福来る
鬼のお面をかぶってこちらに走って来た真丘に対して俺は告げる。
「おいおい、鬼はお前だろ? 今さら何を言っているんだ。」
すると真丘はお面を取り必死の形相で釈明する。
「違うんだ! 本当に鬼が来たんだ!!
頭がこ〜んなのとか顔がこんなのとか、そういう集団が門番と話しているのを見たんだ!!」
「門番と話していたのなら人じゃないか?」
「いや、間違いなく鬼だった。他にも ── 」
── これじゃ要領を得なくて埒が明かないな。
そうこうしていると来王が走ってくる。
師走とは言えみんな走りすぎだ。
「大変じゃ!! 魑魅魍魎が攻めて来た!! すぐに逃げるのじゃ!!!」
俺は頭を抱える。
── 少なくともこの世間知らず2人には異形に見えるってことだよな・・
それってもしかして・・・
来王の背後からは門番に連れられて確かに集団が歩いてくる。が、それはどう見ても人だ。
その集団の中にはリンの姿もあった。
近くまで来るとようやく2人の言いたいことがわかった。
── なるほど。確かに強烈な見た目ではある。
彼らは病気の者達だ。
頭が大きく膨らんでいる人は水頭症だし、皮膚がぼつぼつしている人はおそらくハンセン病だろう。俺も最初に見た時には驚いたが、郷への出入りをしていればここまでとは言わないまでもこのような見た目の人は各郷に1人や2人は見かける。
「2人とも、あの人達は決して鬼でも魑魅魍魎でもないですよ。そういう病気にかかってしまった『人』です。
今回は知らなかったということで大目に見ますが、今後そのような発言は控えてくださいね。」
2人はそんなわけがないと抗議してくるがそれには応じず俺は近付いてくるリンに話しかける。
「やあリン。それは福寿草かい?」
「こんにちは。そうです、言われた通り福寿草をお持ちしました。」
「ありがとう。明日は元日だから縁起物としてぜひ飾りたかったんだ。」
そう言ってリンから福寿草を受け取る。
1月1日の誕生花であるこの花は元日草とも言われる黄色い花だ。強い毒性があるので食べるのは厳禁だが、早春に咲くことから春を告げる代表的な花、そして福を招くという意味で福寿草と名付けられている。
「それで、そちらの方々は?」
「道中で出会ったのですが、どうやら国衙で今様(*1)を披露したいとのことです。」
── なるほど。諸国をまわって芸能を披露する傀儡集団か。
障害やこういった病気を持つ者は生きていくため、こうした集団に混じって稼いでいたと聞いたことがある。
奈良時代には税の免除などがあり一定の市民権を得ていた障がい者達もこの時代になると冷遇されるようになってしまったようだ。
俺は定家への取り次ぎを買って出るとすぐに定家の元へ赴いた。
それから彼らが少しでも多く稼げるように慌ただしく明日の準備をしている者達にも少しだけ観に来て欲しいと声をかけてまわった。
◇◆◇◆◇
今様が終わると最初は恐れていた真丘と来王もすっかり心を奪われたようで盛大な拍手を送っていた。
演奏は決して上手とは言えないまでも歌は見事なものだった。
歌い手はおそらく盲人だろう。必然ではないにしろ、目が見えない故にその他の感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
独特なテンポで俺の好きな類のものではないにもかかわらず音楽に飢えていた心の隙間にスーっと染み渡ってきた。
音楽には人を幸福な気持ちにさせてくれる不思議な力がある。
── そうか。彼らは・・・福人だ。諸国にこうして福を届けて周っているのか。
福人達は称賛する人々に囲まれている。
が、その人だかりの中に竹丸の姿が見えたため俺は慌てて駆けつけ竹丸を人だかりから遠ざけた。
「なんだよ龍彦! おらはあの人達と話がしたいんだ!!」
「ごめんな竹丸。でも今は少しだけ我慢してくれ。」
