鶴と亀
1180年9月6日
ライ公が俺と来王の間を行き来する生活が始まって1週間ほどが経った。
俺は毎日2人の住まいを訪ね、生活に不便はないか確認すると共にライ公の受け渡しをしている。
── ライ公、板挟みにしてごめんな・・・
来王は未だに俺とは会話をしてくれない。
が、俺は彼女が読み書きできることを知り、ライ公の様子を観察して1日の出来事を日記にして交換しようと提案し、その取り組みが始まっていた。
少しでも彼女のことが知れたら良いなと思って始めたのだが、書かれているのは本当に全てライ公のことだけだった。
俺は交換日記の隅に自分の紹介を書いたり彼女への質問を書いていた。
今のところ来王が質問に回答を書いてくれることはないが、根気よく続けていくつもりだ。
彼女の書く日記はまるでライ公の研究記録だ。
文字は流麗で、とても12歳が書いているとは思えない鋭い洞察力で俺の知らなかったライ公の習性が日に日に明らかになってきていた。
例えば、ライ公は時々自らそばにやってきて耳をぺたんと倒す。これはご飯をねだって甘えているのではないかとか、満腹になった時にため息をつくようだなど、よく観察して自分なりの考察をまとめている。
── この子にはもしかしたら研究職が向いているのかもしれないな。
俺はそんなことを考えながら2人の住まいへと向かって歩いていた。今日は俺がライ公を預かる日だ。
建物の前まで来るといつも通り大声で声をかける。しかし、一向に返事がない。
── そうか。お鶴さんは今日から定家の秘書として働いているんだっけ。
俺が定家とお鶴さんの仲介をして2人が文学トークで意気投合した結果、お鶴さんは自ら定家の下で働くと宣言し今日から勤務しているのだ。
俺はお鶴さんが働くことには賛成だ。
定家から借りた書物があるとはいえ手持ち無沙汰で日々今後の動乱をあれこれ考えているよりも少し仕事があった方が気が紛れるだろうし、何より国衙は今深刻な人材不足なのだ。
読み書きできる優秀な人材を眠らせておくのは惜しい。
ただし、定家にはくれぐれもスキャンダルだけは勘弁して欲しいとだけ念を押した。
オシドリは毎年パートナーを変えるらしいが鶴は一生添い遂げるのだ。もし不倫なんてされて義重を敵に回したら洒落にならない。
── あれえ・・侍女もいないのかな? 困った・・・どうしようかなあ。
俺が建物の前で途方に暮れていると、建物の扉がガラガラと音を立てて開いた。
そこから出てきたのは来王とライ公だった。
彼女が自発的に俺の前に出てきたのはこれが初めてだ。
恐る恐る俺の元へと歩いてくるその動きはぎこちなく、まるで機械人形のようなカクカクゆっくりとした動きだ。
来王は俺の正面に立つと俺と目を合わせないように俯いたまま静かにライ公を差し出す。
受け渡しが済んだらすぐに去っていってしまうだろうと予想していたのだがその予想は嬉しいことに裏切られた。
俺がライ公を受け取った後も来王はその場に留まり、じっと俯いたままその場から動こうとしない。その両手には交換日記を抱えている。
しばらくすると決心したように顔をあげ、俺が書いた交換日記を示しながら話しかけてきた。
目に涙を浮かべながら話すその様子は決死の覚悟で行動に移したのであろうことが見ただけでわかる。
「・・この・・・問題・・が、わからぬ・・。教えてたもう?」
── 遂に・・来王が俺に話しかけてきてくれたっ!!!! っていうかホントかわいいっ!!!
彼女のいう問題とは俺が出題した和算の問題だ。
彼女の理系的洞察力に目をつけて試しに一昨日の晩交換日記に書いてみたのだ。
「ええと、問題は・・鶴と亀が合わせて1000いて、足が全部で3200本の時、亀は何匹いるかという問題ですね。
これは鶴亀算と呼ばれる問題です。」
日記の端には「ツル1, カメ1の時6本」「ツル1, カメ2の時10本」といった具合に細かな文字でずらっと書かれていたが余白が足りなくなってしまったようだ。
しかし、考えることを放棄しないその姿勢には素晴らしい才能の片鱗を感じさせる。
「・・・考え方はあっています。
ですが、このような方法だと今回のような数が大きい場合に対応できませんよね?
これは加減算と乗算、そして除算も組み合わせないと解けない意地悪な問題でした。
・・これを解くためにこのように表を作って何か傾向がないか比べてみましょう。」
そう言って俺は地面に表を書いて鶴が増えた場合と亀が増えた場合の足数の等差数列に気付いてもらうと変数の概念を教えて式を作って見せた。
鶴 + 亀 = 1000
鶴 x 2本 + 亀 x 4本 = 3200本
「つまり、鶴は 1000 − 亀、そして (3200 − 亀 x 4) ÷ 2 という2つの式が成り立ちますね?
これを整理していくと・・ほら、亀は600と出てきます。最初の式に当てはめて計算すると鶴は400となるので、試しに2つ目の式にこれらを入れて計算してみると・・鶴の足が800本、亀の足が2400本で足して3200本ですね。」
── ちょっと難しかったかな・・?
俺はチラッと彼女の様子を伺うとその表情には困惑などなく、目をキラキラと輝かせていた。
「もう一つ問題・・出してたもう。」
「じゃあ・・鶴亀合わせて2400、足が・・8000の時に鶴の数はいくつになりますか?」
「・・・800。」
── ・・・えっ?
「せ、正解です・・。今の一瞬で計算したのですか・・?」
「そうじゃ。・・これ、楽しいのう。」
── 概念を与えただけでこの理解力と計算力って・・やばくない?
俺はこの後何度も問題を作ることになった。




