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鬼はソト


1181年2月3日


今日は旧暦で大晦日節分だ。

この時代 冬の一大行事として追儺(ついな)という悪鬼を追い払う行事が平安宮中や社寺で行われているようだ。

今まで国衙ではこの行事をやっていなかったようなので、それならばと健康を祈願して豆まきすることを提案していた。


「「鬼は外! 福は内!」」


定家や大目(だいさかん)の藤原貞行(さだゆき)を始め、来王やお鶴さん、滝姫らと共に鬼のお面を被った少目(しょうさかん)の小野真丘(まおか)に大豆を投げつける。


「うわー! や〜ら〜れ〜た〜」


真丘は楽しそうに外へと逃げていく。

お面は厚めの和紙に絵を描いて紙紐をのり付けしただけの簡素なものだ。

鬼役は俺がやろうとしていたのだが、鬼のお面が真丘のお眼鏡に(かな)ったようで自ら進んで鬼を志願してきた。本当に愉快なやつだ。


豆まきが終わると滝姫が正直な感想を言ってきた。

「なんだか食べ物を投げるなんて心が痛みます。」


それに対して定家が弁明してくれた。

「その心配はご無用だ。撒いた豆は水で洗い()やして食す。

皆の者! それでは1粒残らず豆を拾おう!」


── あちゃー。滝姫には悪いことをしちゃったかなあ。


もやしとは穀類や豆類の種子を暗所で発芽、つまり萌やしたものに過ぎない。

俺は滝姫が国衙へ来る以前、食に満足できずに胡麻のもやし、胡麻スプラウトを作ったことがあった。それを一度国衙の者達に食べてもらっていたのだ。

京に住んでいた定家や貞行はもやしの存在を知っていたが他の者達は知らず、初めての食感に興味津々だった。


そんな経緯で既に大豆でも同じようにもやしができることを知っていたため、みな躊躇うことなく豆まきをすることができた。割れてしまったものも()って食べるつもりだ。


「滝姫も楽しみにしていてください。もやし、とっても美味しいですよ。」



本日の業務が終わるとみな慌ただしく新年を迎える準備をしていた。

が、俺は特にこれといった用事もないので以前からコツコツと作っていた(たこ)の試し()げをしていた。幸いなことにマユに生糸をもらっていたので、それを凧糸として竹の骨組みに和紙を張って作成したものだ。


── うん。なかなかいい感じだな。マユに感謝だ。


強度もしっかりしているし周囲に高い物が何もないので安全に凧揚げができそうだ。

これで明日の立春、つまり旧暦の元日はみんなで凧揚げをして遊ぶことができるだろう。


マユの郷への助っ人には周辺の郡衙に通達して各郷から任期半年で5名ずつ、30郷で150名の女性を徴集することにした。横暴と言われないようできるだけ丁寧に将来良い収入になることを説明して有志で集まってもらった。・・はずだ。

畑作にまわせる人員には満たないので半数の畑地を休耕地とし、国衙からその分の食糧支援を行うつもりだ。


しかし、それでも加工の際には人手が足りないだろう。解決策は複数考えられるが、できれば恒久(こうきゅう)的な対策として器械を導入したい。幸い木工職人の手には余裕があるのでまずは6月までに人力の足踏み式の繰糸器(そうしき)(*1)や揚返器(あげかえしき)(*2)などを開発してもらい当面はそれで耐えてもらいたい。

繰糸(くりいと)では多湿になってしまう蒸気機関は不向きなので別の動力、例えば水力や電力を使うのが良さそうだ。


動力をどうしようか考えていると来王が興味深そうに様子を見にきた。

来王も特にすることがなかったのだろうか。目を輝かせて問いかけてくる。


「龍彦よ、それは一体なんなのじゃ!?」


「これは凧揚げですよ。竹と和紙で作った凧を風に乗せ、空へと揚げる遊びです。」


「・・わしにも揚げさせてたもう?」


「うーん・・ダメです。今日は試し揚げなので明日のお楽しみです。明日、みんなで遊びましょう。」


俺は毅然(きぜん)とした態度で来王の要求を断った。が、来王は結構わがままなので一度言い出したらなかなか引き下がってくれない。

そこで俺は来王の気を引く凧揚げに関する問題を出すことにした。


「では、これから出題する問題に正解することができたら、特別に今日揚げても良いですよ。」


「よかろう。申してみるのじゃ。」


「では・・夏、雷雲の出ている時にこの凧を雲の中に入れるとどうなると思いますか?」


これはフランクリンの電気凧実験だ。彼は1752年にこの大変危険な方法で雷が電気であることを証明し、後に避雷針(ひらいしん)を発明した。

上野ではこの時期に雷雲は出ないし生糸もそこまで長くないので心配は無用だが、フランクリンの実験を検証しようとした者達は何人も亡くなっている。


「凧を雲の中に・・? 雲は水でできておるのだから濡れるだけではないか?」


「その回答で良いですか? 一度回答したらもう変更はできませんよ。」


「い、いや、ちょっと待つのじゃ。もう少し考える・・。」


そう言って来王はぶつぶつと仮説を立て始める。

来王には電荷や電気というものを教えていないので正解することは不可能に近いだろう。


俺はこの隙に凧をそそくさと片付けてしまった。

その後 頃合いを見計って時間切れを告げた。そして原理を割愛して正解は「揚げた人が死ぬ」と伝えると来王は不満をぶちまけてきた。


── 申し訳ないけど、凧揚げは正月にするものだから明日までお預けだ。


来王の小言を聞き流しながら電気について考えていると滝姫がお盆を持ってやってきた。

滝姫も特にすることがないのだろうか。


「あら、紙老鳶(しろうし)を作ったのですね。後で私にも遊ばせてください。上手なんですよ、私。」


どうやら凧はこの時代 紙老鳶というらしい。


「そうそう、天甜酒(あまのたむざけ)をたくさん作ったのでお裾分けにきました。」


「わあ、ありがとうございます。いただきます。」


甘酒は奈良時代から作られてきた伝統的な飲み物だが、この時代では夏に飲む冷たい飲み物だった。

先日から大豆油が採れるようになり少しではあるが国衙の分も石鹸が供給できるようになったとは言え、冬は風邪をひきやすい季節なので栄養豊富な甘酒を冬にも温めて飲むようにとみなに()れて回っていた。