竹丸は納得がいかないようで暴れているが俺は竹丸の両肩を押さえて懸命にお願いした。理由を説明して余計な感情を引き出したくなかったため、お願いするしかなかった。
ハンセン病は感染力は極めて低いが歴とした感染症だ。
幼い竹丸は感染のリスクがあるため近付けるわけにはいかない。
この病気は人の心を試す恐ろしい病気だ。
ハンセン病患者は長い歴史の中でその特徴的外見から知識のない人々に恐れられ差別や強制隔離など様々な苦難を強いられてきた。
仏教思想が広まった鎌倉時代以降は特に過酷で、因果応報の理念に基づき「異形の者は生前余程の悪事を働いた悪しき者」といわれの無い責め苦を与えられてきたという。
── なんとかしないと・・。
22世紀においてもハンセン病にはワクチンがなく発症を予防することは困難だ。
そのため、予防するためには患者と子どもの物理的距離を作るしかない。彼らの生活を保障しながら、隔離による不安症やうつ病などの精神疾患を生じさせない方法を考えなければならない。
俺はお鶴さんと話し込んでいる定家の元へ向かった。
「定家殿、あの者についてなのですが・・」
「白癩の者か?」
そういうと定家は人だかりから距離を取って佇むハンセン病患者に視線を送る。
「はい。あの者には療養が必要です。
私としましては、湯治施設を作りそこで療養してもらいたいと思うのですが・・・如何でしょうか?
施設建設には人手が必要ですが、一度作ってしまえば様々な相乗効果が見込めます。」
ハンセン病を引き起こす「らい菌」は熱に弱いため高温かつ強酸性で殺菌効果のある草津温泉はこの病気の治療に一定の効果が見込める。そのため草津温泉には戦国時代の開湯以降 多くの患者が療養に訪れていたという。
一度世の中に療養の話が出回れば話題は一人歩きして患者自ら上野を訪れるようになるだろう。患者が増えればノウハウが蓄積され、医療の道を志す者も集まってくる。
医療技術に乏しいこの時代にそうした集団を抱え込む利点は大きく、人が集まり知恵を出し合う仕組みがあれば後は資金面の支援をするだけで少しずつでも技術向上が見込める。
将来的に上野の療養・観光産業として大きな収入源となるはずだ。
俺はそうした展望のもと草津温泉を開湯したいと定家に告げ、将来的に見込める経済効果を日が暮れるまで必死に説明した。実証することが難しいため、利点を並べ立てて頼むしかなかったが定家にはなんとか条件付きで了承してもらうことができた。
残る問題は当人の気持ちだ。強要してしまえばそれは単なる強制隔離となってしまう。
傀儡集団はしばらく国衙に滞在し周辺の郷を巡業することになっていたため、俺は夜に訪ね散歩をしましょうとハンセン病患者を外に連れ出した。
「夜分にすみません。あなたの琴の演奏、素晴らしかったです。
いつから演奏をしておられるのですか?」
「ありがとうごぜえます。世辞でも嬉しいです。
演奏はほんの数年前からでさあ。」
この馬琴と名乗る男性は3年ほど前にこの傀儡集団と出会いそれから和琴を始めたのだという。それまでは両親に家の中に押し込められ隠れるように暮らしていたが、両親が亡くなると家を出ざるを得ない状況になり行くあてもなく彷徨っていた折にこの集団に拾ってもらったそうだ。
「馬琴さんを訪ねたのは、その病気に関して話がしたかったからなのです。」
俺がそう切り出すと暗くてよくわからなかったが馬琴の表情が曇ったような気がした。
「私共はあなたの療養を支援させていただけたらと考えています。あなたの病気は療養すれば良くなるかもしれないのです。」
「本当だべか?! 治るならそれに越したことはねえです。」
「完全に治るかは分かりませんが、良くなると思います。そのためにあなたにはしばらく湯治場で療養していただこうかと思うのですが・・いかがですか?」
「そんだら巡業はでぎねえんですか? あっしは稼がねえと生きていけねえんでさあ・・」
