表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

神への誓い


俺はひとまず小太郎を下ろし来王を自分の背後に誘導する。


「私たちは国衙の者です。

国衙が襲撃されて避難する道中、この少年が溺れているのを見つけ救助したのです。帰れというのなら、今すぐ帰ります。」


── 気になるけど・・来王まで危険な目に遭わせるわけにはいかないもんな。


「場所を知られた以上帰すわけには行かぬ。お前達にはここで死んでもらう。」


── えっ?


「ちょ、ちょっと待ってください! 私たちは決して公言などしません!! ですから ── 」


「信じられるものか! 我々は世を忍んで生きる者。少しでも危険があるならば排除するのみ!」


カキンッ


気が付いた時には俺の目の前で青年と小太郎が対峙していた。


── 全然見えなかった・・・2人共とんでもない手練れだ・・


「やめてくれ兄者! なんでおらを助けてくれた人達を・・」


しかし兄者と呼ばれる青年は涙ながらに訴える小太郎を容易く蹴り飛ばす。

そしてその矛先が俺へと向かったその時、突如一帯が煙幕に覆われた。


俺は目まぐるしく変化する状況に動揺していた。

その時、透き通った女性の声が響き渡る。


「やめなさい!・・・佐助、少し落ち着きなさい。」


徐々に煙幕が晴れていくと俺たちの前に白装束を纏った長髪の女性が姿を現した。

俺に襲いかかってきた青年は女性の姿を確認すると片膝を着いて俯く。


「この者達は小太郎を助けてくれたのでしょう?

このような非力で無抵抗な恩人を切り捨てたとあっては憎き貞盛、秀郷らと同類になってしまうではありませんか。」


── ・・えっ? 今、なんて・・・?


「申し訳ありません、滝姫。

私は決してそのようなつもりは・・・」


「あなたが見張りとして立派に職務をまっとうしようとしていたことは承知しています。

ですが、時には柔軟な対応も必要です。反省なさい。」


そういうと滝姫と呼ばれた女性は俺と来王に向き直り言葉をかけてくる。


「郷の者が失礼しました。

それから、小太郎を助けていただいたようですね。感謝します。

ですが、この郷は結界によって部外者は立入ることができないのです。なのでここでどうかお引き取りください。

・・・疑うならば試してもらっても構いませんよ。」


俺は身の危険が回避されたことがわかり好奇心から前へ出た。

「では、お言葉に甘えて・・」


俺は岩の通路を進み郷へと足を踏み入れる。

と、その時 ──


ゴツンッ


「痛っ!! なんだ!? 」


俺は頭を見えない何かに打ち付けた反動で尻餅をついてしまう。

それからしばらくその場で結界とやらをまじまじと観察する。


「・・あぁ、これは・・・硝子(ガラス)ですか?」


硝子自体は二酸化ケイ素を多く含む石英や珪砂(けいしゃ)を溶かして冷やせばできるため珍しいものではない。天然硝子も存在するし、硝子製造の歴史も古く古代メソポタミアが起源とされる。