石鹸の香りは夏に抽出していた桔梗(ききょう)のエッセンシャルオイルを使っているが、そろそろ在庫が切れるため、別の花の栽培をしていた。

というのも、香りに飽きてきた京の貴族から芍薬(しゃくやく)牡丹(ぼたん)などの球根が送られてきたのだ。


花の管理はマラリア感染地の少女 リンにさせている。情報統制はしたのだが、小麦の噂が国衙周辺に出回ると以前俺の提案を蹴った名主が胡麻を擦ってきたのだ。そこで俺は花による利益は全てリンのものとして一定額貯まったらリンを解放することを確約させた上で石臼の貸し出しを約束していた。


◇◆◇◆◇


滝姫の作った甘酒は(ほの)かな甘みのとても優しい味だった。美味しかったので2杯も飲んでしまい、頭がくらくらしてきた。

そして気が付くと滝姫の顔もほんのりと赤くなっていた。


── もしかしてこれ・・結構アルコール度数高い・・?


ハッとしてすぐに来王の姿を探す。

この濃度は来王の年齢には良くない。


周囲を見渡すと来王は・・凧揚げをしていた。

全く気付かなかった。酔って注意が散漫になってしまっていたようだ。


俺が声をかけると来王は動揺し動きがぎこちなくなる。

その時、突如強風が吹き来王の足がよろめく。


「なっなんじゃ!? うまく制御できぬ・・!!」


あれよあれよと風に流され止めようと駆けつけた時には既に手遅れだった。

来王は凧を持ったまま滝姫に突っ込み、3杯目の甘酒に手をかけていた滝姫の手から甘酒は宙を舞った。


ばしゃっ


甘酒は見事に2人に降り注ぎ、凧は空高く舞い上がっていってしまった。


── あちゃー・・。2人とも開花前の芍薬のようにベタベタだ。


「もう! なんてことをしてくれたんですかあ! 身体中ベトベトですぅ!!」


心なしか滝姫は言動も甘ったるくなっている。

来王は謝罪しながらも自身もベトベトして不機嫌そうだ。


俺はすぐに石鹸を用意して2人に湯あみしてくるよう促した。


◇◆◇◆◇


その場の片付けをしながら飛んで行ってしまった凧に想いを馳せていると滝姫が鬼の形相で飛んできた。


「龍彦さん!!! この石鹸は一体なんなのですか!!!」


すっかり酔いも()めている様子だ。


「えっと・・ベタベタや汚れを落とせる便利なものですが・・」


「そうではありません!! なぜ桔梗の香りがするのですか!!!」


── ・・・なんだ? 何か怒ってるよな・・


滝姫を(なだ)めつつ話を聞くと桔梗は平将門を裏切ったとされる桔梗の前を連想させるため、滝姫の郷では禁忌(きんき)なのだそうだ。郷では成人の儀で桔梗の花を憎きものとして姿形や香りを教え込まれ、見かけたら蹴散らすことになっているらしい。

怒りは沈めてもらえたものの、今後桔梗を使わないよう約束させられた。


── 花の栽培を開始していて助かった・・・


そんな騒動の後、今度は真丘が大声を上げながら走ってきた。

余程気に入っているのか未だに鬼のお面をかぶっている。


「大変だー!! 鬼がきたー! 鬼がきたぞー!!」


俺はやれやれとため息をついた。


── 一体何を言っているんだ・・? 鬼はお前だろうに・・




*1 繰糸器(そうしき): 複数の繭から糸を()って1本の生糸として巻き取る器械。

*2 揚返器(あげかえしき): 糸を安定した状態に戻す器械。繰糸器で繰り上げた生糸は引っ張られた状態で乾燥して切れやすいため、表面を湿らせながら巻き返していく必要があり、揚返器はそれを行うための器械。




どうしても節分の日にこの話を投稿したくて急いで書きました。

124年ぶりに2月2日とのことですが、なぜ今年に限って・・・。

推敲する時間がなかったため、あとで書き直すかもしれません。


桔梗の前について補足します。

桔梗の前は平将門の愛妾とされる伝説上の女性です。様々な伝承がありますが、一説では藤原秀郷に内通しており、鉄人 将門の弱点がこめかみであることを教えたとされています。

その説では将門が亡くなる際にそのことを恨み「桔梗絶えよ」と呪ったとされています。作中ではこの説を採用しました。


他の説では多くは将門戦死の知らせを受けた桔梗の前は悲しみ入水(じゅすい)したとするものが多そうです。

余談ですが桔梗紋と言えば明智光秀で有名でもあります。


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[一言] こんばんわ、あんな実験して死ななかったフランクリンがどう耐電対策していたか気になります。もやしやスプラウトの栽培は簡単な道具があるだけで出来るもんですね。船の長期航海には新鮮な野菜として簡単…
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