殺意愛
「母……様?」
「あら、ベア。どうしてそんな顔をしているの?」
いつも通りの母様……のはずなのに。
「あ、当たり前じゃない!この状況をよく考えてよ!落ち着いてなんかいられないわ!」
「ええ、そうね。私には関係のないことだけど」
「!?」
その時、私は「これはいつもの母様じゃない」と悟った。
いつもの母は、少しだけ病弱で、怖がりで、誰よりも優しいのに……。
「ええ、そうね。私には関係のないことだけど」なんて言わない!
それに、「協力者様、少々お待ちくださいな」ですって?
考えたくもないことが頭によぎる。
「察しがよさそうね」
「そ、そんな!だって、母様は!」
「私はあなたの家族なんかじゃないわ」
その言葉とともに、階段を一段一段降りてくる。
「私の『家族ごっこ』に付き合ってくれてありがとうね、ベアトリス」
「!?」
いつもは愛称で呼んでくれる母様……ヘレナも、ついに名前で呼び始めた。
「いままで、騙してたの?」
「ええ。かなり楽しめたわぁ」
ああ、ヘレナも一緒なんだ。
この少女と一緒なんだ。
なぜ、記憶が戻った私の中に母様という存在が二人いるのか疑問だった。
記憶を同じくなくした父様が意図せず再婚した相手だと思っていた。
それだったら、自分を納得させるに十分な材料だった。
だが、その考えは甘かった。
貴族家に取り入れるだけならまだしも、まさか街を一つ滅ぼそうだなんて……。
協力者というのは、目の前の少女のことなのだろう。
歯ぎしりが止まらない。
今すぐにでも、殺してやりたい。
「あなたたちは!何がしたいの!」
怒りを抑えるためにも、怒気をぶつける。
悲しくも、怒りは膨れ上がるだけだったが……。
「楽しそうだったから」
「は?」
「あったとしても、あなたに教える必要はないわね」
興味なさそうに、少女が答える。
「私も言えないわ。メアリの子供だったら、もっとよく考えてみなさい?」
「!」
指の先に力が入る。
獣のように爪をたてそうになるのをこらえることはできない。
「あらぁ?素手でやるんだったらそれでもいいわよぉ?」
「だから待ってください。私も混ぜてほしいわ」
二人とも狂ってる。
なんで、笑っているの?
私は二人が悪魔にしか見えなかった。
「さて、ベアトリス。家族ごっこの最後に、授業をつけてあげるわ」
「黙れ!悪魔め!」
「そうね……あながち間違っちゃいないわ」
そう言って、ヘレナが背後から何かを取り出す。
それは、
「これ、何かわかるかしら?」
「ユーリ……!?」
首をわしづかみにされたユーリがいた。
キツネの小さな体では、大人の力には抵抗できない。
ぐったりしているユーリの体にはいくつかの傷が見えた。
「貴様……ユーリに何を!」
「公爵家ともあろう人が感情をだしすぎですよぉ?」
あおるように、ナイフを取り出すヘレナ。
「さあさあ、あなたはどうする?」
私に向かってナイフを突きつける。
「ねえねえ、ヘレナ。それ終わったら私呼んでくれる?暇なのよねえ」
「あら、協力者様にはそこに遊び相手がいるじゃないですか?」
「あの獣人はいまいちね。早くしてよねー」
二人の会話、そして少女はどこかへと浮遊していった。
だが、それを気にしている余裕は頭になかった。
「うふふ、早くしないとこの子が死んじゃうわよー?」
「鬼畜めが!ふざけるな!」
人質をとられている状態で武器を持たれたら、簡単に手を出せない。
「あなたが手を出さないのなら所詮はその程度なのね。残念だわ」
そう言って、心底残念そうに、ナイフをユーリに向ける。
「じゃあ、さよならね」
その声が聞こえた瞬間、私の何かがちぎれた。
「うふふ、それを待っていたわ!」
私の体がいつの間にか動いてしまい、そのナイフごと、ヘレナの腕を引きちぎった。
「痛そうにしないのね」
「娘の成長を見れたんだから満足だわ」
「黙れ!」
ユーリをその流れで取り戻す。
素早く動いた私の体は、ヘレナの腕下を通り、器用にユーリだけを今度は奪還する。
「あら?とられちゃった」
不思議そうに、左手をグーパーさせて、眺めている。
「まあ、いいわ」
そうつぶやくと、私が引きちぎった腕に向かって歩き出す。
腕からは激しく出血し、それなのに発狂することなく、悠然と歩いていく。
いつもの、服装だが、その姿は私にも異様にみられた。
そして、ちぎった腕を手に取って、
「ちゃんと、使わないとね」
ちぎれた腕を元の場所にくっつけて、魔力が湧き出す。
そして、その黒い魔力が右腕を包み込んで、
「嘘でしょ?」
次に黒い魔力が晴れた瞬間には、腕が元通りになっていた。
「私のこと、弱いと思っていた?」
「!」
「メアリが『光の申し子』なら、私は『闇の申し子』。私は……闇使いよ」
ヘレナの周りに黒い塊が現れ、私に向かって射出される。
「ぬるい!」
向かってくる闇の魔法をすべて弾き飛ばす。
弱くはない、決して。
だが、私ほどではないし、先ほどの少女よりも弱い。
「ユーリ、ここで待っていてね」
「キュン?」
ユーリをがれきが飛んできていない絨毯の上に置き、私はヘレナをにらみつける。
「殺す」
「ふふ、頑張りなさいな」