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鬼退治!その1 偵察


「定家殿!鬼です!国府(こくふ)(*1)周辺の郷が鬼に襲われているようです!!」

使いが大きな声で勢いよく叫ぶ。


「鬼だと!?どのくらいの被害が出ておる?!」

鬼と聞いて定家の顔が青くなる。


使いの代わりに後ろにいた役人が答える。

「私共も正確な数は把握できていないのですが少なくとも10郷に出没しているようです。おそらくは千人以上が被害にあっているのではないかと・・・」


── え、待って。鬼って何?? ここファンタジー世界なの???


「あの〜、・・鬼とはどのようなものなのですか?」


「鬼は我らの目には見えない。そんなことも知らんのか。」

やれやれと呆れたような顔でその場の者達が一斉にこちらをみる。

俺の事情を知っている定家でさえ呆れている。


── えぇ・・・会話、成り立ってなくない?


「見えないのにどうして鬼が出たということになるんですか?」


疫病(えきびょう)だ。鬼は疫病を連れて西からやってくる。京でもここ数年はおとなしかったのにどうしてこの地に・・・」

定家は赴任早々このようなハプニングに見舞われれ肩を落とし落胆している。


── ああ、中世の鬼伝説か。この時代、感染症などの得体の知れないものは全て鬼による禍いとされていたんだっけ。


「なるほど。みなさんは鬼と呼んでいるのですね。私の育った地域ではウイルスと呼んでいたので気付きませんでした。」

呆れられていることに少しムスっとしたので張り合ってしまった。大人気ない。


「ういるすとはこれまた変な呼び方をするのだな。して、どうしたものか。」


どんな感染症なのかわからないけど長い人類の歴史の中で培われた具体的なアクションプランは一通り心得ているつもりだ。

幸先悪いけど感染症対策なら慣れっこなので最小限の被害に抑えられるかもしれない。

少なくともこの時代の人たちに任せるよりは確実に良い結果になる。いっちょ頑張って周囲の信頼を勝ち取るか。


周囲の不安を吹き飛ばすように精一杯の強がりで声を張り上げて口を開く。

「私が鬼を退治してご覧に入れましょう」


「・・お主にそんなことができるというのか?

・・まあ他に術もない。やってみてくれ。」


「お任せください。まずは現地に行って被害状況を確認して参りますので定家殿はこちらでお待ちください。案内役と護衛を数名付けていただけますか?」

「よかろう。この者達を連れていくが良い。」


「ありがとうございます。お待ちいただく間に獣をできるだけ多く狩っておいていただけると助かります。・・後ほど儀式で使うので。

あとは貝殻などもあると嬉しいのですが・・・この近くで貝なんて獲れたりしますか・・?」


定家が役人に目配せすると役人は頷いて返答する。

「ここから1日ほど馬を走らせた場所に榛名湖という大きな湖があります。そこでなら大きな貝が獲れます。」


── よかった。海なし県だからどうしようかと思ったがこれで石鹸が作れそうだ。


◇◆◇◆◇


材料の準備は任せて定家の従者2名と役人と共にすぐに旅立ちの準備を始める。

まずは ──


「鬼は人間の鼻と口が大好きなので布で覆って隠してください。できるだけ清潔な草木染の布が良いです。それから ──」


21世紀末の学校教育では耳にタコができるほど3つの密だとか飛沫がどのように飛び散るだとか散々聞かされている。

それらを鬼に(たと)えてかいつまんで説明し、昼過ぎには感染地域に向かって旅立った。


が、馬の扱いに慣れていないためその足取りは遅かった。

── くそう・・・上手に乗りこなせたらもっとスピードを出せるのに・・・


◇◆◇◆◇


翌朝、木々が開け田園風景と共に家々が集う郷が見えてきたところで役人が「最初に鬼が出たのはあの郷です」と指差す。

覚悟を決めてこくりとうなずき、定家の従者達に向かって真剣な眼差しで告げる。


「ここから先は無闇に周囲の物に触れないでください。触ってしまった場合はすぐに教えてください。」

みな思い思いに覚悟を決めて小さくうなずいた。


── 天然痘ではないといいのだけど・・・天然痘だったら割と絶望的だ。


民家が転々と建ち並ぶ郷には路上で行き倒れている者がざっと見ただけで十数人はいる。郷に漂う臭いも強烈だ。


── これは酷い。この時代、家の穢れを何よりも嫌うため、死にそうな人を息絶える前に家から出す慣わしがあるとは聞いたことがあるが・・

実際に見ると言葉にならない思いがこみ上げてくる。


が、貴族以外にはそもそも家族という概念がないのだから仕方ないのだろう。


「まずは無事な者達に話を聞きたいですね。とりあえず1軒ずつまわってみましょう。」


一番手前にある家に近づいていく。役所と違い民家は簡素だ。

── この家の形は・・茅葺(かやぶ)き屋根(*2)の掘立柱(ほったてばしら)建物(*3)ってやつかな?


