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太陽の恵


1180年12月24日


俺は弥太郎とその息子 竹丸を連れて国衙近辺の山へと来ていた。

目的の1つはモミの木の採取だ。と言っても、決してクリスマスだから採取するのではない。

この時代の東国では無事冬至を過ぎたことを祝う習慣がないようなのだが、それでは忍びないのでお祝いとしてマイエを作るために来たのだ。


この時期は人々にとって ── 日毎に弱ってきていた太陽が冬至を境に復活していく様を目の当たりにすることで ── 太陽のありがたみを強く意識する重要な時期だ。

ヨーロッパでは冬至とクリスマスが同じ時期だったためにいつしか冬至の祝いで飾っていたマイエとクリスマスがごっちゃになり、クリスマスツリーとして定着したようだが・・。


もう1つの目的は苗木(なえぎ)の確保だ。


「この木がいいかな。竹丸、頼めるかい?」


「おう、任せろ!」

そう言うと10歳で身軽な竹丸はスイスイと木を登っていく。


俺は木登りがてんでダメなので木登りが得意な竹丸にお願いして良質な母樹(ぼじゅ)から枝を採取してもらっている。この枝を持ち帰って挿し木にすることで実から苗を作るよりも早く良質な苗を入手することができる。

更に木炭製造時に得られる木酢(もくさく)を使えば苗の立枯病(たちかれびょう)を予防することができる。


現在 義重に木炭を大量に用意してもらっているが、急激な伐採(ばっさい)は森林にダメージを与えてしまうため合わせて植林(しょくりん)も行う必要があるのだ。


有史以来 日本は人口増加と共に乱伐(らんばつ)が進み、政治が安定した江戸時代に建築ブームが起こると遂に木材が枯渇、自然災害が頻発してしまった。

各藩が慌てて伐採禁止と共に植林を進め、以降 明治時代に入るまで伐採と植林のバランスを保ってきた。平安時代の人口およそ600万人から5倍に膨れ上がった江戸時代でさえ供給が足りたのだからこの時代でも植林で十分賄えるはずだ。


伐採は通常秋から冬に行うことが好ましい。木々の生長(せいちょう)が止まっていて水分量が少ないためだ。秋冬に伐採した木の切り株からは春になると萌芽更新(ほうがこうしん)によって新たに芽が出る。これも一から育てるよりも早く育つので昔から行われている効率的な森林の管理方法だ。


元が良質な木なら萌芽更新で育て、粗悪なら根を掘り起こして新たに良質な母樹から育てた苗を植えるのが良いだろう。


「父ちゃん、切り落とすぞー!」


「おう、気をつけろよー!」

弥太郎は眼鏡によって視界が良くなると目つきが改善されただけでなく性格も少し明るくなった。・・これではただの有能なイケメンだ。



日本と炭の関係は世界最古と言われるほど長く、30万年前のものと推定される炭が愛媛県の洞窟で見つかっている。

炭、特に竹炭(ちくたん)には空気や水質、腸内の浄化などに効果があり、野菜の近くに置いておけば野菜が生長のために発生させるエチレンガスを炭が吸着してくれるので日持ちを良くすることにも役立つ。

焼かれる温度にもよるが通常の炭は塩基性なので酸性土壌の中和に効果があるなど、燃料以外でも非常に有用だ。


木炭を粉末にして粘土と混ぜたものを芯にすれば木炭鉛筆(チャコールペンシル)もできる。これは現在作成中で和紙の増産体制が整ったら大々的に導入する予定だ。


燃料として見た場合、木炭はかつての救世主でもあった。

第一次・二次世界大戦中 ガソリンの供給が滞り自動車の燃料が枯渇(こかつ)してしまったことがあった。蒸気機関は熱を発生させられるものならなんでも良いため大きな影響は出ないのだが、当時既に内燃機関(ガソリンエンジン)へとシフトしてしまっていたことで大打撃を受けた。

