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情報収集とマル秘計画


「へえー、じゃあ定家殿は暴力沙汰を起こして官職を取り上げられてしまったけど、父君の掛け合いの結果、春の除目(じもく)(*1)で上野介(こうずけのすけ)に任命されたのですね。」


情報収集は思った以上に簡単だった。

隣を歩く従者は主人のことを誇らしげにペラペラと話してくれる。


「んだ。遠国の地だけんど上野は親王任国(しんのうにんごく)(*2)の大国だから定家殿もあの若さで大したもんさ。小国と大国じゃあ収入が全然違うんだ。」


「なるほどー。」


道中、従者達に話を聞いて仕入れた情報を整理すると、ここはどう考えても本物の平安時代末期で、まだ後白河法皇と平清盛が政権を支配しているようだ。

そして源氏は挙兵し平氏に破れて処刑され、幼い頼朝だけが流罪となっている。

これらは全て史実通りだ。ということはこれから頼朝が挙兵する年が1180年ということだ。それまでは俺の持っている歴史知識では正式な西暦がわからない。


問題は藤原定家だ。この人の赴任だけが俺の知っている史実と異なる。

どうやら歌合(うたあわせ)という和歌を読み合う会で高位の貴族に罵倒され、相手を殴った罰で官職を取り上げられたらしい。

そして父親が必死に朝廷に掛け合って手に入れた官職が上野介(こうずけのすけ)、つまり群馬県の県知事代理だったようだ。上野、上総(かずさ)常陸(ひたち)の3つの大国は親王任国だから親王、つまり皇族が形式上長官の「(かみ)」となるために次官の「(すけ)」が現地でのトップということらしい。


── 上野介といえば忠臣蔵(ちゅうしんぐら)で復讐の対象にされた吉良(きら)氏で有名だよなあ。というかそれしか知らない。


平安末期の群馬県は紛れもなく辺境の地で多くの罪人の流刑地であり、度重なる火山の噴火で大損害を受けた悲劇の地のはずだ。つまり、体のいい左遷ということなのだろう。


あと気になるのは陰陽師だ。


「それから、定家殿は私がここに来ることを陰陽師が予言していたというのですが、なぜ定家殿は陰陽師に話を聞きに行ったのでしょう?」


「そりあ任国へ赴任する前に陰陽師に占ってもらうのは当たりめえだ。方違(ほうたがい)もあるし赴任するための吉日も知らねえと禍いが起こるからなあ。そん時に予言があったんでねえか?」


そうか、この時代の貴族は大事な行事の前に必ず占ってもらうと聞いたことがある。赴任も領主にしてみれば一大行事だ。縁起の悪い方角を避けてルートを設定し、縁起の良い日に出発するために占ってもらったということか。


── 俺の出現を予言していた陰陽師の存在は気がかりなことには変わらない。

だけど今は生活基盤を築くこと、そして自分の有用性を示すことが何より大切だ。無能の烙印を押され追い出されれば容易に餓死してしまうだろう。

逆に定家の側近になることができれば京に戻る際に同行できるかもしれない。


そうこうしている内に信濃(しなの)国(*3)の国衙(こくが)に着いたようだ。赴任の道中ではルート上にある国のお世話になるのが慣習らしい。今日はここに泊めてもらうのだろう。


── ようやく長野県まで来たか。このペースならあと2日もあれば群馬県に入れそうだ。


◇◆◇◆◇


食事が終わると定家が話しかけてきた。


「従者達と随分打ち解けたようだな、龍彦。」


「はい。世の中のことを色々教えていただいていました。」


「まだ記憶が戻らないのか。少しでも何か覚えていることはないのか?」


この数日間、自分から定家に話しかけなかったのは自分の素性を明かすべきかどうかずっと迷っていたからだ。どちらも一長一短でどちらにせよリスクがつきまとう。

だけど今日までに従者達から定家の人となりを聞いた上で定家の信頼を得るためには素直に話しておいた方が都合が良いだろうと判断していた。


「・・・私が覚えているのはこの世界のことではありません。私はこことは違う世界から来たのです。」


恐る恐る真実を告げると、定家の眉間にシワがよったのが見えた。


── この反応は・・どっちだ・・・


「ほう。お主のいた世界というのはどういった世界だったのだ?輪廻(りんね)流転(るてん)して来たのか?」


── 興味津々なようだ。仏教徒は理解が早くて助かる。


「左様でございます。私のいた世界は比較的平和な世界でした。

全ての民が読み書きができて、様々な物語を読んで喜怒哀楽を思い思いに文章にして意見交換を行っていました。それ以外にも、歌や絵、陶芸など、全ての民が好きな芸術に打ち込んでいました。」