ただしそれは装飾として用いただけで鋳造(ちゅうぞう)を開始するまでには長い歳月を要している。

鋳造硝子は二酸化ケイ素の融点を下げるために植物灰を混ぜる必要があることや良質な窯が求められることからなかなか発展が進まず歴史の中で停滞していたのだ。


日本では平安時代以前までは硝子製器などの製造が行われていたようだが、陶器の台頭によりそれ以降戦国時代までほとんど失われた技術となっていた。

器としての用途しか見出せていないのであれば陶器の方が製造しやすいため取って代わられて当然だろう。


そのような状況下でこれだけ透明度の高い平坦な硝子板を作ったこの郷の者達の技術力は相当なものだ。

俺は感心しながら透明な硝子の板を手の甲でコツコツと叩く。

おそらく煙幕を張った時にこれを設置したのだろう。


「おお、なるほど。スライド式になっているのですね。」


俺の落ち着き払った様子に滝姫の透き通るような白い顔はみるみる青くなっていく。


俺はガラスの板をスライドさせて岩に開けられた隙間に収納すると無事郷へ入り滝姫と正対した。


「っ!! あなたは一体・・何者なのですか・・?」


郷は崖のような大きな岩々に四方を囲まれた平地となっておりまるで桃源郷(とうげんきょう)のようだ。

平地には家が点在していて畑もある。少なくとも100人以上は暮らしているのだろう。


── すごい。国衙の近くにこんな場所があったなんて・・


「私はただの上野国の役人です。

あの・・私からも一つよろしいでしょうか?」


「・・・なんですか。話してみなさい。」


「この郷は一体・・・なんなのですか?

先ほどの煙幕といいこの硝子板といい、高い技術を持ちながらまるでここに隠れ住んでいるようではないですか。」


「・・っ!? 煙遁(えんとん)の術まで知っているなんてっ・・」


滝姫は俺を見上げながら今にも腰を抜かしそうな様子で後ずさる。

が、俺はそんなことは気にせず続ける。


「はい。知っています。

硝石(しょうせき)は作るのに数十年かかる貴重なものなのではありませんか?

あまり無駄使いしない方がいいですよ。」


黒色火薬(こくしょくかやく)の原料となる硝石(硝酸(しょうさん)カリウム)は日本にはあまりなく、天然採取が難しいが糞尿が染み出した土壌から数十年待てば取り出すことができる。鎖国で硝石を輸入できなくなった江戸時代にはそうして生産していたのだ。

その他の原料である硫黄も木炭も上野では簡単に入手できる。


「それに・・・あなたは先ほど、平貞盛と藤原秀郷を恨んでいるとおっしゃいました。私が知る限りその2人を憎む一門は・・・・平将門公の子孫、もしくは臣下だけです。

あなた方はもしかして・・・」


滝姫はついには腰を抜かしてしまった。

するとどこからともなく護衛と思わしき2人の男性が現れ滝姫を支えながら俺を睨み付ける。


「あなた方と敵対するつもりはありません。むしろ逆です。

私共国衙は今、藤原秀郷の子孫である足利俊綱に襲撃されているのです。

どうか・・あなた方の力を貸していただけませんか・・?」


「「何っ!?」」

3人は一斉に驚きの声を上げる。


その後、滝姫が口を開く。

「・・そうですか。遂に足利俊綱が動きましたか。」


「ご存知なのですか?」


俺が問いかけると滝姫はひと呼吸置いて観念したように話を始める。


「・・そうです。あなたの申した通りです。

私たちは平将門公がここ上野で八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)(*1)の託宣(たくせん)(*2)を受け新皇(しんのう)を名乗った際、上野介に任命された将門公の弟君 平将平(まさひら)とその臣下達の子孫です。

ここは・・・将門公が破れた後に御先祖さま方が逃げのびて作った郷なのです。」


── やっぱり・・。

そうだ、日本の歴史上本州に2つ目の国家が誕生したことは平将門が新皇を名乗った時を除いて他にない。朝廷が分裂したことはあれど、独立国家は・・・史上初にして(・・・・・・)唯一の(・・・)独立国家は(・・・・・)上野の国衙で(・・・・・・)誕生した(・・・・)のだ。