それを救ったのが木炭で、木炭を不完全燃焼させた際に発生するガスを燃料とした木炭自動車が活躍したのだ。これは熱量としてはガソリンの半分ほどなので出力が(とぼ)しいが、内燃機関の構造をそのまま使えるため重宝された。


それだけでなく薪炭(しんたん)は持続可能、カーボンニュートラルな燃料だ。

燃料としての薪炭は地表に元々ある二酸化炭素を木々が生長のため吸収・固定したものなので、それを燃やして再放出しているに過ぎない。

化石燃料と決定的に異なるのがこの点だ。化石燃料は生物の死骸が数千万年単位の歳月を経て地下深くで作られるものだが、木はせいぜい数十年と循環のサイクルがまるで異なる。


ドサッ


俺と弥太郎は切り落とされた枝をせっせと(かご)に入れていく。


「竹丸ー! 次はあっちの木を頼むー!」


「おーう!」


母樹とする木はまっすぐ(たくま)しく生長している木を選んでいるため1つで十分なのだが、この先何があるかわからない以上 全滅を避けるために複数の木から苗を作る方が良いだろう。

木々の生長に必要な太陽の恵も日照りなどで時として害となることもある。積雪もそうだ。母樹が苗木だった時にたまたま好条件で生長できただけで実際には生き抜くのに適さない弱い種という可能性もあるのだ。


俺はいっぱいになった籠を牛車に積みながら種の存続について考えを巡らせていた。


◇◆◇◆◇


20世紀末になると地球温暖化に対する啓蒙(けいもう)活動が本格化していった。

そうした中で二酸化炭素削減のための手法の一つとして木炭に炭素を固定する動きがあった。木のまま腐ってしまえば炭素は放出されてしまうが、木炭にすることで7割近くの炭素を数万年もの長期間留めておくことができるためだ。考え方としては化石燃料に近く、埋めてしまおうという発想だ。


しかしそうした努力の甲斐も虚しく人類は2030年にその時(・・・)を迎えてしまった。

北極の氷が溶け出す臨界点(りんかいてん)である「産業革命前との比較で+3.0℃」に達してしまったのだ。それによってそれまで北極の氷が反射してくれていた太陽光が全て海に吸収されるようになり、地球の表面温度が急上昇した。それは気温が上昇すると温室効果ガスの内訳の過半数を占める水蒸気が増え更に気温が上昇するという悪循環によるものだった。

長い間希望の光を与えてくれていた太陽の恵が突如地球に牙を剥いたのだ。


その結果、永久凍土が溶け氷に閉じ込められていたメタンが大量に放出され状況は益々悪くなった。

不幸なことに、放出されたのは温室効果ガスだけではなかった。長い眠りについていた太古(たいこ)のウイルスが世に解き放たれてしまったのだ。


そのウイルスとの戦いは壮絶なものだった。2020年頃に蔓延したCOVID-19の数倍の被害が出たという。

俺が生まれた頃には人類への影響は一応の収束を見せていたが、地球全体では終息していない。人類はウイルスを認識して回避行動が取れるが他の動物達はそうではなく、今尚 多くの種が絶滅の危機に(ひん)しているのだ。


◇◆◇◆◇


── あのウイルスだけは絶対に(よみがえ)らせてはいけない。


俺が崇拝するアインシュタインは生前こんな言葉を残している。

『悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。それを見ていながら何もしない者たちが滅ぼすのだ。』

俺は対策を講じなければそうなることを知っている(・・・・・)のだ。知っている者の責任として必ずこの悲劇を繰り返さない社会構造を作ってみせる。


つまりは化石燃料が使われ始める前に産業革命を終えてカーボンニュートラルなエネルギーを中心としたインフラを整える。

人は余程のメリットがない限り一度整った構造を変えることはないはずだ。


そのためには林業が必須だ。燃料が足りないとなれば代替案が浮上してしまう。

今のうちから針葉樹と広葉樹の苗木をバランス良くたくさん育てノウハウを蓄積し広めていかなくてはならない。

生長が早いからとスギやヒノキだけをたくさん植えてそれが放置されれば生長した木から花粉が飛び交い花粉症患者が急増してしまうため、そうなる前に伐採できるよう需要と供給を20年先まで見据えて常に考えていく必要がある。大変難しい作業だがやるしかない。


