ベアトリス、観光する
「それに、なによ。番って?」
「婚約したもののことだぞ!」
「意味を聞いたわけじゃないんだけど……」
ターニャは鈍感なのか?
今更な話だ。
「って、そんなのはいいんだ。連れていきたい場所もまだまだあるんだよね」
「こっちの獣人君も同行していい?」
「もちろん!」
ターニャが即答する。
「ってわけで……」
ターニャが指をわしゃわしゃしながら私に近づいてくる。
(あ、なんか嫌な予感が……)
毎度のごとく感じる嫌な予感はほぼ確実に当たる。
♦♢♦♢♦
つまりはこうなる。
「うん!やっぱりベアトリスはクロネコが一番似合うな!」
「うぅ……どうして私が」
当たり前のように連行され、着替えさせられる私。
着替えというか変装というか……。
「……」
獣人君は口をあんぐりと開けて私を見ている。
やめて、みないで!
なぜなら今の私は完全に尻尾と耳がくっついた状態だからだ。
まあ、前回観光させてもらった時と同じだ。
目立たないように、獣人の格好をしろという話である。
ただし、それは獣人君の知らないところ。
女子がいきなり男装して、こんな尻尾とかつけだしたら、それはドン引きするよね……。
「こっち見ないで」
「ご、ごめん!」
一応私も恥じらいの感情は持ち合わせている。
ので、ここはどうか気にしていないような……あたかも普通であるというような態度をとらなければ!
そんなこんなで着替えたのは、長袖に長ズボン。
だが、それは貴族の子息が着るようなそれであった。
ただし、私の私服は動きやすいように、見栄えよりも戦闘重視に設計されているため、こっちのほうが断然貴族っぽい。
いまさらながら、ターニャも貴族の娘だもんね。
って、毎日抜け出して私のことを待っていたってこと!?
罪悪感が増大する。
(しょうがない……ここは我慢するか)
そう思った私は、猫耳と尻尾を付けた状態で、長袖と長ズボンに着替え始める。
着替えが終わりカーテンを開ける。
「ね?言った通りでしょ?」
「ほんとに男みたいだ……」
「悪かったわね!」
何を話していたんだこの二人で……。
若干苛立ちを覚えながらも、次の瞬間にはそれが晴れることになる。
「じゃあ、君も着替えて?」
「え?」
予想していなかったターニャの言動に私も驚きつつ獣人君の顔をうかがう。
まるで何を言っているかわからないといった表情をしていた。
「なんで僕も?」
「だって、おいらたちが貴族の格好してるのに、一人だけそのぼろぼろの服を着てたら、ね?」
よくよく見れば、獣人君の服はかなりボロボロだった。
森の中で暮らしていたらしいから当然といえば当然なのだが……。
それでも、確かにこの服はある意味で目立ってしまう。
「ふっふっふ、しょうがないから着替えてきなさいよ」
「なんでニヤニヤしてるの!?」
私は無理やり、服を持たせ、カーテンの中に押し込む。
ちなみに言い忘れていたが、ここは仕立て屋のような場所だ。
お代はターニャが払ってくれる。
そして、前回ここに来た時の服はまだ私の部屋の棚の中に保存している。
「ねえねえ」
「ん?どうしたの、ターニャ?」
ニコニコな笑顔でいるターニャ。
「なんか表情くらいなーと思って……」
「へ?」
いきなりそんなことを言い出すターニャ。
「何かあったの?」
「い、いや別に?」
「ふーん」
もしかしてばれてる?
なんか元気ないって思われてる?
そんなはずはない。
私はこれでも貴族の令嬢。
前世と今世を合わせて十数年。
その間にポーカーフェイスは完璧に仕上げたつもりだった。
もちろん、友達との会話でそれを使うことはないが、最近はよく使う。
それもこれも、メアリ母様の件のあとからだ。
家の中では一切話題に上がらない。
私がしないようにしているし、みんなしないようにしてくれている。
獣人君に関していえば、事情を知らないだけだが、わざわざ聞くことでもないと思ったのか、それとも……。
とにかく、私は普段通りの表情を崩さないようにしてきたつもりだった。
なのになぜ、ばれてしまったのだろうか?
「一つだけベアトリスに言っておくね?」
「……なによ?」
「意外とね、嘘ってばれやすいの」
なにかを悟ったように天井を見上げるターニャ。
その視線を覗けば、
「だからね?つらいときは吐き出したほうがいいんだよ?」
その目がこちらを見る。
優しく微笑む顔。
だが、目は……笑っていなかった。
そして、ターニャの口が動く。
なにかを言おうとしたそのタイミングで……。
「き、着替えたぞ」
そういって目の前のカーテンがバサッと開く。
「おお!かわいい!」
さっきまでの暗い様子はどこへやら。
いつもの元気はつらつなターニャに戻り、獣人君をそうからかう。
「か、かわいくなんか!」
「ムフフ、かわいいからしょうがないよねー」
そういって私のほうを見てくる。
その目はいつも通りの目つきだった。
「ええ、そうね」
「べ、ベアトリスまで……!」
実際似合っているから仕方ない。
「ようし!じゃあ、おいらおすすめのスポット巡りだ!」
♦♢♦♢♦
結局言えなかった。
あれだけ、つらいのなら吐き出せといったのに?
なにかあったのは間違いない。
友達として、おいらは何もできなかった。
また……・
これじゃ、いつもと変わらない。
なにも友達にしてあげられない弱虫なままだ。
(違う違う。おいらはしっかりとお父様の言うことに従って……)
本当に?
おいらは本当に従いたいって思ってる?
そう思って口を開こうとした。
まあ、言えなかったんだけどね。
(このままじゃ……)
再び、おいらは大事な人を失うことになる。
それだけは嫌だ。
だけど、おいらに何かできるのだろうか?
わからない。
「ほらー!早くいくわよー!」
先に走り出した彼女がおいらに向かって手を振っている。
(どうにかしないと……)
できるできないじゃない。
おいらはこの子を守りたいんだ。
だから一刻も早く真実を伝えなくちゃいけないのに、おいらの口は思ったように動かない。
恐怖のほうが勝ってしまう。
何をされるかわからないという恐怖が。
おいらは歩き出す。
彼女たちにしてあげれることを模索しながら……。