「それからというもの密かに同志を集め、復讐にかられ妖術を習得した将門公の姫君 滝夜叉姫(たきやしゃひめ)をお迎えしたのです。

当初の滝夜叉姫は1人で将門公の無念を晴らすと聞き入れませんでしたが、1人で討つには藤原秀郷の力はあまりに強大でした。

そのため、将平公は八幡大菩薩に誓っていつの日か必ずや復讐を遂げることを約束した上で滝夜叉姫に思いとどまってもらい郷の者たちに妖術を伝授していただいたのです。

私は滝夜叉姫の直系にあるため、この郷の長をしています。」


── 滝夜叉姫って・・将門の娘で怨念を募らせ荒御霊(あらみたま)から妖術を授かったとされるあの滝夜叉姫か。

武士の一門が200年に渡って山に隠れ住み体術を磨き、妖術という名の化学を学んだと言うことか・・・まるで忍者だな。


「私たちは代々この郷に忍んで術を磨き、定期的に下界の情報を入手しながら2人の子孫である平清盛と小山朝政(おやまともまさ)、足利俊綱らを討つために今日まで生きてきたのです。」


「で、では・・っ!!」


「ええ。今がその時のようです。力を貸しましょう。

・・・その代わり、あなたの持つ妖術の全てを私に伝授していただきます。よろしいですね?」


滝姫の有無を言わせぬ物言いの通り俺に選択肢などなかった。

この郷の者達は並外れた体術を持っており、協力を得られれば間違いなく国衙を救うことができるのだ。


「わかりました。それで構いません。

ですが・・私は国衙の役人ですから滝姫には国衙へいらしていただくことになりますが・・・」


「構いません。もはや私たちに世を忍ぶ理由はなくなりましたから。

・・交渉成立ですね。すぐに出立の準備をしましょう。」


「ありがとうございます!」


── 来王に教え始めたばかりでちょうど良かったかもな。お互いライバルがいた方が学習効率も良さそうだし。


そう思いながら来王の様子を伺うとライ公を抱き抱えながら硝子板を興味深そうに眺めていた。


俺は滝姫達と山の(ふもと)で待ち合わせすることにして来王、ライ公と共にお鶴さん達の元へと戻った。

既に待機を頼んでから1時間近く経過してしまっていた。


俺は合流して開口一番に長いこと待たせてしまったことを謝った。

が、お鶴さんはそれには応じずに驚きの声をあげた。


「来王・・着物を・・・脱いだのですか・・?」


── あっ・・・郷の人に着付けしてもらえばよかった・・・


俺はお鶴さんに当時の状況を必死に説明し、八幡大菩薩に誓ってやましいことはしていないと信じてもらった。

そしてお鶴さんに来王の着付けをお願いしつつ俺は滝姫達のことを簡単に説明して国衙を助けに行くので合図があるまでここで待機していて欲しいと伝えた。


── みんな、俺達が行くまでどうか無事でいてくれっ!!



*1 八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ): 日本古来の神と外来宗教の仏教とを結びつけた信仰(神仏習合(しんぶつしゅうごう))から称されるようになった神。日本で信仰される神で、清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神として崇敬(すうけい)を集めた。八幡(やはた)の神ともいう。

*2 託宣(たくせん): 神がお告げをすること。




平将門討伐の英雄とされる平貞盛と藤原秀郷の子孫に関する補足です。

平貞盛の系譜は清盛まで比較的すっきりしていて良かったのですが、藤原秀郷が厄介でした。

(追記: 貞盛の直系は熊谷氏のようです。)


藤原秀郷の異名は俵藤太(たわらとうた)といいます。こちらの名前で覚えている方も多いかもしれません。

諸説ありますが、藤原秀郷は日本の○藤さんの始祖とされる人として有名なようです。

藤原秀郷の子孫について軽く調べただけなのですが、


佐渡の藤原氏として藤原公清が名乗った佐藤さん

伊勢の藤原氏として藤原基景が名乗った伊藤さん

近江の藤原氏として藤原脩行が名乗った近藤さん


と言う具合に、藤原秀郷の一族は200年以上の歳月を経てとてつもなく勢力を拡大し全国に散ってしまっていました。

どうも直系は上野、下野から離れてしまったようで小山朝政と足利俊綱は直系ではないのですが秀郷ゆかりの下野の足利と小山で勢力を伸ばしたという理由で将門の子孫達の復讐対象としました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