうしたの?」
嫌な妄想を取っ払う。
もじもじしながら、何かを言おうとしている少女。
少女と言っても、五歳くらい。
年下……だとは思う。
「私の、お母さんを助けて欲しいの!」
「お母さん?」
話を詳しく聞く。
少女曰く、母親が体調の優れない方で、病弱だったらしい。
そんな母が急に倒れてしまったそうだ。
それがさっきのこと。
「それで、なんで私に助けを求めるの?」
「だって!トリスお姉ちゃんは強いし、頼りになるし、それに旅をしていたって聞いたの!だから、良い薬を知ってるかなって思ったの!」
「強いって……」
「うん!いつもお父さんが『ボコボコにされて困っちゃうよ〜』って言ってたもん!」
……………ちらりとこの子の父親の方を見る。
素振りをしていたようだが、そっぽを向いてしまった。
いや、ボコボコにはしてないからね!?
「わかったわ、私にできることならなんでもするよ」
「ありがとう!トリスお姉ちゃん!」
「あはは、信用されてるね、ベアトリスは」
隣でそんなことを言うレオ君。
思わず、鼻を引っ張った。
「いた!何するの!」
「レオ君も行くんだよ?」
「僕も!?」
何を驚いているのか。
それにしても、獣人の鼻って大きいんだなー。
獣寄りの見た目をしている人だけだけど。
「レオお兄ちゃんもおいでよ!トリスお姉ちゃんの彼氏なら大歓迎!」
「ブフッ!」
「か、彼氏じゃないからね?レオ君は友達だからね?」
「え〜?でも、いつも一緒にくっついてるじゃん」
「くっついてるって……」
「と、とりあえず早く行こうよ!ね!」
レオ君の強引な話の切り方を面白く思いつつ、私と少女、レオ君でそのお母さんの元に向かう。
♦︎♢♦︎♢♦︎
ちょっとだけ緊張した。
だって、人の部屋というか……エルフの家に入れさせてもらったの初めてだし……。
中は当たり前の如く木造建築。
広くもなく狭くもない。
その廊下をトコトコかけていく少女、その後ろをレオ君と私が追いかける。
やって来た先には、椅子とベッドがあった。
ベッドには一人の女性が座っていた。
痩せて細くなっているその女性が、光が差す窓を見上げている。
「お母さん!」
椅子に乗って、ベッドに乗れる高さに移動する。
「あら、おかえり……ッゲホ……後ろの方達は?」
咳き込む女性に軽く挨拶する。
「トリスお姉ちゃんとレオお兄ちゃんが、治してくれるからね!」
ハードル上げすぎでは?
これで、私が治せませんでしたーとか言ったら、どうするの?
「そうなの?でも、高望みはしないわ……ゲホ、少しでも長く生きていたいとは思うけどね」
そう言って少女の頭を撫でる女性。
その姿が、私の母、メアリと重なって見えた。
あの時、私のこと……そしてその場にいた全員を助けるために、あの黒いモヤに立ち向かって死んでしまった。
あの黒いモヤは強かった。
当時の私が万全の状態で作戦を練って、挑んでも勝てないと思われた。
母は勇敢だった。
今となっては大した記憶はない。
だって、たった一日の記憶しか戻らなかった。
私のことを産んでくれて、その時聞いたあの声しか思い出せない。
それ以降会ってないのだから当然だが……。
(もし、一緒に暮らしてたら、ああして頭を撫でてくれたのかな?)
私は一歩踏み出す。
「ちょっと失礼」
私はベッドの脇に陣取り、女性に手をかざす。
何も言わない私、それでも、何かしようとしていることを察した女性は目を閉じた。
そして魔法をかける。
今の私は魔法の名称を唱えずとも、それが行使できるようになった。
これは私の努力のおかげ?それとも精霊の加護?
どちらでも良いが、私は意識を手に集中させた。
淡く輝く緑の光が女性の体を包み込み、その病気を追い払っていく。
瘴気を取り除き、女性の病弱な体を治していく。
治療が終わり、女性が目を開ける。
細くて、白い。
だが、目には力が宿っていた。
「体、軽くなった?」
「……ええ、気のせい……とかじゃないわね」
「すごーい!お母さん治ったー!」
ついにベッドにダイブして少女は喜んでいる。
それを微笑ましく思っていると、女性が私の方を向きいった。
「ありがとう、あなたは私の恩人よ」
と……。
——後日、この話がエルフの間で広まり、色んなお願い事をされることになった。
やけくそになり、「わかったわよ!全部やるわよ!」と大声で言ったものだから、それからの私の生活は忙しくなった。
それと同時に、エルフたちからの評価も一段階上がったことを私は知らなかった。