「龍彦、何をそんな難しそうな顔をしているんだ?」


「え? ああ・・この枝をしっかり育て上げないとなあと決意していたんだ。」


「そうだな。ところで伐採した木々はなんて名前の木なんだ?」


「ええと・・生長の早い木と遅い木から数種類ずつ選んだんだけど・・長くなってもいいか?」


俺はモミの枝の他に針葉樹のスギ、ヒノキ、マツと広葉樹のコナラ、クヌギ、サクラ、ウメをそれぞれ数本の母樹から採取していた。ハゼノキとウルシがないのが残念だ。

弥太郎と竹丸に落葉樹、常緑樹、針葉樹、広葉樹など木の区分がたくさんあることを説明しながら帰路についた。


「へー、木って奥が深いんだなあ。」


「気に入ったのがあったら盆栽(ぼんさい)にするといいよ。大事に育てれば子孫から感謝されるはずだ。」


この時代、盆栽を(たしな)んでいるのは貴族くらいだ。

しかし、木を育てることなど庶民でもいくらでもできる。その中で立派に育ったものならいざという時 売り飛ばせばそれなりの収入になるだろう。

植物を食用としてではなく愛でるために育てるということは(いつく)しみの心を養うことにも繋がるのでぜひ庶民の間でも流行らせたいところだ。


竹丸が興味深そうに尋ねてくる。

「竹も盆栽にできるのか? おらは竹がいいな!」


「竹かあ・・できると思うぞ。やってみな。」


竹丸はそれを聞いて大喜びだ。

種類にもよるが竹は60~120年ほどで花を咲かせ、枯れる。

運が良ければ生きている内に花が咲くかもしれない。


「竹丸、竹って木と草どっちだと思う?」


これは意地悪な質問だ。


「うーん・・・どっちかなら・・木かな?」


「ぶっぶー。竹は竹でしたー。」


実際には一応イネ科の草本(そうほん)として扱われているが、今もなお意見が分かれている。要は分類などできず、竹は竹なのだ。


「なんだそれ!!! 質問がおかしいだろっ」


「ごめんごめん。竹が好きな竹丸なら知ってるかなと思ってさ。」


国衙へ戻るとみなに協力してもらい空き地にせっせと挿し木していった。





今回はほぼ うんちく語りになってしまいました。

地球温暖化の話題は重苦しい話だし聞き飽きた方もいらっしゃるとは思うのですが、私が思っていた以上に事態は深刻らしくこれを描かないわけにはいかないと感じたため取り入れました。

社会が少しでも良い方向へ進むことを願いつつ、私自身できる範囲でエコな生活を心がけていきたいと思っています。


もちろん、温暖化に関しては様々な憶測も飛び交っていてここに書いたことも事実かどうかはわかりません。私自身、事実でないことを広めてしまう責任は大きいと考えておりますので、様々なご意見お待ちしております。

ただ、作中で描いた内容は今月NHKで放送していたことなので全く根拠がない訳ではないと思っています。

(なお永久凍土の中に増殖能力が極めて高い太古のウイルス『モリウイルス』が眠っている話自体は事実らしいのですが、それがどのようなウイルスなのかは知らずに妄想で書いています。)


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[一言] こんばんわ、鉛筆作る計画を立てているみたいですけど一緒に消しゴムを作る必要があります。ただ、ゴムの木は熱帯でした育たないうえ、南米アマゾンが原産なのでこの時代にはアメリカ大陸はまだ発見されて…
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