扉の前に立ち声を張り上げる。

「あのー!すみません、どなたかいらっしゃいますかー!?」


家の中からゴソゴソと物音が聞こえ、すぐに人が扉に近いてくる気配があった。

「はい・・どちら様でしょうか?」


「私達は県庁・・じゃなくって、国衙の者です。疫病が流行しているということで様子を見に参りました。お話を聞かせていただけますか?」


ガタガタと音を立てて扉が開くとそこには黄土色の襤褸(ぼろ)を着た15,6歳ほどの少女が立っていた。

「狭いところですがどうぞお上がりください。今家にいる者は私以外全員症状が出ていて、症状のない者は名主(みょうしゅ)(*4)の家に避難しています。」


── この家は名主に仕える下人の家なのか。


「その前にもう少しここでお話を聞かせてください。この家の人々はいつからどんな症状が出ていますか? 体に何か出来物は出ていますか?」


「出来物は出てないです。・・最初は私に症状が出たのです。3日前に身体中が熱くなって頭も痛くて・・いつもの風邪ではないと思いました。

でもすぐによくなってみんなでホッとしていたんです。ですが、翌日には弟2人にも同じ症状が出始めて・・それもすぐに良くなったものの、昨日また私に熱が出て・・最初のものよりもずっと酷くて頭が割れそうなほどでした。

そして今朝起きたら・・祖母と弟1人は・・・死んでいました。」


少女の顔に悲愴感はなく、ただただ絶望しているように見える。


「それは・・・お気の毒です。人手が足りないでしょうから埋葬お手伝いしますね。では、ちょっと上がって病人の様子を見させていただきます。」


すると話を聞いていた従者が後ろから声をかけてくる。

「死人が出た家に上がるなんて穢れが移るからやめなさい。京では死人が出た家は謹慎して清めることになっているのだぞ。」


「そんなことはないので大丈夫ですよ。・・あなた達はここで待っていてください。」


必死に怒りを堪えてそれだけ言って家の中へと入る。

得体のしれないものを恐れるのは当然で、時代背景を考えれば正しい助言なのだ。咎めるわけにはいかない。


家の中には老人と子ども3人が横たわっていた。死者と病人だ。

高熱にうなされる男児の様子を見て確信する。


── 間違いない。これはマラリアだ。発熱のサイクルからすると3日熱マラリアか卵形マラリアだ。


◇◆◇◆◇


マラリアはマラリア原虫が引き起こす原虫感染症だ。数ある蚊の種類の中でも一部の種類の蚊が媒介となって人間に感染させる病気で2030年代に年間患者数2億3000万人を超え、その後緩やかに減少に転じるも22世紀においても未だ多くの感染者を出している厄介な病気だ。


原虫が蚊と人間の間を行き来するため予防するには蚊の駆除とマラリア患者を蚊から隔離するなど、人間から蚊への原虫の移動を抑制する必要がある。

困難ではあるが幸いここは日本、さらに田舎なので勝機はある。


日本の蚊は比較的寿命が短い。吸血するのは主にメスだけで、マラリアに感染している人間の血を吸うことで蚊に感染する。しかし、感染した蚊の体内で原虫が成熟するまでの潜伏期間内に(・・・・・)8割の蚊が息絶(・・・・・・・)える(・・)。つまり、マラリアを広めているのは蚊の中でも一部の種類のメスだけで、そのうちの2割がマラリア発症後〜寿命までの数日間人間に感染させる可能性があるだけなのだ。


そのため、日本では1903年に年間20万人のマラリア患者がいたが対策を行うことで急激に患者が減少し、1959年にマラリア患者は消滅した。

網戸の普及などもさることながら、蚊の寿命が長いアフリカと違って寿命の短い日本だからこそなし得たと言える。


◇◆◇◆◇


その後も郷内を数軒まわり全てマラリアのような症状だと確認した。

大規模な集団埋葬を手伝った後、郷長に基本的な対策を指示して周辺の郷にも伝令を頼むと日が暮れる前に郷を出て定家のいる関所へと引き返した。



*1 国府こくふ: 県庁所在地

*2 茅葺かやぶき屋根: ススキなどのイネ科の植物の総称が茅。その茅で屋根を覆うことを()くと言う。白川郷の民家の屋根も茅葺き。「伝統建築工匠の技」の一つとして茅葺は2020年11月17日にユネスコ無形文化遺産に登録された。

*3 掘立柱建物ほったてばしらたてもの: 地面に穴を掘って柱を突き立て、地面を底床とした建物。平安時代に竪穴式住居から徐々にこうした建物へ移行していった。

*4 名主みょうしゅ: 名田の所有者。荘園・公領の末端の有力農民として家族や下人を使役して農業経営を行っていた人。



ぐんとか(ごう)とかいう言葉が多く出てくるのでここで一度整理します。間違いがありましたらご教示いただけると幸いです。


当時、律令制下の国々では国(現在の都道府県)を頂点として地域毎に郡に分け、その各郡の中にはさらに複数の郷があったようです。

国衙こくがは都道府県の役所、そこで働く国司こくしは朝廷から任命された国家公務員の総称、受領ずりょうは現地に赴任している国司の中で一番上の役職の人で、知事のような人です。

郡衙ぐんがは郡の役所、郡司ぐんじは国司の指示で働く地方公務員のことで、有力な郷には郷司(ごうじ)がいて、通常の郷には郷長(ごうちょう)と呼ばれる代表者がいました。


地域毎の規模を正確に把握するために大きくなった郷は分割されたので、1郷はおよそ50戸という決まりがあったようです。

当時の1戸に暮らす人数に関して言及する文献が1つしか見つかっていないため確信が持てないのですが、そこには家族や下人を合算して約20人と記載されていました。それが確かであれば1郷には約1000人が生活していたことになります。

平安時代は京に関することばかりで地方のことはわからないことが多いようです。


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