思惑
「狂信嬢もやられたのも納得いくわ……」
相変わらずの化け物、ベアトリス。
いや、さすがに俺が相手できるレベルではあるものの、この歳でこれって……。
軽く現実逃避したくなるほどだ。
大剣は隙が大きい。
だからベアトリスの攻撃は自分に当たることはない。
短剣で、リーチは短いものの、当たりどころによっては相手を即死させるに十分。
だが、いまだに勝負の決着がついていないのは、ベアトリスと大剣の組み合わせのせいである。
なにが言いたいのかといえば、大剣で隙が大きいとはいえ、まだ八歳のベアトリスは体が小さい。
大剣を振った後の隙を狙って攻撃を仕掛けても、軽く避けられる。
結果、大剣の弱点がなくなったも同義である。
ベアトリスが避けるのであれば、振った後に生まれる隙は意味をなさない。
つまり、お互い攻撃が当たらないのだ。
そして、問題になってくるのはもう一人の方だ。
(あの、獣人も大概だろ!)
ふざけんなよ!
なんでこんな簡単に人外が湧いてくるんだよ!
あれか?
俺は物語の主人公だったりするのか?
強い敵と戦っていたら、新たな強敵が参戦してきたってか?
バカやろうが!
勘弁してほしいものだ。
ベアトリスの攻撃を避けた隙を狙って、背後に忍び寄る獣人。
しかも問題なのは、その反射神経だった。
多分ベアトリスよりも良い……。
五感が優れているのか、感覚で避けているのか。
どちらでも一緒かもしれないが、俺の振りの速い攻撃が当たらないのは酷い。
泣いて良いですか?
いじめだろこんなの!
無駄にすばしっこい人外と、攻撃力全振りの人外。
どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……。
俺の手の中にある短剣。
こいつが折れたら、俺の命もそこまで。
はあ……。
死にたくないからなぁ〜。
そう考えた俺がどうするかといえば、
《いよーっす!ちょっと、死にそうなんで誰でも良いから応援よこしてくれなーい?》
いつも通りの軽い口調で本部に連絡を入れるのだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎
なにをしているんだ?
俺はこんなことをするつもりなんてさらさらない!
体が言うことを聞かない。
なのに、勝手に剣を振り回す。
しかも、信頼しているベアトリスに。
どうしてだ?
なにが『念のため……一応……』だ!
ふざけるな。
俺はそんなこと思ってない。
絶対にあの怪しい男がでたらめを言っているとわかっている。
だが、何度も体に止まれと命じようとも、その動作が止まることはない。
やがて、ベアトリスの姿を見失った。
(これで、危機は免れた……のか?)
最悪の状況は脱せた。
だが、ここから俺がどうするかが問題だ。
自らの力で体の制御を取り戻す。
それから、ベアトリスに謝って、この件は終わりだ。
早くもどれ……。
♦︎♢♦︎♢♦︎
私の人生もここまで。
短いようで長かった。
私の血が周囲の草花を赤く染め上げる。
倒れ伏した私は間もなく死を迎えようとしていた。
森での生活は息子がいたおかげで辛くはなかった。
支えられて、支えられて……。
それでも、私はなにも思い出せない。
現実を拒否している。
私はメアリと呼ばれた。
メアリという名前らしい。
それだけはわかった。
なぜあの男が私の名前を知っているのかはわからない。
少なくとも私があいつから逃げていたのは確かだった。
目の前に立ったあの瞬間、私は死んだと確信した。
あんな化け物、どうやって倒すんだ……。
私は強い。
けど、それは魔物相手の話だった。
知性がない魔物は簡単に倒せる。
だが、人間のような知能ある者はダメだ。
全力の力を奮っていいのか、迷いが生まれる。
元々そういう人間だったのだろう。
できれば、こんなことしたくない。
そんな甘えた考えで、仕事をしてたに違いない。
でも、それでよかった。
息子には申し訳ないな。
すぐに死んじゃって……。
だけど、これで息子も自由に独り立ちできるって話よね。
私のせいで一生を無駄にさせるなんて悲しいもの。
ある意味死んでよかったのかも……。
痛い。
苦しい。
私はまだ生きている。
意識だけが残って心臓や体の機能は停止している。
だが、視界はまだしっかりとしていた。
認識するは、三人。
黒い男と、息子……。
そして、見知らぬ女の子。
だが、どこかで見たことあるように感じているのはなぜだろう。
黒い髪……この辺りでは珍しい色をしている。
可愛いな。
なぜかそう思った。
勇しく斬りかかる姿を見て可愛いと思うのは不自然だろう。
だが、そう感じたものはしょうがないでしょ?
我が子のように愛おしく見える。
記憶をなくす前だったら知り合いだったのかな。
目の中に光を宿していなく、切れ長の目をさらに鋭くしている少女。
その目を見ていると、泣いているようにも見えた。
きっと気のせいだろうが……。
そして息子は……。
よかった、傷らしい傷は見当たらない。
早くその場から逃げてほしいと心の底から思う。
でも、それを伝えることはもうできない。
だから私は信じる。
きっと二人とも生きてあいつを倒してくれると信じる。
(あぁ……そろそろ時間ね)
視界が暗転する。
もうなにも見えない。
私はそのままゆっくりと意識を手放そうとする。
その時だった。
《死ぬのか?》
誰かの声が聞こえた。
『誰ですか?』
《我のことを忘れているとな。相変わらず、不思議な女だ》
偉そうな口調で誰かが喋る。
耳元で、ではない。
脳内に直接語りかけられる。
《我を苦しめた女がそう簡単に死ぬとは思えないのだが……》
『あなたは誰なんですか?』
《我は我、それだけだ。それより、いいのか?大切な子供を助けなくて》
質問には答えてくれない。
だけど……
『いいわけない!』
《それでこそのお主だな。そんなお主に最後のチャンスを与えよう》
チャンス?
《我が蓄えた魔力を分け与えよう》
『!?』
《ただし、その魔力が切れた時がお前の命運の分かれ道だ》
『もう一度、戦えるの?』
《ああ、全力は出せずとも……お主にはそれで十分だろう?》
名前も知らないし、声にも聞き覚えがない。
そんな誰ともわからぬ人からの施し。
私はそれにすがることにする。
それで、大切な家族が守れるなら……。
『ありがたく受け取るわ』
《ふん!当たり前だ。……ったく、また我の復活が遅くなるな……》
そんな呟きを聞きつつ、私は体に流れてくる力を確かめる。
記憶をなくしてからの私よりも、多くの力が中に入ってくる。
それはどこか懐かしい気がした。
(記憶をなくす前はもっと強かったのかしら?)
だけど、それを機にする暇はない。
私の体は徐々に治っていく。
突き刺された心臓は鼓動を始め、血が流れ出す。
全身の臓器機能が復活し、私は息を吹き返した。
「ありがとう、名も知らないお方」
目を開けて、地面に寝そべった状態ながらも、そんなことを呟く。
『キュン!』
何か動物の鳴き声が聞こえる。
きっと気のせいだろう。
(さあ!早く助けにいかなくちゃ!)
徐々に周囲の人間に自身の小説がバレだしている今日この頃。
みなさま、仕事や部活、頑張ってください……。