「そのようなことが可能なのかっ?!私はそんな世の中を見てみたい。

・・上野をそのような国にできるだろうか?」


── 食いついてくれたようだ。史実通り文芸に対して情熱のある人でよかった。


「もちろんです。時間はかかってしまいますが、必ず実現できます。」


「ではお主に任せてみよう。

昨今では武家貴族が権力を握るようになってきて租税(そぜい)が滞り従来の貴族は貧困に喘いでいてな。書物を売り飛ばして生活している者もおるくらいだ。

貴族しか文学を(たしな)んでいない今、貴族が文学を手放してしまうことが文学の衰退に繋がってしまうのではと思い悩んでいるのだ。」


「その結果貴族は今よりももっと苦しい生活になるかも知れませんが・・よろしいですか?」


「そんなものは構わん。私は和歌の家系に生まれ、父共々和歌の実力によって位階を賜ったが貴族社会は好きではない。文学が発展していける道があるのなら、その方が良い。

して、まずはどうするのだ?」


「全ての民を飢餓から解放することが一番大切です。先ほどおっしゃっていた貴族同様、明日食べる物を心配していては文芸に傾倒することなどできませんから。そのためには農業改革をして農作物を増やします。」


「言っていることはわかるが・・荒唐無稽ではないか?どうやって農作物を増やすのだ?」


当然の疑問だ。俺は疑いを晴らすように自信ありげに丁寧に説明していく。


「やることは山ほどあります。

田畑を開墾することも大事ですし、1つの田畑で獲れる作物の量を増やすことも大事です。具体的には二期作や二毛作を行って年に2回収穫することと、作物が大きく育つように品種を改良したり肥料を工夫することです。

そして一番大事なことが ──」


あえて間を置いて定家の様子を伺うときょとん(・・・・)としていた。貴族社会で育った人だから農業とは無縁だったのだろう。


── しかしこれは身近なはずだ。


「治水と利水です。洪水と干ばつが起こらないよう大規模な工事を行う必要があります。」


他人事ではない話題となり、定家の顔つきが変わる。この時代の人々は常に洪水と干ばつに悩まされているはずだ。


「洪水と干ばつを防ぐことができるのか・・?」


「時間も人手も必要ですが、可能です。

まずは主要な河川に土手を作ります。そして、ダムという大きな貯水池を山の中に作ります。普段は一定量の水を蓄えておき、大雨の際にはそこに可能な限り水を溜め、下流へ流れる水を減らします。干ばつの際には貯水池から水を放流します。

それから、水を山に蓄えるためには森林の管理も大切です。」


問答は夜遅くまで延々と続いた。


── 2日後 ──


「ふあ〜、眠い・・」


大きな欠伸をしながら今日もひたすら群馬に向かって歩いている。一昨日、昨日と定家がなかなか寝かせてくれなかったので寝不足だ。俺の事情は定家しか知らないので2人の文学普及計画は夜にしか話さないことにしている。


ゲームや小説で学んだ領地運営のノウハウをフル活用して一旦は定家の信用を得ることができた。あとは実績を示すのみだ。


しばらくすると関所が見えてきた。ようやく群馬に到着したようだ。

領主の交代時には関所付近で逗留(とうりゅう)して吉日まで待つ必要があるらしい。

その間に国衙に使いを出して現地の役人に来てもらい、この国の様子や慣習などを尋ねて引継ぎ時に粗相のないように務めるのだとか。なんとも風流な慣習だが、任地について予備知識のない平安貴族には必要なことなのだろう。


逗留中は暇なので従者の1人弥太郎(やたろう)に乗馬を教えてもらっていた。今回の赴任では牛が2頭と馬が4頭いたので機会があれば乗馬を習いたいと思っていた。


弥太郎は見たところ俺と同じくらいの年齢で馬の扱いには長けているのだが、目つきも悪ければ口も悪い。

俺は何度も怒られながらそれでも少しずつ上達していった。

ちなみに馬は俺が知っている馬よりも小さくて短足なので乗り降りがしやすい。


逗留から4日目の朝、役人を連れて使いが戻ってきた。

バタバタと走りながら定家のもとへ駆けつけて開口一番にこう告げた。


「定家殿!鬼です!鬼が出ました!!」



*1 除目じもく: 大臣以外の官位を任命する儀式。春と秋の2回行われる。

*2 親王任国しんのうにんごく: 皇族が増えた結果、皇族の官職が足りなくなったために設置された制度で、上総、常陸、上野の3国を指す。この3国の(かみ)(長官)を皇族の中から任命する。

*3 信濃しなの: 現在の長野県



この話の中で出てきた内容のうち、改変した箇所について記載します。


・藤原定家が暴力沙汰を起こした年代:暴力沙汰で官職を取り上げられた話は史実にあるのですが、その時期を少し改変して前倒ししています。


・上野への赴任:史実では定家の父・俊成(しゅんぜい)が奔走した結果、3ヶ月で許されているため、上野への赴任も改変です。

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