「ああ、その心配は無用です。生活は国衙が保障します。
私が心配しているのは、あなたの心です。しばらく人気のない湯治場に籠もっていただくことになりますので・・」
「そのことだったらそれこそ心配いらねえです。
・・・正直に言っであっしは人に会わなくて済むならその方がいいんでさあ。この見た目なもんで・・」
馬琴の表情はわからなかったが言葉の端々からは今までの苦労が滲み出ていた。
俺は馬琴に執筆活動に興味はないかと持ちかけた。
定家が出した条件は湯治を文学の普及に繋げることだったのだ。といっても、それは俺が自ら提案したことでもある。
俺の勝手なイメージだが昔から作家は温泉地に長期逗留し執筆活動をしているため、療養中の患者に読み書きを教えればきっと文学の重要な担い手になると力説したのだ。
馬琴には湯治中に文学作品を作ったり書物を筆写することで収入を得られることを丁寧に説明した。
すると彼は興味を示してくれた。昔から家の中でずっと妄想していた物語があるのだという。
こうして草津の雪が溶けて湯治施設が整うまでの数ヶ月間、馬琴には国衙に留まりお鶴さんから読み書きと物語執筆の指南を受けてもらうことになった。
これはお鶴さんと定家と俺だけの秘密だが、お鶴さんは現在 物語を執筆しているのだ。
── なんとか湯治環境は整いそうだ。あとは・・ラジオだな。
リモートワークの幅を広げるためには物書きだけでは不十分だ。
盲人や手足が不自由な者にも巡業以外で稼ぐ手段を用意する必要がある。
俺はそのための手段としてラジオを検討していた。
貨幣経済の後に本格化するであろう市場経済では宣伝広告が商売繁盛を左右する。そうした情報発信の担い手、ラジオパーソナリティやBGMの演奏者として活躍してもらいたいと考えている。
── 許可は取ってないけど・・勝手に働き方改革を進めよう。
*1 今様: 今様歌の略。平安中期に発生した民間の流行歌謡。貴族が嗜むことは稀で、愛好していた後白河法皇は異様な目で見られていたらしい。
公的目線で歴史を扱う上で障がい者やハンセン病などの話題を避けるのは不自然だと感じたため取り入れることにしました。
歴史上に名を残す人物にも障害を持っていたと推定される人は多数見受けられます。戦国時代には武田軍師の山本勘助や秀吉に仕えた大谷吉継(大谷刑部)などがそうだったようですし、江戸幕府 歴代15人の将軍でさえ9代目 家重と13代目 家定の2人は脳性麻痺(CP: Cerebral Palsy)と推定されています。
しかし、いざ書き始めてみると全く手が進まず書くのに時間がかかってしまいました。
ハンセン病については調べれば調べるほどいたたまれない気持ちになりました。
そしてこれは決して過去の話ではなく、現在進行形の話なのだと理解しました。
世界では2018年のデータでも年間罹患者が20万人以上いるようです。
日本も平成8年まで「らい予防法」という隔離政策をしていたし、平成15年には患者さんがホテルの宿泊を断られた事件が発生していたようです。
私も海外に住んでいた時にそれらしき症状の方を何度か見かけたことがありまして、最初はとても動揺しました。よく知らないことには恐ろしいと感じてしまう気持ちには心当たりがあるので私は宿泊を断ったホテルを非難できるような立場にありません。
解決のためには、とにかく理解することが大事なのだと思います。
ハンセン病についてご存知ない方がおりましたら、コロナ禍収束の後 心と時間に余裕ができた際に少し調べてみていただけますと幸いです。
他の障害についても、現代ではYoutubeなどで障がい者自身が日頃の生活など様々な情報を発信をしています。社会への不満もあるだろうけれど、それらをグッと堪えて歩み寄ってくれているのだろうと思います。堅苦しい文章ではなく、本人の口から語られることの方が理解が捗ると思います。




